「ザックスと別れたそうだな」 「…相変わらず情報が早いな、セフィロス」 ブリーフィングルームでこれから行く任務についての詳細を確認していたらセフィロスが入ってきた。3日前に別れたばかりだというのに、何処で聞いてくるのかは知らないがこの男は神羅の内情、それこそ社員の誰と誰が付き合っていて誰と誰が別れただのそういう事にまで情報網は広いらしい。 「何故別れた?」 「言う必要もないだろう。セフィロスには関係のない事だ」 「いや、あるな。放心状態で訓練も儘ならん。何があったのか言え」 「……」 「オレには言えない事なのか」 「そうじゃないさ。ただ……いや、セフィロスになら言ってもいいが、他言無用に頼むよ」 「ああ、約束しよう」 セフィロスは冷血漢などと言われてはいるが、後輩の面倒見は良い。最近1stに昇格したばかりのザックスを何かと気に掛けている事は知っていたので、いつかは聞かれる事だろうと覚悟はしていた。してはいたが、私がザックスと別れるに至った理由は、男性に話すには多少抵抗があった。ただ、幼い頃から一緒にいるセフィロスになら、話してもいいかと思った。 「……私じゃ、ザックスの夢を叶えてやる事はできないから、だ」 「…夢?」 「……ゴンガガにいるご両親に、いつか孫の顔を見せたいと言っていた。」 「それが?」 「私はね、セフィロス。魔晄の影響で子供の望めない体なんだそうだよ。そんな私が、このままずるずるとザックスと付き合っていたらどうなる?もしも、もしもだよ。生涯を共に歩むと誓いを立てたとして、私ではザックスの手に我が子を抱かせてやる事が出来ないんだ」 「……そう、か」 私は、子供が望めない。魔晄漬けにされてしまったこの体では、たとえ妊娠できたとしても胎児が正常に育たないのだそうだ。そう告げられたのは4年前、2ndに昇格してすぐの健康診断の時の事。あれ以来、私は女性である事を捨てた。ソルジャーとして、戦士として、戦場に骨を埋める覚悟で生きていこうと決めたのだ。ただ、それを誰かに話すのは、初めてだった。(同僚に女がいればもしかしたら言ってたかもしれないが、生憎ソルジャーに女は私一人だけだった) 「ザックスのご両親は、ザックスが伴侶を連れて帰って来るのを楽しみにしていらっしゃるそうだ。…勿論、孫の顔もな。……それなら、私ではザックスのご両親に孝行できないだろう?だから、私から別れを告げたんだ」 「……それでいいのか」 「それでいいも何も。私じゃ、ザックスの夢を叶えてやることが出来ないからな。仕方ないだろう?」 「…ならば何故、泣いている?」 「……え?」 ぱたり、と涙がグローブの上に落ちて初めて、私は自分が泣いていると自覚した。…何の自覚もなく涙を流せる程惚れていたのか。そう自嘲してみた所で、彼の隣という立ち位置には、もう戻れない。私を見つめるセフィロスの顔は、苦しそうだった。 「……泣いて、いるのか?私は、」 「自覚がないのか」 「…泣く理由、が、判らない」 「未練があるんだろう。そんな事も判らないのか」 「…判るもんか、恋愛なんてもの、生まれて初めてしたんだ」 「……そうか」 「あぁ」 セフィロスは何か言いたそうな顔で、それでも何も言わずただ私が泣き止むのを待ってくれた。私とセフィロス以外誰もいないブリーフィングルームに、私の泣声だけが静かに響いていた。 「ザックスには私みたいな女でなく、護ってやれるような女性のほうが、似合うんだ」 「オレはそうは思わないがな」 「……?何が、だ?」 「護ってもらうだけの女など、願い下げだ。」 セフィロスは言うだけ言って、私の返事も聞かないままブリーフィングルームを出て行ってしまった。(何だか裏のありそうな言葉を残されてしまった気がする)再び無人になったブリーフィングルームは静寂に包まれて、コンピューターから僅かに漏れるモーター音だけが静かに響いていた。 