「…姉さん相変わらずこれ乗ってるの」
「うん」
「……女の子らしくないよ」
「今更でしょ」

結局、昼食を摂って漸く目が覚めたらしいカダージュと出かけたのは午後2時を回った頃だった。ハーディディトナを駆る私を見たカダージュは変わらないねと苦笑いを零していた。私だって星を救った戦士の一人、今はもう殆ど使う事はないがガンブレードを扱う剣士だったんだからナメないで頂きたい。僕が運転してもいいよとカダージュが言ってくれたがハーディディトナは私が運転しやすいようにかなりカスタムを繰り返しているので、いくらカダージュがあのバケモノのような単車を片手で操縦できるほど単車の操縦がうまいとはいえ無理だ。今日は私が運転するからと言えばカダージュはしぶしぶ後部座席に跨った。

「しっかりつかまっててね飛ばすから」
「うん」

カダージュはしっかりと私の腰に手を回して縋るように抱きついてきたので、それを確認した私はエンジンを掛ける。けたたましいエンジンの爆音が響く中、盛大に土煙を上げて私の愛車は駆け出した。






「……?ハーディ…ディトナ?、か?」

ミッドガルへ向けてハイウェイを走っていたら、オレのフェンリルのエンジン音に混じって聞き慣れたエンジン音が聞こえた。低く地を這うようなその重低音はかつての仲間で多少すっとんだ部分もあるがまぁ見た目には美人と言えなくも無い、あのルーファウスに好意を寄せられてはいるもののヤツの好意を見事に踏みにじり日々財布として、はたまた移動の足として利用している悪魔のような女・の駆るハーディディトナのそれだった。平日のこんな時間に珍しいなと思っていればやはり前に見えてきたのはの単車で、は長く伸びた髪を風に舞わせてその巨大な単車を駆っていた。……気のせいだとは思いたいが、の後ろに見えるあの銀髪は何だ。オレが知る限り、の知人に銀髪はいやしない。いや、いたと言ったほうが正しいのかもしれない。オレを兄と呼ぶあのふざけた3兄弟とセフィロス以外にはいないはずだったのだが、何故彼女は滅多に人を乗せないハーディディトナの後部座席に銀髪を乗せているのかオレには理解できなかった。(もし仮にあいつだったとして、あいつらは確かにオレがこの手で葬ったのだから今この場にいる訳もない。そうだ、いてたまるか。)

「やっべクラウドだ!無視するよカダージュ」
「どうして?」
「面倒は嫌!ごめんねクラウドっサンダー!」

そんな会話は当然オレの耳には届かなかったが、一瞬と視線が合ったあたりもオレに気付いていたらしかった。(の名を叫んだらはあろう事かオレに向けてサンダーをぶちかましてきたので慌てて避けた。相変わらず手加減のない所が恐ろしい)

「おいこら!待てそいつは…っ!」

フェンリルにサンダーが当たらなかったのがせめてもの救いだろうか。(の魔法が当たった日にはオレの愛車は間違いなく炎上してる)思わず止めてしまったエンジンを慌てて掛けての後を追ったがのハーディディトナもオレのフェンリルに勝るとも劣らない馬力を持っているので追いつくのは容易ではない(あの細腕のどこにあんなバケモノ単車を駆る力があるのか常日頃から疑問に思っている訳だ、オレは)。

「くそ……なんだっていうんだ!」

もしもの後ろに乗っていたのがカダージュだったのならオレはそれを喜ぶべきなんだろうか。アイツが、アイツらが消えてから感情も言葉も失くしていたを嫌と言うほど見ている手前、もう一度アイツを星に還すという選択肢はオレに選べそうになかった。(普段の破天荒極まりない彼女からは想像できないくらい、あの頃の彼女はとても脆く感じた)






「……此処までくれば大丈夫、かな…」
姉さん、さっきのって…」
「うん、クラウド。カダージュ見つかったら面倒でしょ?」

ハイウェイを抜けて荒野に出た所でハーディディトナを止めた。買い物に行くつもりだったのにミッドガルを出てしまった。今日はこのままツーリングでもしようかと思い呆れながらディトナを降りた。(幸いにして、一昨日ルーファウスから奪い取ったギルでガソリンは満タンだし車検明けなので今日のハーディディトナちゃんはすこぶる調子がいいのだ)

「兄さん……そうだね、また姉さんと離されちゃう」
「………そう、ね」

もしもまた、カダージュが私の前から消えてしまったら?そんなこと考えたくもない。そんな事になったら、今度こそ私は壊れてしまうだろうから。私に縋る幼子のような腕も、私を映す翠の双眸も、懐かしい彼の体温も何もかも、もう二度と失いたくなんかない。

「……、姉さん?」
「え、あ…何、カダージュ?」
「ぼーっとしてる」

カダージュの手が頬を滑る。手を重ねればカダージュは首を傾げて私を見た。大丈夫だよと笑ったらカダージュもまた無邪気に微笑みを浮かべた。あぁ、やっぱり私には彼が必要なのだ。例えカダージュが実体を持たない思念体だとしても、彼が私を必要としているように、私にも彼が必要なのだ。

「…今日は予定変更。このままツーリングでもしようか、カダージュ」
姉さんといれるなら僕は何だっていいけど、どうして?」
「ミッドガルに戻ったら、怒ってるおにいちゃんがいるからね」

