「政宗様」
「おう小十郎。から聞いたな?」
「えぇ…正直乗り気ではありませんが、我々が何を言おうと聞かないでしょう」
「あぁ。……強くなるぜ、ああいう眼をしたヤツはな」
「え、待ってよ俺を差し置いて何の話?」

梵と政務をこなしてたら小十郎が戻ってきた。ちゃんがどうしたってんだ?俺、何もわかんないからさっぱりなんだけど。強くなるって、ちゃんが?

「あぁ、成実にゃ話してなかったか」
「……ねぇ梵、まさかとは思うけどさ」
「帰らないそうだ」
「……は?」
「戦を知って、俺が天下取る姿を見届けるんだとよ。何言っても聞きゃぁしねぇ」
「……ちゃんを、戦に?」

駄目だろ。あの子は、あの子には帰るべき場所があるんだろ?戦なんてなくて、貧困も何もない平和な世界なんだろ?なのになんで帰らないなんて言うんだ?そりゃ俺だって梵が天下取れりゃいいと思ってるよ。でもあの子は、戦なんて知らないでいいんだよ?

「いずれはな」
「梵…判ってる?帰れなくなるんだよ?あの子は」
「もう俺らが何言ったって聞かねぇよ。あいつはそういう女だ」
「……ッ」
「成実。言いてぇ事は判る。だがな、俺はあいつを死なせるつもりは毛頭ねぇ。女一人護れねぇで天下なんざ取れる訳もねぇしな」
「でも」

は俺が護る。手傷も負わせねぇし死なせもしねぇ。それでも不満か?」

「……梵、やっぱり……」
「…政宗様…」
「な、なんだよ」

それって遠まわしにちゃんに惚れてますって公言してるのと一緒じゃん。俺と小十郎の心の中は同じだったけど、実際それを言った梵がどんだけ爆弾発言してるか自覚がないから、この二人の仲が進展するまでにはまだまだかかりそうだ。ちゃんと出会う前はそれこそ遊び人だったくせに。全く、変なところで奥手なんだから。






「……なぎなた、ですか」
「あぁ。女の細腕で刀振るうのは辛ぇからな」
「私使ったことないです」
「Don't worry」
「いやなんでですか」

政宗さんが持ってきたのは薙刀だった(しかもなんだか無駄に研ぎ澄まされていて殺傷力の高そうなやつだった)私、薙刀なんて使ったことないんですけど。政宗さんも小十郎さんも薙刀なんて使えないよね?誰が私に教えてくれるの?

「喜多!入って来い!」
「……きた?きた…喜多?(って確か……)」

喜多さんって、小十郎さんの異母姉…だよね?で、政宗さんの乳母の。……うわぁきたよこれ。ある意味奥州最強のひと、きちゃったよ?

「…お初にお目にかかります、殿。片倉小十郎が姉、喜多と申します。よしなに」
「は、ははは初めまして、です」
「そう堅くならずに……小十郎より全てのお話は聞いております」
「う…いや、あの…お、お手柔らかに……」

喜多さんはにっこり笑うと手を差し出したので、条件反射的にその手を握ってしまった(何やってんの私!)そうしたら喜多さんは私の手を確かめるように撫でて、少しだけ悲しそうな目をした。

「…喜多さん?」
「……戦を知らぬ、良い手です」
「……戦の、ない時代に…いましたから、」

初めは非日常だった。電気もガスも水道もないこの時代は、現代の便利すぎる暮らしに慣れてしまった私にはそりゃあ不便極まりなくて、辛かった。でもここで過ごすうちに蝋燭の明かりの綺麗さとか、井戸水の美味しさとか、釜炊きごはんのおいしさとか、現代じゃ絶対に判らなかっただろう事を知れた。本当に戦国時代なのかって錯覚するくらい奥州は平和で、戦の知らせなんて当然私の耳に入る訳もなくて。ここの人たちは皆優しくていい人だから、私で力になれるのなら戦いたい、恩を返したいと思った。何よりも私を拾いここに置いてくれている、政宗さんのために。

「……私は何も言いません。ご自身がお決めになった事ですから。」
「はい」
「ただ、忘れないで下さいませ。手が血で穢れようと、心までは穢れてはなりません」
「…はい」

