「……つ、つかれた……」 「お疲れ、」 今日も今日とてセブンスヘブンはティファお目当ての男性客で大盛況、午前0時の閉店時間を回ったあたりで漸く客足が途切れたので早々に看板を仕舞った私はカウンターに突っ伏してヘタレた声を上げた。ティファが苦笑いを浮かべながら私に差し出したグラスの中には私の大好きな少し濃い目のカシスオレンジがなみなみと注がれていたので一気に飲み干した。 「くはー…効くわー仕事後の一杯は美味しいねぇ!」 「おっさん臭……」 「今更じゃぁん」 ティファのそんな呟きもいつもの事、カシスオレンジを飲みながら食器やら調理器具やらの片付けを済ませた頃には午前1時を回っていた。流石に遅すぎただろうか、ポケットから携帯を取り出して見れば自宅からの着信の嵐。カダージュって電話使えたのかと思ったがそういえばよく莫迦ルーファウスと携帯で連絡を取り合ってたっけなと思い、私は挨拶もそこそこに慌てて店を出る事となった(不機嫌な顔で拗ねているであろうカダージュの様子がリアルに想像できてしまったからだ) 「カダージュごめん遅くなったー!ただいまー!」 リビングに慌てて飛び込んだら真っ暗だった。テレビはつけっぱなしで、テレビの前に置かれたソファにうなだれた銀髪が見えたので近づいたらカダージュはソファの上に体育座りをして拗ねていた。…あぁやっぱり。 「遅いよ、姉さん。」 「ご、ごめん……」 「僕がどれだけ寂しかったと思ってるの」 「カダージュ、」 「電話は繋がらないし、姉さんの仕事場なんて知らないし、テレビも飽きたし、」 「……ごめんね、明日はお休みだから、」 私の服の裾を握り締めて泣きそうな声でカダージュが言うから、私は縋るカダージュの背を撫でた。明日は休みだという私の言葉に途端に顔を上げたカダージュの顔は喜んでいたので、一応は機嫌を直してくれたらしい(まぁ、それでも拗ねているような部分はあったけども)。明日はカダージュの服やら生活用品やらを買いに行こう。流石に黒ずくめのレザー服では夏場は暑い。ただでさえ暑いこの街でこの服はいくら思念体とはいえ見ているこっちが暑くなるので、涼しげな服でも買ってあげようと思った。 「姉さん」 「ん?」 「おかえり」 「……うん、ただいま」 カダージュはにっこりと笑って言った。おかえりなんて言われるのはいつ以来だろう。多分、あの旅を終えてこのアパートで一人暮らしを始めてから初めてのことじゃないだろうか。なんだか照れ臭くなってしまった私はカダージュの胸板に顔を埋めた。 「姉さん」 「ん?」 「眠い」 「…そだね、もう2時だし…寝ようか」 「うん」 カダージュは眠くなると単語喋りになる。まだ精神的に幼いからという事もあるんだろう、カダージュは目を擦りながらゆっくりと私を腕の中から解放すると、私の手を引いてソファから立ち上がった。普通、逆じゃないのかな、っていうかまだシャワーすら浴びてないんだけどなと思ったけれど言えば眠さ限界のカダージュの機嫌がまた悪くなるだろうと思ったので、カダージュに手を引かれるまま寝室へと歩いた。シャワーは明日起きてから浴びる事にしよう。 「……カダージュ、」 「何」 「ベッド、1つしかないんだけど?」 「一緒に寝る」 「…狭いんだけど」 「知らない。姉さんと寝る」 「……はぁ」 やっぱりというか何というか、まぁ予想はしていた事だけれども。一人暮らしの私の家に当然ベッドは1つしかない。客用布団なんて洒落たものは用意していないので、まぁつまるとこカダージュを何処に寝かすのかという問題にぶち当たってしまった訳だ。カダージュをベッドに寝かせて私はソファで寝ようかと思ったが、私の手をきつく握ったままのカダージュはその力を緩める気配はない。結局はシングルの狭いベッドにカダージュと一緒に寝るハメになり、カダージュの腕の中で眠れない夜を過ごす事となった。邪な考えを起こさないと判りきっているとは言え、流石にカダージュに抱き締められたままでは眠れる訳もないというのは察して欲しい。 (結局眠れんかった……!) 窓から差し込む朝日にそんな事を心の中で呟いた。そんな私に対してカダージュは私を抱き締めたまま安らかな寝息を立てていたので殺意が芽生えかけたのは内緒にしておく。時計に目をやれば時刻は朝10時、いくら寝たのが遅かったとはいえそろそろ起きないといけない時間だったので、カダージュを起こさないようにゆっくりとその手を外そうとしたがしっかりと私を抱き締めるその腕は緩んではくれなかった。 「…カダージュ、カダージュ。もう10時だよ」 「ん……」 「起きないと、」 「ねえ、さん……?」 「カダージュ、朝」 相変わらず長い前髪をかき上げた。閉じられた瞼は長い睫に彩られていて、寝顔も美人さんだなぁとどうでもいい事を考えていたら、閉じられた瞼がゆっくりと開いて翠色の瞳が私を映した。 「…姉さん、おはよう」 「はいおはよう。離してくれないかな、朝ごはん作るから」 「……やだ」 「やだじゃないの。駄々捏ねないで」 「……じゃあ僕も起きる」 寝起きのカダージュは本当に幼子みたいだと思いながらまだ半分寝ぼけたままのカダージュの手を引いてリビングへ向かった。あの時、忘らるる都でこうしてカダージュ達と暮らしていたあの数日間、毎朝こんなだったなぁ、と少しばかり懐かしくなった。 「はい、カフェオレ」 「……うん」 冷蔵庫に作り置きしておいたカフェオレ(コーヒーが苦手なカダージュの為に作っておいたすっごく甘いやつ)を出したらカダージュはぼけーっとした顔でそれを飲んだ。コーヒーメーカーのスイッチを淹れながら二人分の朝食を作る。今日は簡単にトーストと目玉焼き、それから野菜サラダ。カダージュはソファに座って目を擦っていた。どうにも朝には弱いままらしい。 「カダージュ、ご飯食べたらお買い物行こう」 「買い物?」 「そ。カダージュの服とか、ないと困るでしょ」 「……うん、判った」 こくん、と頷くカダージュ。寝起きは可愛いんだけどなぁなんて思っていたらカダージュは勝手にテレビをつけていたので、集中しているうちに作ってしまおうかと思いフライパンにタマゴを落とした。 「カダージュ、ジャムとバターどっち?」 「……どっちでも」 「はいはい」 朝のカダージュと会話をするのは難しいなとつくづく実感した。結局、私がいつも食べているピーナツバタートーストを出したら文句を言わずぺろりと平らげたので一応は気に入ってくれたらしい。トーストを齧るカダージュは無表情だったので多分まだ目が覚めきってないんだろう、出かけられるのは午後になりそうだと心の中でため息を吐いた。 |
懐かしい、君の体温