「…ねえティキこの口紅は何かなあついでにすっごい安物っぽい甘ったるい香水の匂いがティキのスーツからするのは私の気のせいかなあ」

まずい。これはまずい。
仕事を終えて帰宅したオレは部屋で彼女のとこれから甘い一時、あわよくば熱い夜を過ごすはずだった。っていうかそのつもりで仕事を早く切り上げて急いで帰ってきた訳なんだけど。オレが脱いだ上着を律儀にもハンガーに吊るしていたがオレを見ないままスーツを握り締めて感情のない冷たい声で言ったのが今の状況。確かに今日仕事で会ったブローカーは若い女だったし化粧も濃くて香水臭かったから移り香とかあってもおかしくねえ。だからオレは帰り道を走る馬車の中で香水やら化粧品やらの匂いを消す為にいつもより多く煙草を吸ってたんだけど、それもの犬並み、いやそれ以上の嗅覚の前では無意味。冷や汗を流して固まるオレを横目に、はゆっくり振り向いて凍りつく位冷たい笑顔を浮かべた。

「ねえティキ?私の、気のせい?」
「や、あのな、これは今日仕事で」
「うんお仕事だったのは知ってるよでもねティキなんでお仕事で襟首に口紅つけられた上こんな香水の匂いまでつけられて帰ってくるのかな?ん?」
「……、だから、」

そんではベッドに座るオレの目の前に仁王立ち。両手を腰に当てて冷たい笑顔を浮かべたまま一度も切らずに感情のこもらない声で言い切ってその首を傾げた。ああやばい今日のはご立腹、言い換えればキレる寸前、だ。そりゃ油断してたオレも悪い。貴族の娘なんて表現には程遠い、安っぽい娼婦みてーな女が今日仕事で会ったブローカー。適当にあしらえりゃよかったんだけど、千年公が言うにはお得意様らしいんでそんな適当な扱いも出来ず。結局オレは今日一日買い物だの食事だのと散々振り回されて正直グッタリ、そんで帰宅したらこの追い討ち。どうやら今日は厄日らしい。

「確か今日会った相手ってガレット公爵の娘よねあの頭悪そうなパーチクリン。そうね教養もマナーもない女だけど色気だけは無駄にあるものねそりゃあティキがあの乳にひっかかるのも無理はないよねえ。悪かったですねガキくさくて貧乳で。」

ああだから違うっつーのにこのコは。やましい事なんてこれっぽっちもない上オレの好みからは程遠いってのはだって判ってるだろうに。仕事で最近あんまり構ってやれなかったから拗ねてるのか、と思ってみたけれど怖くて口には出せない。そう言ってしまえば図星を突かれたはオレを殴って蹴って吊るし上げて、とかそういう行動に出る。

「だから何もなかったって…あんな女、好みじゃねえし」
「ふーんへーあーそう。好みじゃないんなら通過させりゃいいじゃんこのくるくるぱー。髪の毛だけじゃなくて中身までくるくるぱーになったの?ああそれは前からだったわねゴメンナサーイ」

ほほほほほ、と笑うはオレの心をふかーく抉るような言葉を棘のある口調、しかも一言で言い切る。そりゃオレだって触られたくなかったけどさ、ブローカーごときにオレらノアの能力を知られるのはマズいんだっても千年公に言われてんでしょ。通過させられんならこんなぐったり疲れて帰ってこねぇよ。

「あのな…オレらの能力の事ブローカーに教えたらいけねぇって千年公に言われてんだろ」
「まんざらでもなかったくせに」
「まさか。オレは以外の女は見えてねーよ」
「口ではなんとでも言えるわよね。私今日は部屋に戻るから近づいたらフルボッコよティキ」
「えええ、ちょっと待てよ信用しろってオレ本気でしか見えてねーし愛してるのもキスしてえって思うのも欲情すんのもだけなのに」
「うるさい離せ浮気者。万年発情期のド変態!」

