ざぁざぁと止む事のない雨は私の部屋の窓をばちばちと激しく叩く。
望んでいるのは雨じゃない。
私が待っているのは夕暮れの太陽みたいな真っ赤な髪をしたブックマンなんだ。
2週間で終わると言っていた任務。
気が付けばもう1ヶ月と5日、彼は教団に帰っていなかった。
帰ってきたら伝えたい事があるって言い残して行ったから
気になって仕方ないと言うのに、あいつはまだ戻ってこないのだ。
「……とっとと帰ってきなさいよ、馬鹿」
そんな風に悪態をついたって事態は変わらない。
もしかしたら、戦場で命を落としたのかもしれない。
助けに行きたい、とコムイに何度も言ったけれども、私がいなくなれば教団内を守るエクソシストはいなくなる。
いくらここが黒の教団本部でそれなりの防御設備があるとはいえ
最終的にアクマを破壊し此処を守れるのは神の使徒である私たちエクソシストだけなのだ。
それは判ってはいる。
むしろ、彼一人の命よりも教団みんなの命を優先するという事は
戦争中の判断としては最善の選択であるということも理解しているつもりではいる。
けれどもやはり、不安なのだ。
そしてその不安を打ち消してくれるのは彼の真っ赤な髪と太陽みたいな笑顔だけ。
「……いい加減、寂しいじゃないか…」
雨音は止む事もなく私の部屋の窓を叩き続けている。
彼が帰ってくれば、こんな憂鬱な気分も雨雲と一緒に吹っ飛んでしまいそうなのに、彼はいない。
私の不安を打ち消して、いつも守ってくれた彼は今不在。
彼一人がいないというだけでこんなに沈んでしまうのは、私がそれほど彼を愛しているという事の証明でもあった。
「ー今帰ったさー。開けてー?」
「っ?!ラビ!」
コンコン、と部屋のドアが鳴る。
直後に聞こえてきたのは待ち望んだ彼の声。
私はベッドから飛び降りて、何度も転びそうになりながらドアを開けた
。1ヶ月と5日ぶりに見た彼の笑顔。
雨に打たれたのか、頭の先から爪先までびっしょりと濡れたラビは私を見るなり抱きしめた。
久しぶりの感触に、私は胸が締め付けられるような甘い痛みを感じた。
それはただ、1ヶ月と5日振りに恋人に会えたという感激から来るものだと思っていた。
思って、いたんだ。
「なぁ、頼むからそんまま聞いて?」
「?何、どうしたの、そんな声…」
「オレ、教団出る事になったんさ」
「え……?」
「ノア側に行く」
「ノ、アって…ラビ、あなた、」
ラビのその一言は私の心を深く抉った。
いつもなら、再会の後の抱擁に甘い言葉をくれるラビが今日くれたのは、あまりにも受け入れがたい言葉だった。
だってラビはエクソシストで、ブックマン見習いではあったけれどもエクソシストで。
それがノア側につくっていうことは、つまりラビが私の敵になるという事で。
そうなれば私はラビと戦わなければ、殺し合わなければいけないということで、でもそれは。
「ブックマンはさ、一つのところに永くはいられねーんさ」
「で、も…っなんで、いきなり…っ」
「任務中にな、決まった事なんさ。ごめんな?」
「な、で…?あやま、る…くらいなら、行かないでよ…っ」
「オレだって行きたくねぇさ。でもしょーがないっしょ?」
「らび、と…っも、会えな…っやだ…っ!」
ラビの団服を握り締めて、泣いた。
嗚咽交じりの声をラビは理解できてるのだろうか。
頭に浮かぶのはどうでもいい事ばかりだ。
ラビがいなくなる、それだけは回らない頭でも理解できたけれど。
それでも、やっぱり受け入れられない。彼が敵になるなんて。
「……に黙って行きたくはなかったんさ」
「…っら、び…っ!」
「いつかこうなるっても判ってただろ?」
「でも、こんな…っこんな、いきなり…っ私、ずっと…っず、っと待ってた、のにっ」
「うん、ごめんな。でもオレはブックマンだから、」
教団とかノアとか関係なくさ、歴史を記録してかなきゃなんねーんさ。
そりゃの事は大事だけど、それ以上にブックマンとしての使命のがオレには大事なんさ。
教団の皆も、アレンもユウもリナリーもそりゃ大事な仲間さ?
