殿おぉおおぉおおおぉお!真田幸村が参りましたぞおおおおおお!」

じわじわと蝉の鳴く声が響き、茹だる様な日差しは緩む事もなく、吹き抜ける風は生ぬるい。奥州は東京と比べいくらか涼しいとはいえ、夏の暑さは変わらない。は自室で草紙を読んでいた。そんな中、何の前触れもなく響き渡ったのは幸村の(暑苦しい)叫び声だった。

殿おおぉぉおお!」
「Shit!幸村うるせぇんだよテメェはよ!」

当然、幸村のその叫び声にここ青葉城の主である政宗が気付かないはずもなく。叫びながら庭園を走っていた幸村は、政宗のドロップキックを避け切れずに、ずべしゃぁと少々間の抜けた音を立てて倒れ込んだ。

「ま、政宗殿酷いでござる…!某は殿に甘味を届けに参っただけでござるのに!」
「それがウゼェつってんだ!は俺の正室(になる予定の女)だ気安く呼ぶな!」
「せ…っ?!そ、そそそんな!いつの間に祝言など挙げてたんでござるか!」
「HA!テメェに知らせてやる義理もねぇだろーが!」

無論、と政宗は(一応は)恋仲にあるものの、祝言は挙げていない。政宗にしてみれば幸村はを狙う邪魔者なので牽制のつもりだった。が、にしてみれば正に爆弾発言そのものだ。幸村の叫びを遠くに聞きながら、今日の土産は何だろうと笑顔を浮かべて廊下を歩いていたところ耳に入ったのは先ほどの政宗の爆弾発言。は赤面して硬直したまま、廊下に突っ立っていた。

せいしつ?性質、声質……正室?!え、ちょ、何莫迦言ってんの政宗あのやろうってあああ幸村の持ってる団子つぶれてるうううう!

若干現実逃避気味なの思考回路は、プロポーズも同然な政宗の言葉は右から左へ華麗に受け流し、幸村の土産である団子の心配へ走った。何せ出会い頭にドロップキック、そして今二人は喧嘩中。ヒートアップしていく二人に比例するかのように握りつぶされる団子の包み。“甲斐で一番と言われている甘味処の団子なんでござるよ!”という幸村の言葉がの脳内でぐるぐるとエンドレスリピートされていた。

「…だが引けぬ!某は殿に団子を届けると約束したのだ!」
「HA!上等だぜ!最近じゃ戦もなくて暇でな…!腕なまってねぇよなぁ幸村?!」
「当然!いざ尋常に勝負っ!」

幸村としては想い慕うに団子を届け二人きりで一時を過ごしたい。政宗としては恋仲にあるが懐いている(犬と飼い主のような関係だが)幸村の存在は邪魔(確信犯である事を知っているから余計に)。まあ、どこが論点がずれている気がしないでもないが、この二人は永遠の好敵手。そんなものはただの口実で、実際のところは戦もなく平和な日常に飽きてしまったらしかった。が、ここは戦場でもなければ草原でもない。青葉城内の庭園だ。このままここで二人が戦い始めてしまえば、被害は甚大。鯉が泳ぐ池も老齢の松の木も見事な枯山水も、ただの瓦礫と化してしまう。はどす黒いオーラを背負い、ふふふと小さく笑い声を零した。

「奥州筆頭伊達政宗、推して参るッ!」

そんな政宗の名乗りを聞きながら、は扇を手にする。諍いを止めなければ危ういのはこの庭園ではなく政宗と幸村だが当の二人はに気付いていなかったので、止めるはずもない。はゆっくりと扇を開いた。

「庭園ぶっ壊れるでしょうが少しは自重しろぉ!」

ひゅん、と鍔迫り合いをしていた政宗と幸村の間を何かが通り過ぎる。ばしゃん、と音を立て、二人の後ろ(厳密に言えば横であるが)にあった木に水滴が散る。かしゃん、と音を立てたのは幸村の槍だ。切り落とされたかのように、刃先が地面に転がった。

「……」「殿……」
「政宗、幸村。やめなさい」
「……Sorry…」「…う、す、すまぬ……」

両手に扇を携え、静かに怒りを湛えたの声、そして先ほど二人の間を抜けた水、落ちた槍の刃先。先ほど自分たちの間をすり抜けたものがの放った物であると瞬時に理解した幸村と政宗は素直に謝った。

「庭園ぶっ壊して苦労するのは庭師でしょうが!政宗あんた城主の自覚あんの?!」
「…So,Sorry……」
「幸村も!たまには静かに入って来なさい余計なトラブル起こさないの!」
「す、すまぬ……」

扇を開き二人に構えたまま、は怒鳴る。竜と虎はまるで牙を抜かれたようにただ萎縮していた。反論すれば彼女の扇はもとより、岩をも切り裂くあの水の餌食になるのは目に見えて明らかだ。

「戦がなくて暇なのはわかるけどね政宗。あんたここの城主でしょうが平和な事をまず喜びなさい。庭園ぶっ壊して苦労するのは誰?庭師の皆さんよね?ついでに言えば庭園だけで済むわけもないんだから大工の皆さんも苦労するよね?給金払うとはいえそんな下らない事で毎回毎回城ぶっ壊されちゃたまんないと思うんだけどどうかなあ政宗?」

「いや…That's rightだ…すまねぇ」

淡々とした口調と声で言う。この状態のは、言うなれば嵐の前触れだ。下手に刺激をすれば、キレる。極殺モードに入ってしまう。そうなれば手の付けられない事は目に見えて明らかなので、幸村も政宗も何も言えずにいた。水の属性を持つを相手にするのは、二人にとって分が悪すぎる。水は炎を消し、雷を導く。その上水の弾丸は鋼鉄すら射抜き岩を切り裂くともなれば、尚更だ。

「…お二人さん、何か言う事は?」
「「スイマセンデシタ」」

修羅も羅刹も裸足で逃げ出すであろう怒りを満面の笑みの裏に湛えたを前に、独眼竜と虎の若子は謝る事しかできなかった。











Honey The Desperado!


(奥州最強襲名の日も近い)









ひぃなんだこのカオス超いみふ!