苦笑いを浮かべて、今現在怒り心頭で私を探し回りフェンリルを駆っているであろうクラウドの姿を想像した。(サンダー如きクラウドには何のダメージにもならないという事は判っていたので思わず全力で叩き込んでしまったが、最悪でもフェンリルが大破するくらいだろう。)






「ティファ!」
「え?クラウド?そんなに慌ててどうし「挨拶は後にしてくれなんでカダージュがと一緒にいるんだ!」………はい?」

突然帰って来たと思ったらクラウドは偉く慌てた様子で全く予想だにしなかった言葉を私に向けた。カダージュって、セフィロスの思念体とかいうあの銀髪の?と思ったが確か彼はクラウドの手で星に還ったはずだ。一体何がどうして、今この状況でカダージュの名前がクラウドの口から出るのだろう。

「さっき戻ってくる途中のハイウェイでのハーディディトナとすれ違ったんだ。あいつ、後ろにカダージュを乗せてた。しかもオレに向けてサンダーまで撃ってきやがった」
「……確かには今日お休みだけど……でも、何で?」
「そんなのオレが聞きたいくらいだ」

要は、今日休みを取っているは愛車であるハーディディトナの後部座席にカダージュらしき銀髪の男を乗せてハイウェイを走っていたらしい。そしてクラウドは突然にサンダーを撃ち込まれて、危うくフェンリルごと爆発してしまいかけたらしい。(彼女らしいといえば彼女らしいが)

「……そういえば昨日、珍しく機嫌よかったけど……まさか、ねぇ。そんなねぇ。」
「……あぁ、そのまさかじゃない事を祈りたいな」

の言う事だけは素直に聞くとはいえ、またジェノヴァの首だの何だのと騒ぎ出されてはたまったもんじゃない。(只でさえあいつらが街中で呼び出したバハムートのせいで大破してしまった街は未だ元に戻らないままだというのに)ただ、これでがいつも笑っていてくれるのならそれもいいかもしれない。もしもまたあいつが無茶をするというのなら今度こそ私の拳で叩き伏せてやろうと密かに決意した。

「…っていうか…ルーファウスにバレないといいわね」
「……あぁ、それは最悪だ」

それよりも問題は2年前からしつこくに付きまとっているあのバカ社長の方だろう。只でさえにストーカーじみた事を普段からしている上、レノやルードといったタークスの面々をの許に日々通わせては下らない事(例えばの好きな食べ物や好きな本等)を聞き出させているのだから。ただ当事者であるはそんなルーファウスを便利な財布くらいにしか思っていないらしいので、私が心配した所でそれは結局無駄な心配に終わるというのは此処2年でよく思い知った事だ。

「…ルーファウスにバレたら大変よね…」
「あぁ、大変だな……ルーファウスが」

初対面の時、パニックを起こしたにフルボッコにされてあろう事か彼女に恋心を抱いてしまったらしいあの社長(曰く変態)は、普段冷静な癖にが絡むと正に恋は盲目と言う言葉通りバカ(これまたの言葉だ)になる。確か旅の途中でが大怪我をしてしまった時には敵だというのにを無理矢理ミッドガルへ連れ帰った挙句勝手に治療し、全快したにまたもフルボッコにされ死にかけたという何とも言えない彼の哀れすぎる過去を思い出した。







姉さん」
「んー?」
「何処まで行くの?」
「何処かなぁ……チョコボファームでも行ってみようか、クラウドみたいな子がたくさんいるよ」
「……姉さん、僕は別に兄さんに会いたくないよ」

単車を止めたまま休憩を取っていたら、空を見上げていたカダージュが突然聞いてきた。そういえばこの先しばらく走ればチョコボファームがあるので、久し振りに行ってみようと思い冗談交じりに言えばカダージュは心底嫌そうな顔で応えた。別にクラウドがいる訳じゃなくて、チョコボファームの名前の通りチョコボがいるだけなんだけど、と思ったが私のたとえが遠まわしすぎたらしい。そういえばあの旅を終えた後、つまりカダージュが知るクラウドはそこまでチョコボ頭じゃないことを思い出した。

「違う違う、チョコボ牧場の事」
「チョコボ……あの黄色い、変な鳥?」
「変なって…」

カダージュはテレビで見たらしい彼なりのチョコボに対する感想を私に対してそう述べると小首を傾げてみせた。見た目は超絶美形、私がいたあの世界でいうところのヴィジュアル系だというのにその内面は外見からは想像も付かない程幼いカダージュを可愛い等と思ってしまうあたり、私は相当彼に溺れているらしい。

「僕はもう二度と、姉さんから離れたりなんかしないよ?」
「……そっか、じゃあ行こう」

カダージュの、陽に透ける真っ白な肌ときれいな銀髪を見ていたら、その光に溶けて消えてしまいそうで、また、あの時みたいに突然私の目の前から消えてしまうんじゃないかという漠然とした不安に駆られてしまった。そんな私の心境を察したのか、カダージュはその翠の双眸に強い意志を宿して私が今一番望んでいるであろう言葉をくれたものだから、私は不覚にも泣きそうになってしまった。

姉さん、僕は姉さんが僕をきらいでも、姉さんだけを愛してるんだよ」

カダージュはそう言って、ハーディディトナのエンジンを掛ける私を強く強く抱き締めた。