「何これ」
「何って、笹」
「いや見りゃ判るけど」
仕事を終えて屋敷に帰ってきたオレを出迎えたのはメイドアクマでも執事でもなく、でっかい笹だった。とにかくでかいその笹にはなんだかよく判らないが色紙で作られた色々な飾りと何か細長い紙がぶらさがっていて、はその笹の前で細長い紙やら色紙で作られた飾りやらをわざわざ羽根を出して飛びながら笹にくっつけていた。はオレの声に気付いて振り返って、羽根をしまってオレの前に立った。
「……で、マジで何これ」
「七夕用の飾り」
「タナバタ?」
「日本の夏のお祭り。これ短冊っていうんだけどね、これにお願い事を書いて笹に下げておくと願いが叶うって言い伝えがあってね、みんなに書いてもらったヤツを今つけてたとこなの」
ほら、と言って差し出された細長い紙、短冊にはなにやら色々なことが書かれていた。オレはその大量の短冊を渡されるまま受け取って目を通す。やっぱりというか何というか多いのはロードと双子のモノ。
『たくさん飴が食べたい ロード』
『宿題がなくなりますよーに ロード』
『新しい銃 デビット』
『借金完済 ジャスデロ』
『甘いもの スキン』
『エクソシスト全滅v 千年公』
『家内安全、デスv 千年公』
『脱下僕 レロ』
「なんつーか…」
「個性が出てるよねぇ。っていうかジャスデロ…切実だね」
「だな…オレとしては千年公のが怖ェけど」
「あはは、確かに」
はオレにも短冊とペンを差し出した。何かと聞けば願い事を書けと言う。お前な、オレ一応26歳の大人だぞ?オレまでやんの?この…タナバタとかいうヤツ。その黒い笑顔を浮かべてるあたりきっとオレに断る権利はないんだろうなぁ、絶対参加なんだろうなぁとか思ってたら正にその通りで、書かなきゃどうなるか判るよねとか怖い事言われた手前書かないワケにいかなくなったんだけども、オレの願い事ってのはやっぱり一つだけなワケで、それはに見られたらやっぱり少し恥ずかしい。考え込んだ挙句オレが出した答えは、の判らないオレの母国語、つまりポルトガル語で書いて吊るすって事。ポルトガル語が判るのはオレだけだし、ポルトガル語で書けばオレがどんな願い事を書いたかっつーのは最悪でも千年公にしか判らない。
「……こんでいいの?」
「うん、そう……ってティキぃ、なんでポルトガル語なのよ私判んないじゃない」
「わかんないから願い事なんだろ」
「……もー」
は文句を垂れながらもオレの書いた短冊を笹の上の方に吊るした。わざわざ羽根を出してまで上に飾ってくれなくてもいいんだけどと思ったけどせっかくなのでの好意に甘える事にした。っつーかはどんな願い事を書いたんだろうとか正直気になるけれどのことだから勝手に見たら飛んでくるのは手榴弾どころの話じゃない。よくてミサイル、最悪核弾頭だ。でも気になるのは仕方ない。
「…で?は何て書いたの?」
「私?内緒に決まってんじゃんばっかだなー」
「……おまえな」
「ティキだってわかんないようにポルトガル語で書いたでしょ!」
「そうだけど」
「じゃあお互い様ってことで!」
はそう言うとさっさと部屋に戻ってしまった。何だよオレ置き去りかよ、とか愚痴を零して笹を見上げた。やたらと上の方に紙が密集してる。あれはきっとが書いた短冊だろうな、と自己完結したオレはがエントランスホールから出たことをきちんと確認して、短冊に手を伸ばす。はオレが空気を踏みつけられる事を知らないからきっと見られる事はないだろうと安心してるはずだ。
「……どれどれ…っておい、。日本語かよ」
さてどんな願い事が書かれてるのかと思ってみてみれば英語半分日本語半分。日本語で書かれた短冊はオレには解読不可能だった。ただでさえ異国の言葉にはなじみがない上、日本語にはカンジとかいう小難しいモノまであるから学のないオレには到底理解不可能な言語だ。オレが読めたのは英語で書かれた短冊、まぁ当たり障りのない事ばかりが書かれた短冊だけだった。
『みんなが健康でありますように』
『みんなが無傷でいられますように』
『ロードの悪戯癖が収まりますように』
『ジャスデビの借金がなくなりますように』
『スキンくんが糖尿病になりませんように』
『千年公があれ以上太りませんように』
『レロみたいなゴーレム私も欲しい』
「……あいつらしいなぁ」
こんなイベント事ですら家族を気遣うはさすが愛情のノア、家族に注ぐ愛情は暖かくて優しいのはみんなが知ってる事だ。ただオレに対しては素直になれない余りいつもいつも過激な愛情表現をしてくれるがそれはそれで嬉しいのでよしとする。間違ってもオレはマゾじゃないしヘタレてもいねぇ。…で、オレ以外の家族へ宛てた願い事が1枚づつしかないのに笹にはまだ大量の短冊がある。何か嫌な予感に駆られながらもその短冊を見てみれば
『ティキの頭がよくなりますように』
『ティキの絶倫が直りますように』
『むしろ打ち止めでもいいんで』
『ティキの浮気性が治りますように』
『白い時もうちょっとだけ外見に気を使ってくれますように』
『ティキがごみ漁りしませんように』
『イーズくんがティキに毒されませんように』
『エクソシスト全滅、むしろ世界の終焉。』
『アクマ達が無事に成長しますように』
………9割オレ、しかもなんだか愛情が感じられるんだか感じられないんだか微妙なモンばっかりだった。なぁ、お前ほんとにオレのこと愛してる?とか聞きたくなる心理もわかってくれ。マジでオレ泣きそうなんだけどどうしたらいいかなぁ。
「……部屋戻ろう……」
なぁマジでオレへこみそうなんだけどさ、もうちょっとマシなお願い書いてほしかったなぁ。
「…よかったー日本語で書いといて。こんなの見られたらどうなるか…」
ティキが部屋に戻ってしばらくして、エントランスホールの扉の隙間からティキの行動を見てた私はエントランスホールに足を踏み入れた。笹に飾った英語の短冊はカモフラージュ。だってこんな願い事とてもじゃないけどティキには見せられない。見られた日にはきっと3日3晩ベッドから起き上がれない勢いでティキが暴走するのが目に見えて判ったから、見られたくない願い事はぜーんぶ日本語。
『ティキとずっと一緒にいられますように』
『ティキが私だけを好きでいてくれますように』
『ティキが怪我をしませんように』
『ティキといつか結婚したいです』
『ティキの赤ちゃんが欲しいです』
なーんて、絶対見せられるワケがないでしょ?ティキが書いたポルトガル語の短冊が気になるけど、それはお互い様だからこの際黙認してあげよう。あとで千年公にこっそり聞けば判るだろうし。
『Eu quero me casar com Meu amor Tyki』
星に願いを!
(いつまでも一緒にいたいから!)
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さよならマーメイド7月度お礼夢七夕編。