でもな、オレやっぱブックマンになる運命、捨てられねーんだわ。
ラビはそう言って私を抱きしめる腕に力を篭めた。
私は少し苦しくなって、泣きながらラビの団服を握り締めた。
これでお別れだなんて、寂しすぎる。いやだよ。
ラビと戦うなんて、ラビと殺し合うなんて私には出来ないよ。
ねぇラビ、ラビがノアに行くなら何も言わないで行ってくれたほうがよかったよ。
そうしたら少しは吹っ切れたのに。
「……っら、び…っ」
「んな声で呼ぶなってー…決心鈍っちゃうっしょ?」
「って…や、だ…っラビとお別れなんて、やだっ」
「……相変わらず我侭さねぇ、は」
困ったみたいに笑って、ラビは私を引き離した。
伸ばした手はラビに届く訳もなく、虚空を切る。
ただ肩を掴むラビの手の感触だけが妙にリアルだった。
あぁ、これでラビともお別れなんだ。もう会えないんだ。
混乱する頭でも、どこが冷静な私がいた。
「オレ、もう行くな?」
「や、だ…っやだっ!ラビ、やだよ、らびぃっ!」
「……あんな、。オレもうエクソシストじゃねーんだよ」
「……え?」
いつもと違う声色に顔を上げたら、いつもと違うラビがいた。
…ううん、私も知ってる。その灰褐色の肌も、額に刻み込まれた聖痕も。
だってそれは私たちエクソシストの敵であるノアの証。
でもなんでラビがノアに?ねぇ、ラビはエクソシストでしょう?なんで、ノアなの?
「オレが色んな人種の血ィ引いてるって前に話した事あったよな」
「……ら、び…?」
「ノアの血、引いてたみたいなんさ。だからオレもうの傍にいてやれねぇんさ」
「ノア、って…ど、して?だってラビ、エクソシストで、イノセンスだって、」
「よく判んねーけど、ノアの血以外にも色んな種族の血ィ流れてっから、それでっしょ?」
「……わた、しの…敵、なの……?」
「敵、ってことになるんかなぁ……」
ラビは眉を顰めて頭を掻いた。困ったときのラビの癖だ。
何も変わっていないのに、私の目の前にいるラビはいつものラビじゃなくって
肌の色も額の聖痕も何もかもが私の敵だって示してて
でも私は彼を好きで、でも彼は教団を、私を捨ててノアにつくって言っていて、それは、
「……や、だよ…っ」
「オレだって嫌だけどさ、しゃーないっしょ?なぁ、お前そんな物分り悪ィ女だった?」
「らび…?」
「もう戻れねーんさ。オレも、も。」
「ら、び…っ!」
「だからせめてさ、オレ以外に殺されんなよ、」
「ラビっ!」
『…さよならさ、……』
ラビの手が、ラビの体が、ラビが影に飲み込まれて消えていく。
手を伸ばしてもその影を掠めるだけで、ラビに手は届かなかった。
私はその場に膝を付いて、壊れたみたいに声を上げて泣いた。
私の泣き声を聞きつけてアレンとリナリーが来たけれど
今は到底誰かと会う気分にもなれなかったから追い返した。
ただ頭の中を巡るのはラビとの思い出だけ。
初めて会った日の事、初めて二人で任務に出た日の事、初めて二人だけで食事をした時の事…
ラビに告白された日の事。初めてキスをした日も、初めて体を重ねた日も、何もかもが嫌味な位鮮明だった。
それぐらい、私はラビを愛してたんだ。
「……ラビ……」
嗚咽に混じって呼んだ愛しい人の名前は、雨の音にかき消されて溶けて行った。
私の心の中みたいな大雨は止む事もなく、雨の雫は相変わらずうるさく部屋の窓を叩いていた。
レインドロップに恋を捨て
(あめといっしょにとけてしまえ、)
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携帯サイト「まぼろしらんぷ」開設記念フリリク作品。
ヤコ様へ献上いたしました。
2007/05/18 カルア