ExtraPart19:ただ君へ愛を叫ぶ
彼は私の世界の全てだった。彼のために、彼というたった一人の男の為に21年生きてきた世界を捨てたのだ、私は。
それ程、ティキ・ミックという男を愛していたし、同じように彼も私を愛してくれた。
今は戦争中で、お互いいつ命を落すかも判らない時だという事はわかっていたけれど、それでも加速する想いは止められなかった。
前世でそうであったように、私は“戦女神”の化身として戦場に立ち、彼を護りまた彼に護られた。
お互いがなければならない存在だった。少なくとも、私にとっては。
「……ティキ」
「……、だめだよ。まで、」
「わかってるよ、ロード」
だからこそ、ティキが戦っている姿を見るのがつらいんだ。
あの白髪のエクソシストはティキの逆鱗に触れた。
ティキはティキを取り巻く全ての大気を拒絶して大きな真空空間を作り出した。
……私ですら、今の彼は拒絶している。
“お前を拒絶なんて出来るわけない”と言っていた、あのティキが。
「どうして、わたし、こんな無力なのかな、」
「??」
「ティキ、あんなに苦しそうなのに、私は、“戦女神”、のはずなのに、」
ティキは、今のティキは、私ですら拒絶してるんだよ。助けて、あげられない。
ロードは少しだけ悲しそうな顔で大きな球体を眺めていた。
私の背には巨大な羽根が生えたままで
この手にはこの箱舟を破壊できるだけの威力を持った武器があるというのに
たった一人の愛しい男すら助ける事もできないなんて。何が戦女神だろう。ただ、自分の無力さを呪った。
「……、ティッキーは、」
ロードが何かを言いかけた時、大きな音を立ててティキが作り出した真空空間が爆発した。
ティキは屈み気味に冷や汗を流しながら、その空間から飛び出してきた。
「ティキ?!」
「何かあったのティッキー?」
「………ビックリ人間ショー?」
「「は?」」
私とロードの声が見事にハモった。ティキは床を見つめたまま、私を見ようともしなかった。
そんなに、楽しいのだろうか。アレン・ウォーカーという少年と戦うということが。
……少しだけ、彼の中のノアが怖くなった。その狂気は私の中にもあるものなのだけれど。
「ビックリしすぎて全然笑えねェっつの。よくないものを呼び起こしたか…?」
ティキの視線が向かう先。
ピリピリと空気が鳴るその土煙の中から、どこかで見たような体剣を携えたアレンの姿が現れた。
私の記憶が正しければ、あの大剣は確か千年公が持っているものと同じものだ。
それをどうしてこの少年が持っているのだろう?
…ロードも同じ事を考えていたようだった。
「お前って…なんでそんなに頑張んだよ?」
「あなたたちにだって…判るはずだ」
「っティキ!!!!!!!」
アレンの大剣が、ティキの体を切り裂いた。
頭より先に、体が動いていた。
ただ、ティキのそんな姿が見たくなかっただけ。
私はティキのもとへ駆け寄ろうとした。
「----…どういうことだ。死なない……?何の幻術だ、少年」
でも、確かに剣で身を裂かれたはずのティキは何故か無傷で
私はその信じがたい光景に思わず足を止めてしまった。
だってティキの体に傷なんてひとつもなくて、普通にしゃべっているんだ。
確かに、この目で。彼の体が切り裂かれるのを見たというのに。
「ティ、キ…?」
「幻術なんかじゃないですよ。僕が斬ったのは……」
ティキが受けた刀傷のあるべき場所に十字が浮かんだ。
ティキは口から血を流していた。
とたんフラッシュバックされる“前世の記憶”。
また、失うの?目の前で、ティキを。
また、わたしは。彼を護って、あげられなかった?
