ふぅ、と紫煙を吐き出しながら、ぼんやりと試合を眺める。
の頭の中は、キルアとイルミの試合の事でいっぱいだった。
(私が口出し出来る事じゃないし…ね)
私は異質のモノだから、黙って傍観していればいい。
迷走ノスタルジア 15
「第7試合!キルア対ギタラクル!」
(始まった、か……)
はタバコを携帯灰皿へと放り込み、壁際を離れた。
そうしてヒソカの横へと並ぶと、ヒソカが声を掛けてきた。
「さっきは見事な左ストレートだったね☆」
「つい、ね……」
「どうする気なんだろうねぇ、彼◆」
「…私は何もするなって言われてるから」
「始め!」
(イルミ……)
は声に出さず、祈るように呟いた。
「久しぶりだね、キル」
向かい合ったキルアにそう声を掛け、顔中に刺していた鋲を抜いていくイルミ。
鋲が全て抜かれると、ビキビキと音を立てて彼の顔が元に戻っていく。
その様子を見たキルアは目を見開いた。
「兄…貴!!」
「や」
「母さんとミルキを刺したんだって?」
無表情のままキルアを見据え言葉を紡ぐイルミに、キルアは冷や汗を流していた。
イルミは威圧的なオーラを少しづつ放ちながら、キルアと会話をしている。
「まぁね」
「母さん泣いてたよ」
「そりゃそうだろうな、息子にそんなひでー目に合わされちゃ」
やっぱとんでもねぇガキだぜ、とレオリオが続ける。
はただイルミを見据えたまま、押し黙っていた。
「感激してた。“あの子が立派に成長してくれてて嬉しい”ってさ」
あまりにも一般常識とかけ離れたイルミの言葉に、レオリオは思わずずっこけた。
はキキョウがそう言っている姿が容易に想像でき、思わず小さく笑みを漏らした。
「お前はハンターに向かないよ。」
イルミの放つオーラが一層強くなったのを感じ、は顔を上げる。
(イルミは……本当にキルアが大事なんだね)
歪んでいるけれど。とは思い、ただ強い瞳でイルミを見ていた。
「お前の転職は殺し屋なんだから」
キルアは冷や汗を流したまま、黙ってイルミの言葉を聞いている。
「お前は熱を持たない闇人形だ。
自身は何も欲しがらず何も望まない。
陰を糧に動くお前が唯一歓びを抱くのは 人の死に触れた時」
押し黙ったままのキルアを冷たい瞳で見つめたまま、イルミは更に続ける。
“お前はオレと親父にそう育てられた”と。
「確かに……ハンターにはなりたいと思っている訳じゃない。
だけどオレにだって欲しいものくらいある」
「ないね」
「ある!今望んでる事だってある!」
「ふーん……。言ってごらん。何が望みか?」
イルミのその言葉に、キルアは一瞬躊躇する。
イルミは変わらず、冷たい瞳でキルアを見ていた。
「どうした?本当は望みなんてないんだろ?」
「違う!」
イルミの言葉を、キルアは声を荒げ否定する。
キルアは視線をイルミから逸らし床を見て、言葉を続けた。
「ゴンと……友達になりたい。
もう人殺しなんてうんざりだ。
普通に…ゴンと友達になって、普通に遊びたい」
最後は消え入りそうな程、弱い声だった。
はそのキルアの様子に心が締め付けられるのを感じた。
(…これはゾルディックの問題…私なんかが口出ししちゃ、ダメ)
そう自分を諌めて、拳を握り締めた。
「彼の傍にいれば、いつかお前は彼を殺したくなるよ。
殺せるか、殺せないか、試したくなる。
……なぜならお前は根っからの人殺しだから」
その言葉に、レオリオが怒った表情で歩き出す。
が、立会人に諌められ、その代わりにイルミに向かって叫んだ。
「キルア!!!お前の兄貴かなんか知らねーが言わせてもらうぜ!!!!
そいつはバカ野郎でクソ野郎だ!聞く耳持つな!!!!」
(判ってはいたけど……ッ!!!!イルミを知りもしないくせに…ッ!!!!!)
の握り締めた拳から血が流れる。
レオリオの言葉に怒っていた。
「てめぇアイツのツレだろーが!!!止めようとか思わねーのかよ!!!!」
俯いたままのの襟首を、レオリオが強く掴む。
は驚き顔を上げると、レオリオが睨んでいるのが見えた。
「……どうして?」
「どうしてって……キルアが可哀想だとか思わねーのか?!」
「あれはゾルディック家の問題でしょ?私が口出していい事じゃない……勿論あなたも」
睨みながら低い声で言えば、レオリオは一瞬たじろぐ。
が、更に襟首を掴む手に力を込め、に言った。
「だからって!!!!あんな小さなガキを黙って見捨てるのか?!」
「ガキも大人も関係ない。ゾルディックはそういう家だろ」
「てっめ……!!!!!」
「言葉に詰まったら殴るの?単細胞」
「女だからって殴られないとか思ってんじゃねーぞ?!」
「私が何か間違った事でも言った?言ってないだろうが」
ぎり、と襟首を締め上げるレオリオの腕を思いっきり掴む。
びき、と音がして、レオリオは思わず手を離した。
はレオリオから距離を取り、乱れた襟を整えながら言った。
「偽善者ぶるのも構わないけど……他人の家庭問題に口は出さないほうがいいよ」
「テメ……「よさないかレオリオ。彼女の言っている事は正しい」
「………それに」
は横目でイルミを見る。イルミはを見つめたまま、怒りのオーラを放っていた。
はそんなイルミに苦笑いを零した。
「イルミの事知りもしないお前らにそう言われると、私だってムカつくんだ」
死にたくなけりゃ黙ってろ、と不機嫌にオーラを放ちながら踵を返したに、レオリオはもう何も言えなかった。
しばらく不機嫌そうに足踏みをした後、チッ、と舌打ちをして、キルアに叫んだ。
「ゴンと友達になりたいだと?!寝ぼけんな!!!
