「何してるの、姉さん」 「……ここの湖にね、私の仲間だった子が眠ってるの」 「……知ってるよ。」 姉さんは湖に浮かんだまま夜空を見上げていた。姉さんが言う『仲間だった子』っていうのは、多分この忘らるる都で死んだ最後の古代種のことだ。(きっと姉さんは、そのひとが死んだ時のことを思い出してたんだと思う。その顔は悲しそうだった。)姉さんは僕に気付くと、浮かんでいた足を水底に付けて湖から水を掬ってはその手から零して呟いた。 「懐かしいなあ、此処に来るの、2年ぶりなんだ」 「……来たくなかった?」 「…そうかもしれない。思い出したくなかったのかも。」 「…そう」 セフィロスの記憶を、セフィロスの思念から生まれた僕らは持っている。だから僕は姉さんが言うそのひとがどうやってこの忘らるる都で死んだのかを覚えている。僕の記憶の中の姉さんは今よりも少しだけ幼くて、目の前で死んでしまったそのひとを見て綺麗なふたつの黒い瞳から泪を流して泣いていた事も、僕はよく覚えている。その泪を綺麗だと思う反面、もうそんな悲しそうな顔は見たくないって思った事も。 「でもねカダージュ。エアリスのお蔭でほしは救われたんだよ」 「……」 「エアリスが、最期の力でホーリーを発動してくれたから。」 「姉さん、僕は、僕らは、」 「知ってるよ。セフィロスの思念体、なんでしょ」 「……知って、たの?」 「姉さんは何でもお見通し」 姉さんには言ってなかったことなのに、姉さんは知っていた。確かに僕らはセフィロスと同じ銀色の髪と翠の瞳を持ってはいるけれど、まさか姉さんがそれに気付くとは思っていなかった。それなのに姉さんは、穏やかな笑顔を浮かべて、水に濡れたままの手で僕の髪を掬った。 「私はね、この世界の人間じゃないから。君らもセフィロスの記憶を持っているなら、知っているでしょう?私が星に遣わされた存在だ、って事」 「……うん」 姉さんは穏やかな笑みを浮かべて僕の前髪を弄ったまま言葉を続けた。確かに僕らは、姉さんがこの世界じゃないどこか別の世界から星に呼ばれた存在だっていう事を知っている。還る方法を見つけられずにこの世界に留まった事も、姉さんがどうやってこの世界で生きてきたかも、僕らは見ていたから。 「私は、私がいた世界で君らの事を見ていたからね。だから君らがセフィロスの思念から生まれた存在だって事も知ってる……この先、君らがどうなるかって、事、も」 姉さんは途切れ途切れにそう言うと顔を伏せて肩を震わせていた。きっと泣いているんだろう。僕は、僕らはこの先僕らがどうなるかなんて知らない。でも、姉さんが泣いているのだからきっと僕らは母さんを見つけてリユニオンすることはできないんだろうなと思った。 「姉さん、」 「カダージュ。私は、それでも、君らを止める事は出来ないんだよ。未来を、変えることは。あの時だって、私は、」 「姉さん、泣かないでよ。…姉さんが未来を変えなかったから、僕らは今此処にいるんだよ」 「カダージュ、カダージュ、それでも、それでもわたしは、」 「僕は、姉さんに出会えてよかったと思ってるよ」 それだけは間違いない事だ。あのひとが死んで、セフィロスが星に還って、ライフストリームの中でリユニオンを願って僕らは生まれた。そうして僕らは今此処でこうやって存在して、姉さんの傍にいる。姉さんの傍にこうして居られる事が僕にとってはとても嬉しい事なのに、姉さんはそう思ってはくれないらしい。(姉さんが未来を変えなかったから僕らは出会えたって言うのに) 「カダージュ、」 「だから泣かないで」 「でも、でも、君たちは、」 「僕は、ただ姉さんといたいだけだよ」 「…っ」 「姉さんがそうやって泣いてるって事は、僕らはいつか消えるんだろ?」 「カダ、」 「生まれたばかりの僕にだって、そのぐらい判るよ」 僕がそう言ったら、姉さんは僕の前髪から手を離した。驚いたような顔で僕を見る姉さんの瞳からは相変わらず泪が流れ続けていた。姉さんが泣いているのを見たくないから、僕は姉さんの小さくて細い身体を抱き締めた。こんなに細い身体で、こんなに脆い心で、姉さんは一人で悩んでいたのかと思うと苦しくなった。 「…っごめ、んねぇ…っわたし、なにも、してあげられな…っ」 「いいんだ、いいんだよ姉さん。僕は、姉さんに出会えただけで、いいんだ」 僕の腕の中で、涙に飲まれそうになりながら必死で謝る姉さんをきつく抱き締めた。姉さんはきっと、未来を変える事はしないんだろう。僕はいつか、そう遠くない未来に消えてしまう事になる。姉さんを遺して、リユニオンできないまま、星に還る事になる。姉さんの涙は、決して幸せになれない僕の未来を教えてくれた(それでもいいと思ったんだ、限られた時間でも姉さんと一緒にいられるなら)。 「…君らも大事、でも仲間も大事なの…選ぶ、なんて、」 「姉さん、」 「わたしは、エアリスをみすてたの。だからきみらだけをたすけるなんてことは、できないんだよ、カダージュ」 「うん、」 姉さんは消えそうな声でそう言うと、僕の服を握り締めてまた泣いた。僕はどうしていいか判らずに、ただ泣きじゃくる姉さんの背を撫でていた。 もう少しだけ、いたかった |
罪ですか?