「……よぉ、

「あれ、ティキ。珍しいわねこんなところで」


50体以上のアクマを破壊し終わった私の背後からかかった声はティキの声だった。
ハイバリトンのその声はいつも私の心に大きく波を立てる。彼はノア。
想いを通じ合わせたらいけないんだ。そう判っているから、余計に彼に惹かれてしまう。
彼が私をどう思ってるかは、知らなかったけれど。


「いやぁ、女のエクソシストが暴れてるつってアクマから救援信号が、な」

「そ。ごめんなさいねぶっ壊しちゃって」

「はは。いいよお前が壊れるよりマシだ」

「……相変わらず変な事言うのね貴方は」

「なんで?これオレの本心だぜ?」


相変わらずこの男は掴めない。
殺そうと思えばいつだって私を殺せるだけの力があるくせに、それをしない。
それよりもむしろ、私とこうしていることを楽しんでいるような、そんな印象を受ける。
優しくなんてしないでいいのに。
そうでないと私はいい加減この感情にブレーキをかけきれなくなってしまうのに。


「………変な人よね、ティキって」

「お前もな。なんで殺そうとしねぇのよ」

「私じゃ到底勝てないから、かしらね。無駄な事はしない主義なの」

「へぇ」


ティキは楽しそうに笑って私に近付く。
カツンカツンと高級そうな靴がレンガを鳴らす。
私はその足音にあわせて後ずさる。


「なんで逃げんの」

「敵でしょ、貴方は」

「だーかーらー。オレはを殺さねぇって何度言えば判るかなぁ」

「知らない。そう言っておいて不意打ち、ってこともあるでしょう?」

「あれ、オレってば信用ねぇのな」

「当然よ。敵なんだもの」


そう。この男は敵なのだ。私たちが討つべき敵なのだ。
だからこのブレーキを緩めたらいけない。
恋はするものではなくて落ちるもの、といつだったか本で読んだ覚えがある。
だからせめて落ちないように必死でしがみついていなければ。
もしもこの手を緩めてしまったのなら、私はたちまちこの男に堕ちてしまう。
それだけは、だめだ。
もしも私のイノセンスがハートであったのならば最悪の結果を招く事になるのだから。


「なぁ、どうでもいいけど後ろもう壁だぞ」

「……っ」


とん、と背中に冷たいレンガの感触がした。
そう思った次の瞬間には、目の前にはティキがいて。
ティキは相変わらずの笑顔で私を見下ろしたまま、壁に両手を着いている。
つまり、私はティキの両手の間に囚われている。


「なぁ、いー加減素直になってくんね?」

「何がよ」

「好きだろ、お前」

「誰を」

「オレ」

「はっ。馬鹿じゃないの?」

「冷てぇなぁ、は」

「敵に優しくしてやる義理はない」


視線は合わせられない。
私に痛いほど注がれるティキの視線は感じるけれど、私は視線をレンガ道に落としたままだ。
視線を合わせてしまったら、もう歯止めはかけられなくなると判っているから。
彼もそれを理解しているから、無理に視線を合わせようとはしない。
結局のところ、私たちは楽しんでいるらしかった。“禁断の恋”という、この関係を。


「まるでロミオとジュリエットだな」

「は?」

「オレらが」

「馬鹿じゃないの」

「そうだな、オレ学ねぇもん」


ティキの長い指が顎にかかった。
逃げる間もなくあわせられた視線。
真摯なティキの視線に射抜かれて、私は硬直した。


「……なぁ、お前が死ぬときはオレに殺されろよ」

「……あなたもね」

「はは。オレは殺されねぇよ」


あぁ、だめだというのに。
これ以上踏み込んでしまったら、もう戻れなくなってしまうというのに。
それなのにティキは逸らそうとする私の顎を凄い力で抑え付けた。
だめなのに、だめなのに。


「……戻れなく、なる」

「いーじゃん、堕ちようぜ」


一緒に、と言う言葉と共に、ティキの口付けが振ってくる。
逃げようと思えば逃げられた。
それなのに逃げなかったのは、私がもうこの男に堕ちてしまっているからなんだろうか。
ティキの煙草の匂いがだんだんと私を侵食して、私はまたこの男に依存して。
それでも“敵同士の恋”という禁断の関係をやめようとしないのはきっとお互い依存しきっているからだ。


『おーい?!ー?!どこさー!!!!』


「……お迎えか」

「そうね」


ラビの声が遠くから響いて、ティキはぱっと私から離れた。
名残を惜しむように頬を滑るシルクの感触。
縋ってしまえば、楽になれるというのに、不幸にも私は神の使徒で彼は裏切り者なのだ。
どの道、どれだけ恋焦がれても叶う事のない恋。
それなのに惹かれあった私達。
そう、まるでロミオとジュリエットのような私達の奇妙な関係はこれからも続いていくんだろう。
この戦争が終わるまで、ずっと。


「なぁ、次はいつ会えるよ」

「さぁね?会いたいなら追いかけてきなさいよ」

「はは。そうするよ、ジュリエット」

「……待ってるわよ、ロミオ」


それでも、この戦争が終わって。
もしも、私と彼と無事で生きていられたのならば。

「迎えに行くよ」

「期待しないで待ってるわ」


二人手を繋いで、共に歩む事もできるのだろうか。


「酷ぇなぁ。少しは期待してろよ」

「ふふ。本心くらい見抜いて欲しいものね」


今はそんな淡い希望に縋るしかないけれど。


「それじゃあね、ティキ」

「あぁ、またな。










いつか結ばれる日が来ることを祈って





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携帯サイト「まぼろしらんぷ」開設記念フリリク企画作品。
里沙様へ捧げたものです。





2007/05/17 カルア