「…風邪ですか?政宗さんが?」 「あぁ。今は薬を飲んで自室でお休みになっておられるが…遷るといけないから治るまでは近づくな、だそうだ」 「……珍しい事もあるもんですねえ」 「そうだな、ご幼少の頃以来だ」 朝餉の時間、政宗がいなかったのでどうしたのかと思えば風邪を引いたのだという。あの独眼竜が風邪なんて珍しい事もあるもんだ。そう思ったが、雪深い真冬の奥州、大方執務中に居眠りこいててそうなったんだろ、とは溜め息まじりに呆れた表情を浮かべた。 「…風邪、ねえ」 ぽつりと呟いたの呟きは小十郎の耳に入る事無く、冷えた真冬の朝の空気に溶けていった。 (普段お世話になりっぱなしなんだもの、こんな時くらい恩返ししないとね?) 「すいませーん…」 「あら、様。如何致しました?」 「あの、えーと…その、厨房をお借りできないかなーと…」 「?構いませんが…食事や軽食でしたら、お作り致しますよ?」 朝餉を摂り終え、自室で動きやすい袴に着替えたは厨房に顔を出していた。何の事はない、風邪で寝込んでいる政宗に粥の一つでも作ってやろうというなりの心遣いだ。遠慮がちに聞くに、女中達は揃って疑問の表情を浮かべ、はここへ来た目的を言うべきか言わざるべきか迷っていたが、言わなければ厨房は使えないだろう。 「えーと…政宗さんに…お粥でも作ってあげようかなあ、と……」 「まぁそれはそれは!殿もお喜びになりますわ!さ、様どうぞどうぞ!」 少々顔を赤くして言ったの言葉を聞き、女中達は揃って顔を綻ばせた。政宗がに少なからず好意を抱いているというのは第三者の目から見ても明らかで、それに気付いていないのはだけ。ゆくゆくはと政宗が祝言を挙げ、この奥州を治めてくれれば、と言うのは家臣や女中、雑兵までもが思っている事。そのが政宗に粥を作りたいと言うのだから、断る理由などありはしない(当のは政宗が自分に寄せる好意にも、彼女らの願望にも気付いていないのだが) 「…あの、それでですね…ほんとーに申し訳ないんですが、一人で作らせていただけないかなぁと…」 「勿論ですわ!何かあったらお呼び下さいませ、隣室に控えておりますので!」 「すいません我侭言って…お願いします」 ぺこりと頭を下げたを見て女中達は微笑を浮かべながら厨房の隣の部屋、彼女達が休む部屋へ引き取っていった。女中達を見送ったは厨房をぐるりと見回すと、よし、と小さく呟いて米櫃へ向かった。 「様は謙虚でいらっしゃるわね」 「そうね、貴族の娘さんとは大違いだわ。私達みたいな女中にも声を掛けて下さるし」 「この間なんて、城下土産だと飴を下さったわ。高価な物なのに…」 「殿が心奪われるのも無理もないわね」 「そうね…ただ当の様は…」 「「「気付いていらっしゃらないみたいだけど…」」」 と、女中達のそんな会話などいざ知らず、は慣れない手つきで米をといでいた。自炊した事がない訳ではなかったが、如何せん文明の利器というものが存在しないこの時代、不慣れな手つきも致し方ない。 『井戸水冷てぇー!手が凍る!手がっ!』 『えーと…水…どんぐらいだろう……お粥だから多め…?』 「……様大丈夫かしら…」 「頑張っていらっしゃるわね」 『…火ぃつかない……火打石のばか…!』 「お助けした方がいいかしら?」 「駄目よ、様お一人で作った物でなければ!」 「そうそう、様お一人で作った物でなければだめよ」 「らいたー、ないものね…」 「火打石は使いづらいと仰ってたわ、そういえば…」 『えーと…初めちょろりん…中ぱっぱらぱー、赤子泣いても豚とるな…だっけ?』 