ExtraPart08:追憶メランコリア











最近どうも奇妙な夢を見る。
私は何故か古代人の様な服を着ていて、ロードやティキも同じような格好をしている。
何故か私はティキと恋人関係にあって、それは現世でも同じなのだけれども
どうも私とティキの関係はそう簡単なものではないらしい。
許婚という関係にありながらもティキは平気で他の女性と関係を持っていたし
私はそれを問いただすでも責めるでもなく容認していたのだから。
表面上では受け止めていたつもりでも、やはり内心そうは行かないようで
私達は顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。
私が一方的に怒って、ティキがそれに呆れて部屋を出る。
そんないつもの喧嘩。それが私達の奇妙な恋愛関係だった。
結局は仲たがいしたまま、私達は死んでしまった。
最期の言葉も交わさないまま、二人それぞれ別の場所で。
今の私からしてみれば信じられないような性格の“私”を客観的視点から見ている。
どこか懐かしいような、私の中で誰かが泣いているような、そんな奇妙な感覚を伴う悪夢。
私はどうにも嫉妬深い性格らしい。
ティキが浮気なんかしようものならきっとただの喧嘩で済まない事くらいは容易に予想が付く。
それなのにどうして夢の中の私があんな性格なのかは判らないが
最近では殆ど毎日こんな夢を見ては魘されて飛び起きている。


「なんだっての……」


今日も例に漏れずそんな奇妙な夢を見た。
ティキが不在で、独りで寝ているからこんな夢を見るのかと自問してみればどうもそうではないらしい。
ティキと一緒に寝ている時にも同じ夢を見て
うなされる私を心配して起こしたティキに宥められるのも日常茶飯事になりかけている。
もしかしたらティキにも同じような記憶があるのかもしれないが、それを聞いてしまうのが怖いのもまた本音。
掛けなくていい心配を掛けてしまっている私はティキの負担にはなっていないのだろうか。


「……千年公に、聞いてみようかなぁ」


さすがに1ヶ月近くも続けてこんな奇妙な夢を見てしまえば弱気にもなる。
私は元々この世界の住人ではないし、別の世界から此処へ来たのだから
ただ悪い夢を見た、というだけで不安になるのも仕方がないのかもしれない。
でも今は戦争中で、私は“ノアの一族”で。
そんな事で甘えてはいられないと理性が歯止めを掛けているのもまた事実。
いい加減、胸に痞えたこの不快感を拭ってしまいたくなるそんな頃だった。

結局、私は眠い身体を無理に起こしてまだ起きているであろう千年公の部屋へ向かった。













***










「千年公ぉー……」

「おや?どうしましタ、ぽん」

「こんな時間に悪いんですけど…聞きたい事がありまして」

「?えぇ、構いませんケドv」


伯爵はを部屋に通すと、自ら紅茶を淹れた。
それは伯爵が好んで飲んでいるハーブティーで、のお気に入りでもあった。
はカップを受け取ると何も入れずに一口飲んだ。
紅茶を飲みながらゆっくりと頭の中を整理すると、は重い口をゆっくりと開いた。


「……奇妙な夢を見るんです、最近」

「夢、ですカv?」

「えぇ。多分、“前世”の私の“記憶”の夢…だと思うんですけど。」

「あぁ、ぽんにも現れましたカv」

「…も、って……みんなも覚えてるって事ですか?」


はカップから顔を上げる。
伯爵は相変わらずつかめない笑顔を浮かべていた。
その裏に哀しみが見て取れたのはが此処での生活に慣れてきた証拠であろう。
伯爵はテーブルに肘を着くと、宥めるような声でに言った。


「もちろんでス。ロードも、ティキぽんも、ジャスデビもスキン君もみーんな覚えてますヨ。
 ぽんは私が覚醒させましたから、少しばかりそれが遅れていたみたいですガv」

「……そうなんですか……」

「……ぽんが悩んでるのはティキぽんとの関係でショウv?」


前置きも何もなしに核心に触れた伯爵のその言葉には目を見開いて絶句する。
やっぱり、と言いたげな表情を浮かべて、伯爵はの頭を撫でた。


「……ティキも、やっぱ覚えてるんですよね」

「でしょうネェ☆」

「………知らない、振りをしてれば、いいんですかねぇ……」

「ダメでス☆」


そう言った伯爵の表情は僅かながら怒りを含んでいた。けれども口調はを諭すように優しかった。
は伯爵の大きな丸い目を見つめたまま、半ば放心状態で言葉を続ける。


「……ティキが何も言わなかったのが、ちょっと辛いです。
 そりゃ私には前世の記憶がなくって、言い出しづらかったのも判りますけど……
 でも、やっぱり私としては複雑なんですよ。
 “今の”ティキは優しいし、浮気なんてしない人だけど…“記憶の中の”ティキは……」