とっくにお前らダチ同士だろーがよ!!!!」
レオリオの“少なくともゴンはそう思ってるはずだぜ”というその言葉に、キルアはぴくりと肩を震わせて。
「え?そうなの?」
「ったりめーだバーカ!!!!!」
「そうか、まいったな。
あっちはもう友達のつもりなのか」
指を顎に当てて考え込むイルミ。
無表情のまま、人差し指を立てて言った言葉に、とヒソカ以外の受験生全員が冷や汗を流した。
「よし、ゴンを殺そう」
ヒソカは無表情のまま。は僅かに眉を顰めて。
イルミは鋲を構えたまま、言った。
「殺し屋に友達なんていらない。邪魔なだけだから」
ゴンを殺そう、というイルミの言葉に、キルアは冷や汗を流しながら震えている。
その瞳は虚ろで、床すらも映してはいなかった。
彼はどこにいるの?とイルミが扉に向かって歩くが、立会人がまだ試験は、と止める。
イルミは鋲を立会人に投げ、視線を向けないまま、彼に聞いた
「どこ?」
「とナリの控え室ニ」
「どうも」
カツカツと足を進めるイルミの後ろで、文字通り顔を歪ませた立会人ががくりと膝を付く。
イルミは彼に見向きもせぬまま、ただ扉へと足を進める。
だが、扉の前にはとヒソカ以外の受験生たちが立ちはだかっていた。
「まいったなぁ……仕事の関係上オレは資格が必要なんだけど。
ここで彼らを殺しちゃったらオレが落ちて自動的にキルが合格しちゃうね」
操作系ってマイペースだ、とは溜息を吐いた。
そのの溜息に気付かぬまま、イルミは指を顎に当て、考え込む。
「あ、いけない。それはゴンを殺っても一緒か。
うーん………そうだ!
まず合格してから、ゴンを殺そう。」
そうすればいいや、とでも言いたげな表情で、イルミはネテロに視線を投げる。
「それなら仮にここの全員を殺してもオレの合格が取り消される事はないよね」
「うむ。ルール上は問題ない」
それを聞いたイルミは、振り返らぬまま未だ無言で固まっているキルアに声を掛けた。
「聞いたかい、キル。
オレと戦って勝たないと、ゴンを助けられない。
友達のためにオレと戦えるかい?……できないね。
なぜならお前は友達なんかより、今この場でオレを倒せるか倒せないかの方が大事だから」
ゆっくりと、キルアに向かい歩き出すイルミ。
尚も威圧的な態度で、言葉を続けながら。
「そしてもうお前の中で答えは出ている。
”オレの力では兄貴を倒せない”
”勝ち目のない敵とは戦うな”
オレが口をすっぱくして教えたよね?」
手をキルアに翳しながら近付くイルミに、思わずキルアは後退ろうとする。
その動きをいち早く察知したイルミは、“動くな”と低く言った。
「少しでも動いたら戦い開始の合図とみなす。
同じくお前がオレの体に触れた瞬間から戦い開始とする。
……止める方法はひとつだけ。判るな?
だが…忘れるな。お前がオレと戦わなければ……
大事なゴンが死ぬことになるよ」
「やっちまえキルア!!お前もゴンも殺させやしねぇ!!!
そいつは何があってもオレ達が止める!!!お前のやりたいようにしろ!!!」
固まったままのキルアを見かねて、レオリオが叫ぶ。
(……こいつムカつく。お前なんかじゃイルミ止められないっつーの)
先ほどの事もあるのだろう、は黙ったまま毒を吐く。
そうしてイルミとキルアに視線を向けた。
「……まいった……オレの……負けだよ」
俯いたままそう呟いたキルアに、イルミは一瞬押し黙る。
「あーよかった。これで戦闘解除だね」
パン、と両手を合わせ、笑みを浮かべて。
「はっはっは。ウソだよキル、ゴンを殺すなんてウソさ。
お前をちょっと試してみたのだよ。」
ぽんぽんとキルアの肩を叩きながら、嬉しそうな笑顔で言う。
「……でもこれでハッキリした」
急に声のトーンを落とし、キルアの頭に手を置いて顔を近づけて、小声で続ける。
「お前に友達を作る資格はない。必要もない。
今まで通りオレや親父の言う事を聞いて、ただ仕事をこなしていればそれでいい。
ハンター試験も必要な時期がくればオレが指示する。
今は、必要ない」
くしゃりとキルアの髪を撫で、イルミはキルアから離れる。
そうしてを見て、ゆっくりとに向かって歩き出した。
放心したままのキルアに、レオリオとクラピカが駆け寄る。
レオリオはイルミを、その先のを睨み付けた。
***
「……おかえり、イルミ」
「首、大丈夫?」
「うん」
す、っとイルミの手がの首にかかる。
そのまま確認するように首筋を撫でたあと、の手に視線を落とした。
血が流れるその手を優しく掴み、の胸の辺りまで上げて、両手で包んだ。
「イルミ?」
「……ごめん」
「何が?」
「手。こんなにさせた」
「あー……イルミのせいじゃないから、大丈夫。これくらいすぐ治る」
苦笑いを零して、包まれたままの手をゆっくりと引き抜く。
心配しないで、と苦笑いし、イルミに並んで壁際に座った。
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無駄に長くなりましたorz
2006/12/14