「違います様…初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いてもフタ取るなですわ…」 「だ、大丈夫かしら様」 気が気でない女中達、今にも飛び出して行きそうな勢いではあったが、『が一人で作った』粥をぜひとも政宗に食べさせたい手前、必死で我慢していた。そうこうする内にも厨房からは相変わらずの声が聞こえ、彼女達は襖にへばりついて厨房の様子を伺っていた。 『……どのぐらい煮ればいいんだろ…炊いてあるごはんじゃないし…うー、判んね』 『……と、とりあえず煮ればいいか。食べるの政宗さんだし』 「……さりげなく恐ろしい事を仰ったわ、今」 「…様…」 『……んーっと…塩塩…ひとつまみ、でいいかな……』 『…薄いなあ…もう一つまみ……ん、よし。あとはもーちょっと煮ればよし、と』 「なんとかなったのかしら……?」 「みたいね……」 「殿、お喜びになるかしら?」 「なるわよ、様手作りだもの」 「あのー…ありがとうございました、これ届けたら片付けに来ますんで」 「いえいえ、私共がやっておきますわ!粥が冷めないうちに殿の所へ!」 「そ、そうですか…?じゃあ、お願いします。では」 ぺこりと頭を下げ、土鍋の乗った盆を持って厨房を後にしたを、女中達は穏やかな笑みを浮かべて見送った。 「政宗さーん……」 「…、か…?来んじゃねぇ、って…遷んぞ…」 「えーとですね、粥…食べれます?」 「粥か…あぁ、食う…」 の声を聞いて政宗は布団から気だるそうに半身を起こす。遠慮がちに開かれた襖からが顔を覗かせた。食う、という返事を聞いてはゆっくりと部屋に入る。その手には湯気を立てる小さな土鍋の乗った盆があり、政宗は『女中にでも頼まれたか』と勝手に自己完結してその盆を受け取った。 「冷めない内にどうぞ」 「あぁ…」 粥の入った茶碗を渡された政宗はその中身を見てしばし絶句。 …粥、に見えない事もない。が、水っぽすぎないか?作った女中、クビだな…。 目の前に粥を作った張本人がいるのに気付かない政宗は粥を口に運ぶ事を少々躊躇っていた。が、目の前にいるが目を輝かせているような気がしてならない。食わなければ何をされるかわからない。この間は政務をサボったと居眠りしている隙にの化粧品でばっちりと化粧されてしまったし、髪もくるくると巻かれ、服こそ違うものの南蛮の貴族女性のようにされてしまった事を思い出した政宗は大人しく粥を口に運んだ。 「…どうですか?」 「………まじぃ…水っぽすぎるクセに米が硬ぇ。芯が残りすぎだ……」 「………」 「味も薄い」 「……うぅ」 「それに…水っぽいくせ底は焦げてる。誰だ?これ作った女中は」 熱が下がらないままの政宗、目の前で表情を暗くするに気付かないまま次々とダメ出しをしていく。そのたびの顔は暗くなり、これでもかと言うほどダメ出しされたの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。 「……政宗さん……」 「あ?What's happen?」 「…用事思い出したんで、失礼します…まずいですよね捨ててくださいそれ」 「What?おい、これまさかお前g「失礼しますっ」 今更になって失言に気付いた政宗だったが、は部屋を飛び出してしまった。こうなってしまってはもう後の祭り、が持ってきたという時点で気付くべきだったと今更ながら後悔した。 「……Shit……」 謝らなければと思い立ち上がろうとするものの、高熱で体が思うように動かない。立ち上がろうとした瞬間めまいに襲われ、そのまま布団に倒れこんでしまう。どうするべきかと思案するうち、政宗の意識はすぅっと遠のいていった。 |
ひとすじのなみだ
(いくらなんでもあそこまでボロクソ言わなくてもよくないか?!)
後編へつづく!