私にそう言った喜多さんの目は優しかった。私の返事を聞いて微笑んだ喜多さんは政宗さんに振り返って、

「……では政宗様、よろしいですね」
「あぁ、頼んだ」
「参りましょう、殿。」

そして私に手を差し出した。……強くなる。私は、強くならなきゃいけない。使命感?そんなんじゃない、ただ政宗さんの、伊達のみんなの力になりたいだけ。









「握りはこう。腕はまっすぐ、そうです。それが基本の構え」
「…重い、ですね。さっきはそんなに重くなかったのに」
「薙刀はその長さを活かし戦う武器です。梃子の原理と一緒で御座いますよ」
「です、ね……というか喜多さん、敬語はやめてください。私はもう伊達の客人なんかじゃないですから」
「……そうですね、そうしましょう。
「はい」

喜多さんは、強いひとだ。小十郎さんのお姉さんで、あの政宗さんの乳母で、ぶっちゃけた話政宗さんは喜多さんに頭が上がらない(って成実さんが言ってた)。とうに結婚していていい年なのにしていないのは、喜多さんが強くて頭のいいひと(って小十郎さんが言ってた)だから、逆に男の方が引いちゃうんだろうな(こういうところは現代と変わらない。いつの時代も同じだ)

「まず素振りからやりましょうか。手本見せるから覚えてちょうだいね」
「お願いします」

喜多さんが薙刀を振るう姿は、もうなんというか、女の私から見ても物凄くきれいだ。凛としてる。動きに無駄がない。そんな喜多さんを見て、私もあぁいう風になりたいと思う。憧れる。

「…と、こんな感じ」
「凄い…」
「最初は手に馴染ませる事から始めましょうね」
「はい」

ぎゅ、と柄を握る。細すぎず太すぎない柄は私の手にぴったりだ。構えてみる。やっぱり重い。薙刀の重さだけじゃなくて、私がこの先殺めるであろうひと達の、命の重さもきっと一緒に掛かってる。だからこそ落としちゃいけないと言い聞かせながら振るう。ひゅん、と鋭い音が道場に響く。

「もう少し腰を落として、足に力を入れて振るってごらん」
「はい!」

唐竹割、、突き、切り替えし。何度も何度も繰り返して、その度に空気を切る音が小さく鳴る。一振りごとに重さは腕に掛かって、私の手は早々に悲鳴を上げ始めた。でも止める訳にはいかない。形振り構ってられないんだ、私は。

「……、あなた踊りをやってる?」
「え、ああ…小さい頃に、祖母が教えてくれました」
「…それで……動きに舞踊のクセが出てる」
「……喜多さんよく判りましたね」
「私も踊るから」

にっこりと笑った喜多さんは少し休みましょうか、と言って井戸の方へ歩いていった。私も薙刀を持ったまま喜多さんの後ろを歩いていく。見上げたそらはこの間見上げたときよりも少しだけ高くなっていた。

「……舞踊の心得があるなら、薙刀よりも扱いやすい武器を誂えたほうがよさそうね」
「…ですかね?」
「薙刀、重いでしょう。」
「んー……重いですね、確かに。それに、戦場じゃ目立つし。持ってたら恰好の的というかなんというか、狙われるかなぁと」
「そうね」
「…出来ればこう、ぱっと見武器に見えない武器がいいんだけど…ないですよねぇ」
「……舞踊の動きを最大限に生かせて、尚且つ武器に見えない武器、がいいわね」
「ですね………あ」
「どうしたの?」

「扇!扇子です、扇子!」

舞踊といえば扇(流派によってそれぞれだけど私が習ったのは扇を使う踊りばかりだった)。単純な私の思考回路はそこに直結した。例えば、扇の両端を刃にするとか、そんな感じの、まあ漠然としたものだけども、なんとなく手に馴染みそうな武器が想像できた。

「扇子……仕込み刀ね?」
「いえそうじゃなくて、出来れば扇自体が刃になってるようなやつが」
「……なるほどね」
「…発想貧困ですいません…」
「いい考えだと思うわ。扇なら基礎の動きが出来てるから、鍛錬もしやすい」

そうと決まれば早速政宗様にお願いしに行きましょう、と喜多さんが言うので、胴着から着物に着替える間も、薙刀を置いてくる間もナシにまた政宗さんの部屋へと向かう事になった(喜多さんってマイペースだ!)












繋がった紐の端



(歪んだ時空の端と端、決して出会うはずのなかった二人は出会い、惹かれあっていく)










ばぁちゃんが薙刀持つと怖いです。
真剣でなく竹光ですがそれでも怖いです