めきょ、と鈍く重い音を立てての履いていたウッドソウルの厚底がオレのみぞおちにクリーンヒット。何も思いっきり蹴らなくてもいいじゃないか、と手を伸ばすものの綺麗にみぞおちに入ったお蔭でオレはその場に膝を着いた。はそんなオレを見下して軽蔑しきった視線を寄越すとさっさと部屋を出てった。ああオレ最悪、明日はの機嫌直す為のプレゼントを買いに行かなきゃなあと壮絶な音を立てて閉まったドアを呆然と眺めながらそんなことを考えた。



* * *



「機嫌直してくれっかなあ…」

そして次の日、オレは指輪を買いに出かけた。そう、昨日の一件でヤキモチを妬いた可愛らしいの為にが前に綺麗だって言っていた、ピジョンブラッドルビーの指輪を。これで機嫌を直してくれれば一番いいんだけど、とオレはため息を付きながら手の上で真っ黒なベルベット張りの小箱を弾ませた。朝早くからオレに何も言わず仕事に行ってしまったが帰ってくるまであと数時間。どうやって渡そうかとあれこれ思案をめぐらせてみるもののあまり手の込んだ事をすればの疑いは逆に深まっちまいそうだから結局はストレートに目の前で手渡しする事に決めた。

「にしても…宝石ってのはなんでこんなに高いかねえ」

そりゃあオレだって白い時は鉱山で鉱石やら宝石の原石やらを掘る仕事をしてるからその価値は判る。あまり採れないから珍しくて、価値も上がる。原石の状態だってそれなりに高いのに、さらにそれを加工するんだからその手間費と人件費が上乗せされてまた値段はあがる訳だ。女の見栄の張り合いの為に。

「……ま、の為ならしょうがねぇけど」

普段着飾る事をしないし、誕生日やらクリスマスやらに何が欲しいと聞けば安い服や菓子なんかを欲しがる。欲が無いのはいい所でもあれば悪いところでもある訳で。ノアの一族として舞踏会やパーティやらに出る時にだけ、は千年公から宝石を借りてその身を飾る。着るドレスやらキモノやらだってそんな高級なモンじゃない。なのに高級なドレスやら装飾品で着飾った貴族の女達に見劣りしないのはがそんだけ美人だって事で、オレは正直気が気じゃねえ。今でこそノアとしての生活があるからそれなりの暮らしはしてるけど、元々オレは孤児で身寄りの無い人間で。覚醒前は日本の貴族だったとは到底釣り合わないって自覚もある。だから、オレなんかよりよっぽど経済力がある貴族の男にパーティやら何やらの度に口説かれてるを見るのは正直耐えられない。それでもはオレだけしかいらないって言って笑うから、オレはそれに甘えてたのかもしんねぇ。

「……早く帰ってこいよー、ー…」

それでもやっぱが隣にいないと不安なのは気が遠くなるくらいの長い間離れ離れでいたから。それはも同じでオレらはお互いがお互いに依存しあったある意味病的な恋人関係を築いている。離れているのが苦しいのはお互い様、オレはベッドに身を沈めたままいつの間にか眠ってしまっていたらしかった。


* * *


「…き、ティキ、おーい?」
「…ん……?」
「ただいまー」
「お、おうおかえり…」

気付いたら目の前にはがいて、しかも珍しくキモノ姿だったモンだからオレは戸惑った。いつもは下ろしたままの長い髪は日本風に結い上げられていて、カンザシとかいう日本のティアラがの黒い髪に綺麗に輝いてて。の白い肌に真っ黒なキモノはよく栄えたし、薄化粧してるはいつもより妖艶で綺麗で。寝起きの頭でそれだけの認識が出来るくらい、今オレの目の前にいるは美人だった。

