「ねぇ姉さん、あれ何?」 「んー?ミドガルズオルム。ここら辺に生息してるモンスターの一種、巨大なミミズ?」 「ふぅん。……僕が行こうか?」 「私が行くよ、最近運動不足でさ」 「そう、姉さん、気をつけてね」 「あんな雑魚に手間取る姉さんじゃないよ、カダージュ」 姉さんは僕に振り返って笑うと、アクセル近くにあった小さなボタンを押した。途端にシートの左側、姉さんの利き手側にジャコンと音を立ててガンブレードが姿を現した。薔薇と十字架が刻まれた、ヤズーのベルベットナイトメアに少しだけ似ているそれはアイアンメイデンと言うらしい。(姉さんが嬉しそうに手入れをしていた時にそう聞いた)姉さんはガンブレードを手に取ると単車を降りた。目の前には巨大なミミズ、姉さんが言う所のミドガルズオルムとかいうモンスターが迫っていた。 「さて久し振りの実戦だぞ、っと…」 何処かで聞いたような口調でそう呟いた姉さんは、僕の目にも追えない位のスピードでミドガルズオルムを見事に真っ二つに切り裂いていた。ズドォン、と音を立てて地面に沈んだミドガルズオルムを見て満足げに笑う姉さんはくるりと振り返るとガンブレードに付いたミドガルズオルムの体液を振り払って僕に向かって歩き出した。(闘わなくなって2年以上経つっていうのに姉さんの動きはちっとも鈍ってなんかいない。僕は姉さんを怒らせないようにしようと決めた。) 「……姉さんって強いんだね」 「そう?…ってかごめん、一度帰ろう。あれの体液で服汚れた」 「うん」 クラウドがいたら怖いけどね、と付け足してため息を吐く姉さんに僕は苦笑いを零した。 「……姉さんどうしたの家に帰るんじゃなかったの?」 「いや、ほら、クラウドいたらまずいなーと思って……」 結局、チョコボファームへは行かずに帰宅した。姉さんは階段を昇ってすぐの踊り場で足を止めると、壁際に背を付けて廊下を覗き込んでいた。…つまり姉さんは、兄さんと会うのが心底嫌らしい(まあそれは僕も同じ事なんだけど) 「…兄さん、来てる?」 「……大丈夫、みたいだけどー……」 「じゃあ行こう。大丈夫だよ」 兄さんがいたって僕が姉さんを護るんだからそんなのどうだっていい。僕は姉さんがあんな汚らしいモンスターの体液にまみれた服を着てる事が嫌なんだ(綺麗な髪も肌も、体液で汚れてしまっていた)。無理矢理に姉さんの手を引いて歩き出せば姉さんはまたため息を吐いて僕の後に続いて歩き出した。 「……ほら、いないじゃないか」 「そ、そうだね余計な心配だったね」 結局姉さんの心配は余計な事に終わったらしい。部屋の鍵はきちんと掛かっていたし、部屋に誰かが入ったという気配もない。姉さんは変な所で心配性だなあと思っていたら、姉さんは着替えとタオル片手にバスルームへ向かっていた。 「とりあえずシャワー浴びてくる…」 「うん、行ってらっしゃい」 よかったー、と呟きながらバスルームへ入った姉さんを見送った僕はソファに腰を降ろしてテレビを付けた。僕がこの世界を知るにはテレビが手っ取り早いって姉さんが言うから、僕は暇があればテレビを見ている。姉さんの言葉はあながち間違っていない。僕はこのテレビとかいう黒い箱に映し出される映像から、僕が知らない世界を段々と知っていった。例えばチョコボというあの黄色い鳥の事、普通の人間がどんな事に喜んでどんな事に涙を流してどんな事に怒ってどんな事に喜ぶか、とかそういう事(でも僕の姉さんは少し変わり者で、普通の女の人が喜ぶらしい贈り物には一切興味を示さない人だから少しばかり僕は悩んでいる訳だ) 「…姉さんって変わってるのかな」 今テレビに映っている女の人は、男から指輪を貰って喜んでいた。