「ぐっ…あ……オレの…なかの、ノアが……っ……あああぁあああぁああああ!!!!!」
ティキは叫び声をあげてその場に膝を着いた。
私はただ、呆然とその姿を見つめる事しか、できなかった。
ティキの悲痛な叫びが前世の記憶と重なって、私の頭は真っ白だ。
「オレから…っ!ノアを…奪おう、っての…かっ…少……年…」
(てぃ、き?てぃき、てぃき、が、)
「オレを殺さず…に、ノア…だけ?フハッ、ハハハハハ!お前は…甘い、な!」
(死んじゃうの?ねぇ、いやだよ。やくそくしたじゃない、もう二度と目の前で死んだりなんかしないって、)
「甘いよ。これは…ただの、お前のエゴだ…っ」
「なんとでも。そのための重荷を背負う覚悟は、できている」
「やだよ、ティキぃっ!!!!!!」
声をあげて飛び出した私を制した、ティキの左手。
私とほぼ同時に飛び出したロードも、足を止めた。
ティキはただ一言、小さな声でいい、とだけ言った。
「この戦争から…退席しろ、ティキ・ミック!!!!!」
「……悪ィ、な、…約束、破……っ」
「や……っいやぁああぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ティキの体が、大剣に貫かれた。
ティキの肌は灰褐色を失い、額の聖痕も消えて
“白い”ティキになってその場に倒れた。
ぷつん、と何かが切れた音が、聞こえた気がした。
「ティッキ…」
「ティッキーの、聖痕が消えたレロ……」
「………てぃ、」
その場に膝を着いた。
ティキに向かって力なく伸ばした手は届かない。
あぁ、また。また私は、目の前で彼を失った。
「や……やった……やったッス!悪魔を!敵を倒したヒャッホォ!」
ロードの能力にとらわれたままの男のその一言に、私は怒りを抑える事が出来なかった。
家族でもあり魂の伴侶でもあるティキのノアが奪われた。
私は無意識に、その男に向かって無数のナイフを投げていた。
「……黙れ」
「え……」
「許さないよ、アレン・ウォーカー……
……おまえも、リナリーも、みんな、みんな。私の大事なせかいを壊すやつらは、みんな、」
追い討ちを掛けるようにロードのキャンドルが男を貫き、リナリーとその男を捕らえた空間の周り
そしてアレンの周りにはロードのキャンドルと私のナイフとが無数に浮いている。
「動くな。動いたら、全員刺す。
神ノ道化のアレンはこんなんじゃ死なないだろーけど、アレン以外は、たぶん死んじゃうよぉ?」
「ロード」
「ティッキーのとこ、行ってあげて」
「………うん」
ティキは口の端から血を流して、意識を失っていた。
抱えあげたティキの体からは確かに体温が伝わってくるし、心臓はしっかり鼓動を刻んでいる。
---生きて、いる。ノアを失っても、ティキはまだ、生きている。
「……ティキ、起きて?目を、開けて?
ねぇ、ティキ、やだよ、ねぇ、わたし、ティキがいないと…っ」
「…アレン、見なよぉ?はねぇ、ティッキーの事が一番大事なんだよ。
お前の勝手なエゴで奪っていいものじゃなかったんだよ」
「……っ」
「ティキ、ティキ、ティキ……っ
ティキ、ねぇ、やだよ。もう二度と、私を置いて逝かな、い、って…っ」
「アレンにだって、大事な人間くらいいるだろぉ?」
「………ティキぃ…っ……」
ぎゅぅと抱きしめたティキは暖かくて、でもティキの意識は戻らなくて、でも心臓はちゃんと鼓動を刻んでて。
それでもティキはもうノアじゃなくて、それはつまり私とティキの絆が消えてしまったという事で。
「……っ目、開けてよぉ……っ!!!!」
それでもいいから、ノアを失ってもいいから、だから目を開けて、ねぇ。
その手で頬を撫でてよ、その腕で抱きしめてよ、その声で私を呼んでよ、ティキ。
いつもみたいに笑ってよ、ねぇ。
「……ってぃき……っ!!!」
私の世界は貴方なんだよ、貴方がいなくなったら私はこの世界に生きる意味がないんだよ、ねぇ。
ティキってば。狸寝入りなんてしないで、目を覚まして笑ってよ、ねぇ。
抱き締めて、愛してるって言ってよ、ティキ。
---揺さぶっても、叩いても、ティキは目を覚まさなかった。
心臓は鼓動を刻み、肺は空気を取り込み続けているのに、それなのにティキは目覚めない。
……どうしたら、貴方はおきてくれますか?
どうしたら、また私を抱き締めてくれますか?どうしたら、どうしたら。
「………ッティキぃ……」
どうしたら、貴方は目を覚ましてくれますか?
私が愛を囁けば、私が貴方に口付ければ、貴方は目を覚まして、私を抱き締めてくれますか?
ねぇ、どうしたら、あなたは。
あなたは、おきてくれますか?
ただ君へ、愛を叫ぶ
(慟哭は止まることなく響き続け、やがてそれは、)
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続きモノです。この先の展開どうなるのかなー。
ティキはぜったいしなないよ!(そう信じさせてくれ頼むから!)
2007/05/29 カルア