「それで反省したから、今のティキぽんはぽんを大事にしてるんですヨ☆
 ……ここから先は私が言うべき事じゃありませんカラ、ティキぽんとよーく話し合う事デスネ」


伯爵はそう言うとの肩を叩き、遅いですからもう休みなサイvと有無を言わさずを自室へ戻した。
はいくらか消化不良だったものの、伯爵の言うことも尤もだと自己完結した。
確かにこれは“前世の私とティキ”の問題なのだから、伯爵がそこに介入する事はよくない、と。


「……話し合う、かぁ……」


力なく廊下を歩きながら、はティキが帰ってきたらどうやって切り出そうかと考えていた。
ティキが帰ってくる予定の日まであと2日。
少しばかり心は重いが、消化不良のままよりはマシだろう、と。












***













「……おかえり」

「あぁ、ただいま。って…お前なんか元気なくねぇ?」

「ん……とね、ちょっと話が……うん。話があるの。」


2日後の夕方、ティキは屋敷へ帰ってきた。
例によってエントランスホールで出迎えたの表情が沈んでいた事をティキは見逃さなかったが
それがまたの心に掛かった霧を深くしていた事にティキは当然気付かない。
煮え切らないまま言葉を濁すにティキは訝しげな表情を浮かべたが、今は何も聞かずに二人並んで部屋へと戻った。
その間は終始無言で、は考え込むように床に視線を落としたままだった。


「………で、話ってのは?」

「ん……ティキ、さ。……前世の記憶ってあるでしょ?」

「………あぁ」


ティキの部屋のベッドの上。端に腰掛けたと、中央付近に腰掛けたティキ。
いつもならば寄り添うように座るは、今日はかなりの距離を取って座っている。
ティキはのその言葉を聞くと、がこれから言おうとしている事が判ってしまったのか額を抑えて顔を伏せた。
はいくらか戸惑ったが、伯爵に言われた手前此処で話をやめる事は出来ないと弱弱しく言葉を続けた。


「夢、見るようになった……千年公が言うには、私たちの前世の記憶だ、って……
 私とティキは、恋人同士で……でも、今みたいな関係じゃなくて……喧嘩ばっかりしてた……よね……
 結局、仲違いしたまま……死んじゃって……」

「……思い出しちまったか……」

「ティキは、言わなかったから……私も、知らなかった……でもね、此処最近ずっとそんな夢ばっかり見るの。
 夢の中の私は今の私と全然違う性格で、ティキも」

「待った。そっから先はオレに言わせて」


ティキはの言葉を遮ると、俯いたままのに近づき、の前に跪くようにして前髪をかき上げた。
必然的に上げられた視線はティキと噛み合い、どこか切なさを含んだ視線でを見つめるティキの顔がの視界に入る。
気まずくなって逸らそうとした視線はティキの手で優しく戻され、は視線だけを床に落とした。


「……が思い出したんなら、全部話す。確かに“前世”のオレは不誠実極まりない男だったよな。
 が嫉妬してくれんのが嬉しくって、好きでもねぇ女抱いてと喧嘩ばっかしてた。
 に嫌われるなんて判りきってた事なのに、な。
 でもオレはに素直になって欲しくてそんな馬鹿な事ばっかり繰り返してて」

「……勝手だよ……そんなの……」

「あぁ、判ってる。判ってたけど…お互い素直になれねぇまま死んじまった。
 謝れもしねぇまま、7000年……永かったよ。
 生まれ変わって漸く会えたは“覚醒前”で、オレとの事は当然綺麗さっぱり忘れててさ。
 でも、またイチから新しくオレらの関係造りなおせるならそれでもいいかと思ってた。
 ……そう、思ってたんだ、オレは」