「何、キモノ着てんの珍しいじゃん、」
「んーちょっとねぇ。ねぇねぇティキ、昨日はごめんね私誤解してたわ」
「へ?」

「さっきまでね、ガレット公爵のとこ行ってたのよ。そんでねあのパーチクリンと話つけてきたの。あの人ねティキに惚れててガレット公爵に頼み込んで呼んでもらってあわよくば惚れさせようとして色仕掛けしてたんだって笑えるねー」

「は、話つけてきたってお前」

そう、そんでオレの目の前にいるキモノ姿のは清清しい笑顔を浮かべてさらっと怖いことを口にした。がいう「ハナシをつけてきた」というのはそれはつまり脅したという事で、最悪ガレット公爵令嬢の命はない。の笑顔から察するにきっと後者で、その為に普段着ないキモノを着て着飾ってノアの一族として行った訳で、それはつまり……

「別に何もしてないよ、私はね。ただねアクマ置いてきちゃったからガレット公爵邸がどうなってるかの保障はできないねー」

そう、そうだよなやっぱ。のメモリーは自尊心、つまりプライド。そのプライドをズタボロにされた訳なんだからまあ当然、あのオッサンはオッサンでルルかが行かないと機嫌最悪のエロオヤジだしその娘も娘でウザかったからまあ千年公も何も言わないだろ。

「…お前怖い女だなあ」
「あははは。だって所詮ブローカーだもの私は何もしてないし怒られる要素は全く無いよ」
「まあそれもそうか…っと、これやるよ」
「へ?何これ?」

ぽん、との手の上に小箱を置いてやったらは目をぱちくりさせて小箱を見つめる。そんでしばらく考え込んで今度はオレの顔と小箱を交互に見て嬉しそうな顔をする。そう、のこの顔が見たくてオレは無理して高い指輪を買った訳だ。

「あけてもいい?」
「おー。つーかその為に買ったんだしな」
「…………ティキ、これ本物?ねえ」
「当たり前だろお前オレを何だと思ってんだよ」
「っティキ……!」

箱の中身を見ては一瞬硬直。そんでオレに驚いたような視線を投げて何気なく失礼な質問をした。まあ普段のオレの生活をもよく知ってるから多少疑われるのはしょうがないけどな、いくらなんでも惚れた女にニセモノをプレゼントするなんて最低なことはしねぇよ。

「気に入ってくれた?」
「ば、ばか何無理して本物なんて買ってんのよあんた普段酷い生活してんだからそっちに使いなさいよばか!」
「だって、欲しいつってたろ。昨日の侘び。」
「もーティキらしくないー……」
「えええ、何それオレらしくないってどういう意味だよ」
「そのままよ……ばか、」

は大きな黒曜石の瞳に涙を一杯溜めてオレのシャツの裾を掴む。抱き寄せて頭を撫でてやったらはオレの胸元に顔を摺り寄せて、バカだ学ナシだと連呼しながら泣き出した。なあ泣いてくれんのは嬉しいんだけどそんなこと言わなくてもいいんじゃないかなあちゃん。

「ほら泣くなって化粧落ちんぞ」
「うう…ティキのせいだ、ばか…」
「はいはい、ごめんな。もう誤解されるような事しねーから」
「当たり前よ、ばか……」

ぐすぐすと鼻を鳴らして泣くの背を撫でながら、ああやっぱオレってこいつが好きなんだなあとか思ってみたり。この際だから、さっきから言われ続けてるバカは気にしない事にして、珍しく甘えん坊な可愛い可愛いにキスしたら、はにっこりと笑ってとんでもなく怖いことを口にした。

「ティキ、本当に浮気なんてしたら3日3晩サンドバッグの刑ね」
「……肝に銘じておきます」








サディスティック


シック


(全ては貴方への愛そのもので、)










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愛海さまよりご注文いただきました
ティキが浮気、でも実は無実な甘い夢
という事でしたので頑張ってみましたがリクエストから逸れてる気がしますごめんなさいorz
こんなものでよろしければ貰ってやってくださいー!