「」 「……ザックス、」 「なあ、オレやっぱ納得行かねぇよ。なんでいきなり別れるとか言い出したんだ?」 セフィロスが部屋を出て暫く、ザックスが遠慮がちに私に声を掛けてきた。3日振りに会話をした気がする。私を見るザックスの目は、悲しそうで苦しそうだった(私の我侭で、ザックスにこんな顔をさせてしまっているのだと思うと、私まで苦しくなった。)ザックスは私から僅かの距離を取って、俯き加減にそう言った。理由なんて言える訳がないが、ザックスはきっと私の言葉で直接その理由を告げるまでは納得しないだろう。たとえそれが、ザックスを更に悲しませる事になってしまっても。 「……どうしても、聞きたいか」 「当たり前だろ。嫌いになった訳でもない、他に好きな男が出来た訳でもない、それなのにいきなり別れるなんて言われて納得できるかよ」 顔を上げたザックスは魔晄色の瞳を私に向けて強い口調でそう言った。……やはり、別れるに至った真意を告げねばザックスは納得しないらしい。私はため息を吐いた。 「……私は。魔晄を浴びた影響で子供が産めない体なんだよ、ザックス」 「……!」 私のその言葉を聞いて、ザックスは一瞬驚いたような表情を浮かべた後眉を顰めた。気まずそうに視線を逸らして、困ったような表情を浮かべるザックスを見据えたまま、言葉を続けた。 「お前、いつだったか言っていただろう。ゴンガガのご両親に孫の顔を見せたいと」 「言ったよ、言ったけど、でも」 「私では、お前のその夢を叶えてやれない。お前のご両親に孝行は出来ないんだ」 「…っ」 「たとえ妊娠できたとして、五体満足な子は生まれない。私は、女である事を否定されたんだよ」 は悲しそうな顔で、涙を流しながらぎこちない笑いを浮かべてそう言った。まるで自分自身を否定するような、自嘲的な笑みにオレはまたくるしくなった。別れようと言われた時も悲しかったし辛かったけど、その理由を聞いてしまえばその苦しさは更に大きくなった。がどんな気持ちでオレに別れを告げたのか、オレには判らなかったけどきっとはオレよりもずっと辛くて悲しいはずだ。 「……オレ、は」 「嫌いになった訳じゃない。他に好きな男が出来たなんてありえない。ただ、私ではお前のご両親に孝行は出来ない。それだけだ」 「……っそれでも…それでも、オレはが好きなんだよ」 「だめだよ。…だめ、なんだ。」 「!」 「…私は、お前のその手に、我が子を抱かせてやる事が出来ないんだ」 の魔晄色の瞳から、大粒の涙が零れた。その涙を拭う事すらしないまま、はただオレを見据えてオレにとっては残酷な事実を弱弱しい声で紡いでいく。知らなかった事とはいえ、オレが軽々しく言ってしまった事でを傷つけていたんだと今になってやっと気付いた。 「本当に私を想うなら、別れてくれ。このまま、こんな気持ちでお前と付き合っていく事なんて、私には出来ない」 「…………」 そう言ったは悲しそうで、今にも消えてしまいそうなくらい儚くて、こんなを見たことがなかったオレは動揺した(はそれこそ旦那やアンジールやジェネシスと肩を並べるくらい強くて、1stに昇格したばかりのオレじゃ何度挑んだって勝てなかったんだ) 「私がソルジャーでなかったら、ただの一般人だったなら、お前の夢も叶えてやれたのにな」 「……」 「…本当に、好きだった。添い遂げたいと思っていた。それぐらい、好きだった」 「……っオレだって……」 「…本当に…っ好き、だったんだ……」 「………………」 顔を覆って泣きながら言うに手を伸ばしたけど、その細い肩に触れる事は出来なかった。オレが両親に孫の顔を見せたいだなんて言わなければ、もしかしたらずっとと一緒にいられたのかもしれない。今更後悔したって、オレらの関係は元には戻らないけど、それでもオレはきっとこの先もを好きでいるんだろう。 |
せめて笑顔で
さよならを
(言ってくれたらどれだけ楽になれただろう)