ティキの大きな手がの頬を撫でる。
は相変わらず床に視線を落としたまま、ティキの言葉を聞いていた。
その声は苦味を含み悲しげで、はティキを見ないままぽつりと零すように言った。


「…私、ずーっとティキと喧嘩する夢ばっかり見てた。
 うなされてる私を宥めてくれるティキは優しいから…
 どっちが本当のティキなんだろうってずーっと不安に……っ」

「……やっぱ馬鹿だな、オレ……。
 今度こそ悲しませたくねェって思ってたのに、結果こんなに苦しめてる」

「忘れてた私も悪いけど……っティキ独りで勝手にそんな関係作られても嬉しくない…っ」


堪えていた涙が床に落ちる。
ティキは涙を零すを遠慮がちに抱きしめ、宥めるように背を撫でた。


「あぁ、そうだな……悪かった。」

「思い出した、から……っ余計辛くて…でも心配掛けたくないから言えなくて…っ
 “今の”ティキは優しいから、あれはきっと私の気のせいだって…ただの悪い夢だ、って……っ」

「……そうだな……、なんでも溜め込む性格だもんな……ほんと、ごめん……」

「ティキの…っばかぁ……っ」


はティキの背に縋り、声を上げて泣いた。
ティキはの背を撫でながら、優しい声色のまま耳元で言う。


「何回馬鹿って言ってもいいから…殴っても、手榴弾投げてもミサイル撃ってもいい……
 でもな、…頼むからもうオレを嫌わないで。今度こそ、離れないで隣に居て欲しい…。
 あんな想いはもうしたくねェんだ……にも、させたくねェ……頼むから、判って……」

「ティ、キ……っ」


喧嘩ばかりしていた“前世の”と“前世のティキ”。
すれ違いを繰り返したまま、仲直り出来ずに命を終えた二人は輪廻を巡って再び出会った。
7000年という永い時を超えて、またこうして。


「オレにはもうだけ……しかいらねェの……」

「うん……」

「だから、な……」

「も、いいよ……何も言わないでいい……判ったから、ティキの想いも全部……」


遠慮がちに掴んだシャツを握り締めて、は言う。
ティキはを抱き締めて、そのまま暫く抱き合ったまま沈黙が流れた。
ただ、風の鳴る小さな音だけが部屋に響いていた。


「………

「……?」

「ずっと、傍にいてな……」

「…うん」

「オレ、もう後悔したくねェの。を大事にして、愛し愛されて生きてたい」

「……ティキ?」

「だから、オレから離れていかないで」

「……離れないよ、ティキが私を離さない限り、ずーっと一緒。約束したでしょ?」

「……あぁ」


弱弱しい声のティキを宥めるように優しい声で言いながらはティキの背を撫でる。
ティキはのその声に抱き締める力を一層強くして、何度もに愛していると囁いた。
はその言葉に微笑みを漏らし、その夜はお互い抱き合ったまま眠った。

























“愛情”があるから“快楽”はより一層大きくなり “快楽”は“愛情”があるから甘美な物になる。
お互いがお互いにとって必要不可欠、遺伝子に刻まれた魂の伴侶























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ありがち前世ネタでお送りしました悲願花番外編。
そして多少の補足。


要は前世のティキは不誠実極まりない浮気男だったと。
それは本心じゃなくて、恋人という関係にあるにも関わらず自分に無関心なを振り向かせたかったからで
でもで素直になれなくてティキは半ば自暴自棄で浮気に走っていた。

はそれに腹を立てていたけれど、素直になれないままティキの本心までは見抜けなくって
ティキも自分から言うのは癪だったから言い出せなくて、お互いすれ違ったまま死んでしまって。

7000年の間後悔を繰り返してたティキは生まれ変わってノアに目覚めてまたと出会ったけれど
出会ったばかりのはノアに目覚めていなくて、ノアに目覚めても記憶は戻らないままで
結局前世の事には触れないまま、このままでもいいと思ってを溺愛。

段々とにもノアの記憶が戻ってきて、戻りつつある記憶には独りで葛藤してて
独りで抱え込む癖があるはティキに嫌われるのが怖くて言い出せない。
結局千年公に相談したけれど千年公は前世の二人の関係を知っているからこそに助言するだけに留まって

結局ティキは記憶を取り戻したに洗い浚い自分の本心をぶちまけた、と。


雨降って地固まる、な二人でした。




2007/04/30 カルア