「……へぇ、ジプシーの楽団か。珍しいな」

仕事で出かけた街の広場の噴水前で最近はあまり見かけなくなったジプシーの楽団が踊っていた。そういえば大通りを歩いてる時から音楽が聞こえてたっけな。ほんの興味本位で人だかりの後ろから楽団を覗き込めば、踊っていたのは女の子。多分、まだ15,6の若い子だった。

『Bei mir bist du schon...』

顔を覆うフードとは対照的な、露出の多い踊り子の衣装。ギターの音色に乗せて彼女が歌い踊る度に衣装に着いた鈴がしゃりんしゃりんとキレイな音色を響かせた。聞いた事のない言葉で歌う彼女はきれいで神秘的で、気付けばオレは楽団が演奏を終えるまでずっと彼女に見入っていた。


* * *


「………お兄さん、いつまでいる?もう、演奏、終わった」
「え?あ、えーっと、」

いきなり声を掛けられたと思って視線を落したらオレの目の前にいたのはさっきまで踊ってた子だった。フードから見えたのは真っ黒な黒曜石の瞳。たどたどしい英語でオレに声を掛けてきた彼女はどうやらオレを不審者だと思ったようだった。第一印象、最悪。

「何か、用?」
「いや、そうじゃなくて……ごめん、君の踊りに見入ってた」
「……そう、」
「あー…っと、別に怪しいモンじゃねぇから。オレ、ティキっていうの。君は?」
「………
、か。歳は?」
「…たぶん、16」

聞きなれない感じの名前。は相変わらずオレを訝しげな目で見上げたまま警戒してるようだった。ジプシーっていう生活をしてる以上、それはしょうがない事なんだろうけど。

「…ずっとこういう生活してんの?は」
「…ジプシー、場所決めて住む、しない」
「なるほど。じゃあ暫くしたらこの街離れるんだ?」
「……あと、5日」
「そっか。じゃあまた来るよ。明日は何か差し入れでも持って来る」
「……」

不思議そうな顔をしたに背を向けて歩き出す。名前を聞けただけでもよしとしよう。どうにも気になって仕方が無い。自分より10も年下の子に惚れちまったかな、なんて自嘲しながら宿に戻った。明日は何を持って彼女に会いに行こうか。




* * *



次の日もオレは同じようにの踊りを見て歌を聴いた。この歌と踊りが見れるのもあと4日か、と思うと残念だ。あと4日の内にオレに何が出来るかと言えば、と少しでも打ち解ける事。想いを伝えるつもりはない。自分自身これがまた恋心なのかわかっていないし、彼女はジプシーだから一箇所に定住するという事はしない。どの道あと4日でオレらは別々の道を歩き出すハメになるからだ。


「…ティキ…見てた?」
「ん、ばっちり。」
「……そう、」

はそっぽを向いてベンチに腰を下ろした。楽団が演奏を終えた途端、この広場は閑散とする。陽が落ちたからってのもあるんだろうけど、それにしたって一気に人がいなくなりすぎだ。

「…にしてもこの広場人いねぇのな」
「私達、いるだから、町の人、来ない」
「……そっか」

は被っていたフードを脱いだ。フードから見えたのは腰まで届く長くて黒い髪。それから黒曜石の瞳と、薔薇色の唇。化粧の所為もあるんだろうけど、すっげぇ美人。なんていうか、東洋系のミステリアスな…そんな感じの。

「…ジプシー、嫌われる。どこも、街の人、冷たい」
「ここらへんは田舎だからなぁ…まだ封鎖的なんだよ」
「…でも、ティキ、違う。優しい」
「……そうか?」
「私、巧い言われる、初めて。ありがとう、」

そう言ってオレを見上げたの笑顔がすっげぇキレイで、オレは思わず言葉を失った。化粧と衣装とはギャップのありすぎる歳相応の笑顔だったから。いよいよオレはに一目惚れしたという自覚を持たなくてはいけなくなったらしかった。

「…この楽団って、の家族か何か?」
「違う、私、捨て子。家族、ない」
「…そっか。同じだな。オレも捨て子。家族いねぇの」
「……ティキも?」
「そ。」

が言うには、の母親はが10歳くらいの頃に蒸発しちまったらしい。それからは楽団の団長に拾われて歌と踊りを仕込まれて、踊り子としてこの楽団にいる事、ジプシーというだけで行く先々で差別を受けて来た事、色々な話をした。話しているの顔はとても悲しそうで、聞いちゃいけないと思ってた事をオレは自然と彼女に聞いてしまっていた。

「…オレと来る?」
「……え?」
「今は家族がいるんだ。血のつながりは無いけどな。も、来るか?」
「……ティキ、と?」
「そ。家族が欲しいならオレと来ればいい。辛い思いしてこんな生活続ける事ねぇだろ」
「でも、」
が来たいと思うなら来ればいい。オレは無理強いはしないから」

は困ったような顔をしてオレを見上げた。ただ、のあの綺麗な笑顔をいつだって見せて欲しいと思った。悲しそうな顔なんて見たくないし、オレがそうだったように“家族”が出来てが笑ってくれるならそれでいいと思った。はドレスの裾を掴んで俯いたまま、小さい声で何か言っていた。それはオレの知らない言葉で、多分達ジプシーの言葉なんだろう。オレにその意味は判らなかったけど、その横顔は悲しそうで嬉しそうで。

「……?」
「…私、ずっと、家族、欲しいかった。ティキが困るないなら、一緒行く」
「……そっか」

はそう言ってオレを見上げて、あの綺麗な笑顔で笑った。はオレにちょっと待っててと告げると小走り気味にテントの方へ走って行った。手持ち無沙汰になったオレは煙草に火を点けて夜空を仰ぐ。綺麗に欠けた大きな三日月が綺麗に光ってた。

「ティキ」
「……?何それ」
「ヴァイオリンと、服。私、もうここに戻るしないから」
「そっか。もういいの?」
「うん、」

はにっこりと笑ってオレの服の裾を握った。それに思わず笑みを零して、煙草をもみ消して立ち上がる。はオレの服を握ったまま、ただ無言でオレに着いて歩き出した。











ネル

Until I first met you I was lonesome





黒猫ユキさまよりご注文いただきました!
16歳のジプシーの踊り子とティキの夢という事でこんなの出来ましたが…これは甘いんでしょうか(汗)
も、もしよろしければ貰ってやってくださいませ!