懐かしいと思う日々は遠く追憶の彼方へ消え去ってしまった。今私の目の前にいるカダージュは確かに存在しているというのに、血のつながりはなかったにせよ彼の弟であったヤズーとロッズの姿は今ここにはないのだ。忘らるる都で過ごしたあの短くも充実した日々はもう帰っては来ないらしい。ただ、たくさんの勿忘草に囲まれて私の目の前にいるカダージュは穏やかな微笑みを浮かべている。それに安らぎを覚えてしまう私は、相当末期だ。 「姉さん、どうしたの?さっきからぼーっとして、」 「…ねぇカダージュ。ヤズーとロッズは、元気かなぁ」 見上げたそらは蒼く晴れ渡り、真っ白な雲が何度も形を変えながらゆっくりと流れていた。そらから視線を外さないまま呟くようにカダージュに言えば、カダージュは背後から遠慮がちに私をその腕の中に閉じ込めた。 「二人が、心配なの?姉さんは」 「心配、だよ…だってカダージュはここにいるのに、あのこたちは、」 「…大丈夫だよ。ライフストリームの中には母さんがいるんだ、だからヤズーもロッズも大丈夫だよ」 「……カダージュ、」 「逢いたい?ふたりに」 「……逢いたい、よ。だって私、あなたたちの、お姉さん、なんでしょ」 肩から回るカダージュの腕に手を重ねて俯いた。カダージュは困ったようなため息を漏らすと私の首筋に顔を埋めて、耳元で優しい声色で囁く。私のだいすきな少しだけ低いカダージュの声が、ぽっかりと空いてしまった穴を埋めていくような奇妙な感覚を感じたのはきっと気のせいなんかじゃない。 「大丈夫。大丈夫だよ姉さん。ヤズーもロッズも、ほしの中を巡ってるんだ。僕らに見えないだけで、ヤズーもロッズも姉さんの傍にちゃんといるんだよ。だから心配しないで大丈夫」 「カダ……」 ぽろぽろと涙が零れた。ライフストリームはほしを巡り、私達にその恩恵を与え続けている。春になれば草が芽吹き、夏の暑さは草を育て、秋の訪れは実りを齎し、冬の寒さに私達はほしの偉大さを思い知る。そんなことは判りきった事で、それが至極当然の事だったから気付かなかっただけの事。ライフストリームの流れの中で、ヤズーとロッズは確かに存在しているという事は鈍臭い選手権世界チャンピオン(クラウド談)の私には感じられなかったが、彼らと基を同じとするカダージュが言うのであればそれは真実なのだろう。 「泣かないで、泣かないでよ姉さん。僕はもう姉さんの泣き顔を見たくないよ」 「って……カダ、ジュ……っ」 「あいつらは大丈夫だよ。姉さんが泣いてたらあいつらだって心配するよ」 「……っ」 「だから、姉さんはいつも笑っていてよ。」 カダージュは私の髪に口付けて、少し冷たいその手で私の頬を撫でながら宥めるように言った。私が笑っていれば、ライフストリームの中にいるヤズーとロッズは安らかでいられるのだろうか。かつて母を求め、私を姉と縋り慕ったあのこたちは、私がカダージュの隣で笑っていれば、安らかに母の腕のその中で眠っていられるのだろうか。応える代わりにカダージュは優しいキスをくれた。 (私は忘れないよ、どれだけ時が経ったとしても。私を姉さんと呼んでくれた可愛い弟達の事だけは、何があったって絶対に。) |
君達の安らぎを願う