でも確か姉さんは社長から指輪を貰ったその日の内にギルに変えてきてしまった気がする(姉さん曰く好きでもない男から貰ったモンは呪われてるらしい)しかも高く売れたと喜んで、その日の夕食はやけに豪華だったのを思い出した。 「……まあ、姉さんならどんな姉さんでも…」 ピン、ポーン。ピポピポピポピポピポピポーン! とか何とか考えてたら、インターホンがけたたましい音を立てて鳴り出した。……兄さんかな、と思って立ち上がったら、バスルームからTシャツとジーンズ姿で髪の毛を拭きながら姉さんが飛び出してきた。姉さんにも聞こえていたらしい。 「カダージュ寝室!隠れてて!」 「…姉さん?」 「この鳴らし方からして絶対クラウド!」 「……うん、判った」 姉さんが慌てて言うから、もし僕が寝室に隠れなかったら僕はきっと姉さんに殴られるか蹴られるかするんだろうなあと思ったから僕はとりあえず大人しく寝室へ向かう事にした。 「は、はいどちらさ、「!お前いきなりサンダー打ち込むとはどういう了見だ!」……や、やあクラウド、ハロー?」 やっぱりというか何というか、カダージュを寝室へ行かせておいてよかった。来客は予想通りクラウドだった。クラウドは怒り心頭で私のTシャツの襟首を掴み上げるとさっきのサンダーに対する怒りをぶつけてくれやがった。 「ハロー、じゃない。お前さっきハーディディトナの後ろに乗せてたのは誰だ?」 「だ、誰ってクラウドには無関け「銀髪だったな」……う、」 「カダージュによく似ていたな」 「……キノセイデスヨー」 「何で片言になるんだ、図星か。邪魔するぞ」 「ま、待って待って!プライバシーの侵害だぞクラウド!」 「知るか。」 目の前のチョコボは私が止めるのも聞かず(全力でしがみ付いてみた所で結局は無駄な努力らしかった)ずかずかと人の家に上がりこんだ。リビングを一通り見回して誰もいない事を確認したクラウドはつけっぱなしだったテレビ(消し忘れてる!)を見ると私に振り返った。…嫌な予感がする。 「、テレビがつけっぱなしだな」 「う、うんうっかりしててさ」 「お前風呂入ってただろ」 「け、消し忘れ?」 「とぼけるな。アイツはどこだ」 クラウドは不味い事にカダージュがこの家にいると確信を持ってしまったらしい。何とかしようにも、アイアンメイデンはマテリアと一緒にハーディディトナの中なので、腰に剣を下げているクラウドを止めるのは難しい。どうしようどうしようと思っている間に、寝室のドアが開いた。……あぁ、終わった。 「……兄さんやめてくれないかな、姉さん嫌がってるじゃないか」 「………やっぱりお前か、カダージュ。どうして此処にいる」 「どうしてって?僕は僕が望んだとおり、姉さんの隣に還って来た、それだけだよ」 「………」 一触即発、な雰囲気がカダージュとクラウドの間に流れた(だから出てくるなって言ったのにこの子は!)私は武器も持たずにこの二人の間に入る事も出来ず、二人に挟まれてただおろおろとしてるばかりだった(あぁなんて情けない!) 「カダージュ、ちょっと来い」 「……何だよ、ここで話してよ」 「駄目だ」 「え、ちょ、クラウド、まさかあんたまた、」 「大丈夫、少し話をするだけだ」 クラウドが殺気を露にしたままカダージュに言うもんだから、私はまたあの時の事を思い出して少しばかりパニックになりかけたがクラウドはその直後に穏やかな笑みを浮かべて私を見たので、クラウドはカダージュと闘うつもりはないんだと安心した。カダージュはいくらか心配げに私を見ていたものの、行っといで、という私の言葉にしぶしぶクラウドに付いて家を出た。 「…何処まで行く気?兄さん」 「……カダージュ、いいか」 「何?」 「二度と、を泣かせるな」 「……」 「オレは、お前が消えてからの半年、心を壊したをずっと見続けてた。最近になってやっと笑えるようになった。…お前を、星に還してしまった事をオレは心から後悔した。そのせいでは心を病んでしまった」 「……知ってるよ。僕は星の中から見ていたから。だから僕は還って来たんだよ兄さん」 「そう、か」 「僕が姉さんを泣かせる訳がないだろ。僕は姉さんが好きだから姉さんが悲しむような事は、絶対しない」 今オレの目の前にいるカダージュは、オレが知るあの頃のカダージュとは全く別人のように思えた。以前からを崇拝しているような部分はあったものの、それがどうも少しばかり形を変えつつあるらしい(オレの不安は杞憂に終わってくれた)ライフストリームの中でを見ていたというカダージュは少しばかり悲しげな顔でそう言ってオレを見た。 「母さんがね。を泣かせるんじゃないですよって言ったんだ。だから僕は、姉さんが泣くような事はもうしない。」 「……母さん?ジェノヴァ、か?」 「違うよ。……エアリス。彼女がそう言ってたんだ。」 「……エア、リスが?」 「そ。母さん、泣いてた。が壊れちゃった、って。だから僕はこうしてここにいるんだよ兄さん」 カダージュはそう言うと寂しげな笑顔を浮かべた。…エアリスはを、オレ達を、星を巡るライフストリームの中からいつも見守っているのだと言う。とエアリスはまるで姉妹のように仲が良かったから、壊れていくを見ていたエアリスはもしかしたらオレよりも辛かったのかもしれない。だからエアリスはこうして、今オレの目の前にいるカダージュをもう一度の傍にやったのだと確信した。(エアリスはいつだったか、の笑顔が大好きだと言っていた) 「……そう、か。エアリスが」 「だから僕は、今はただ姉さんの笑顔を護る為だけにこの世界に存在してる。兄さんが心配するような事は考えてないから安心してよ。僕にはもうリユニオンなんてどうでもいいんだ」 ただ姉さんの隣にいられればそれでいい、とカダージュはそう言って踵を返した。…オレの心配は余計な物だったらしい。ライフストリームの中で半年間、カダージュはエアリスに諭されていたのだろうかと思うとその光景がありありと脳裏に浮かんできてオレは思わず笑みを零した。 「……?何だよ、兄さん」 「いや、なんでもない。……約束だ、オレと、エアリスに誓え。二度とを泣かせるな」 「………言われなくたって、そのつもりだよ」 剣を構えて言うオレにカダージュは凛とした表情でそう言うと、のアパートに向かって歩き出した。の為だけにこの世界に帰ってきたというカダージュの言葉を信じてみようと思った。 「カダージュっ!」 「ただいま、姉さん」 家のドアを開けたら、リビングから泣きそうな顔の姉さんが飛び出してきた。……心配かけちゃったな、と思ったら姉さんが僕に向かって飛び込んできたもんだから、僕はそれを受け止めた。(相変わらず姉さんの身体は軽かった) 「よか、った……」 「心配、してた?」 「そりゃ、するよ…」 抱きついてきた姉さんの身体は震えてた。もしかしたら姉さんは、あの時のことをまた思い出してずっと独りでこの部屋で、もしかしたら僕がもう帰ってこないんじゃないかってそう思って泣きそうになってたのかと思うと心が痛かった。僕はいつだって姉さんに笑っていて欲しいんだ。ただそのためだけにこの世界にいるんだから。 「大丈夫、兄さん、わかってくれたから」 「…ほんと?カダージュ、何もされてない?」 「されてないよ。ただ、姉さんを泣かすなって言われた」 「………そ、っか」 僕がそう言うと姉さんは力なくだけど確かに穏やかな笑みを浮かべて僕を見上げた。僕はやっぱり、笑っている姉さんが一番好きだ。……兄さんと母さんに誓ったとおり、僕は二度と姉さんを泣かせないともう一度心に決めた。姉さんは僕の服を掴んで、笑いながら泣いていた。 |
太陽の様な君の笑顔