生きていれば傷は癒える。
痕は残るけれど----………
灰色メランコリア 13
「…………生きてる。」
ベッドで眠るの頬を撫でるのは、神田。
任務先--此処からさほど遠くはない国境の町--でコムイからの連絡を受けて、此処へ来たのだ。
がノアと遭遇し負傷した、意識が戻らない、と。
「起きろ。いつまで寝てやがんだ。」
言っている事は厳しいが、その声は少し震えて弱弱しい。
頬を撫でても、眠る彼女は眉一つ動かさない。
コムイの話では神経に深いダメージを負ったという。
「…………」
神田はの左手を取ると、薬指にシンプルな指輪を通した。
神田の左薬指にも、同じデザインの指輪が光っていた。
「お前が欲しがってた『約束』だ……」
いつだったか、が任務に出る際に言った事。
約束を形にして欲しいと。
生きて還る、また会えるというその約束を形にと。
そう言われて神田の考え付く限りの最大の答えが、揃いの指輪だった。
「………俺を追って来いよ、」
神田は一度の頬を撫でると、小さく触れるだけのキスを落し部屋を後にした。
長居している時間は、ない。
出来れば意識を取り戻すまでいてやりたいが、コムイとブックマンがついていれば安心だろう。
下手に言葉を交わせば離れるのが惜しくなる。
神田はそう自分に言い聞かせながら、テーブルに日本語で書かれたメモを置くと部屋を出た。
***
「ラビ、誰も入ってこないように見張っててよ」
「ヘーイ」
アレンの意識が引き戻される。
聞こえた声は確かにコムイの声。そして聞きなれないラビ、という名。
ぼんやりと見えたそこにはやはりコムイがいた。
恐怖のドリルを片手に。
「コムイさん?!え?!ここどこ?!」
目の前になぜかコムイが--しかもドリルを片手に--いて、アレンは混乱する。
ベッドに勢い良く半身を起こし、叫ぶように言った。
「ここ?病院だよ。
街の外で待機してた探索部隊から街が正常化したとの連絡を受けたんだ。
任務遂行ご苦労様だったね」
「街が……?」
「ミス・ミランダもさっきまでここにいたんだけどスレ違っちゃったね」
「ていうかコムイさんは何で此処に……?」
「もちろんアレンくんを修理しにv!」
おちゃらけた表情で言うコムイはヘルメットを脱ぎながら苦笑いを零す。
それはとても申し訳なさそうに。
「実はね、これから君達には本部に戻らずこのまま長期任務についてもらわなきゃいけなくなったんだよ。
詳しい話はリナリーとちゃんが目覚めた時一緒にする」
「!リナリーとさんはまだ目覚めて…?!」
「神経へのダメージだからね……でも」
「大丈夫っしょー、今ウチのジジィが診てっから。すぐ元に戻るよ」
扉の方から聞こえた聞き慣れない声。
その声の主は人懐っこい笑顔をアレンに向けた。
「ラビっす。ハジメマシテ」
「………はじめまして」
にこ、とラビが微笑む。
コムイは何かを思い出したようにアレンに声をかけた。
「そうそうアレンくん。ミス・ミランダから伝言を預かったよ」
そう言って手渡された手紙には、ミランダが残した伝言。
今度はエクソシストとしてお役に立ちます、と記された言葉にアレンは微笑んだ
***
「…………ユ、ウ?」
神田が部屋を出て30分後。漸く意識を取り戻したは絞るような声で神田を呼ぶ。
確かに神田の気配が部屋に残ってはいたが、その姿はない。
ベッドにゆっくりと半身を起こすと、目に入ったのはベッドサイドのテーブルに置かれたメモ。
はそれを手に取り、読み出す。
へ
起きるまでいてやれなくて済まない。
前にお前が言ってた『約束』だ。
絶対生きて俺の隣へ帰って来い。
ユウ
神田らしい几帳面な字の日本語で書かれたそれを握り締めて、は涙を零す。
左手の薬指に填められた指輪を眺めながら。
「ユウ………ッ」
きてくれて、ありがとう。
小さくそう言うと、メモを握り締めて再びベッドに身を沈めた。
暫くして、ドアが開いた。
視線を投げれば、安心したように笑みを浮かべるコムイの姿。
「ちゃん」
「……コムイ、さん?」
「よかった、意識が戻ったんだね。アレンくんとリナリーも、大丈夫だよ」
「二人とも、無事なんですか」
「うん……起きれるかな?話があるんだ」
「大丈夫です……わたしは、もう、だいじょうぶ。」
指輪を包むように両手を組んで、はベッドから立ち上がる。
微笑んで扉を開くコムイにも微笑を返した。
***
ドルッ ドルッ ドルッ ドルッ
雨の振る夜道を馬車が駆ける。
中には5人のエクソシストとコムイの姿。
アレンとラビは先ほど何かをしでかしたらしく(まぁ何をしたかは判っていたが)ブックマンに正座をさせられていた。
「先日、元帥の一人が殺されました。
殺されたのはケビン・イエーガー元帥。5人の元帥の中で最も高齢ながら常に第一線で戦っておられた人だった」
「あのイエーガー元帥が……?」
冷や汗を流しながら言うリナリー。恐らくは面識があったのだろう。
はコムイの顔を見たまま、黙ってコムイの言葉に耳を傾けていた。
「ベルギーで発見された彼は教会の十字架に裏向きに吊るされ、背中に『神狩り』と彫られていた。」
「神狩り……!?」
「イノセンスのことだな、コムイ?!」
ラビが的確な答えを返す。
コムイは神妙な面持ちで頷くと、また言葉を続けた。
「瀕死の重傷を負い十字架に吊るされてもなおかろうじて生きていた元帥は、息を引き取るまでずっと歌を歌っていた」
「歌……ですか……?」
--- せんねんこうは さがしてるぅ ---
--- だいじなハートと てんびんを ---
--- わたしはハズレ… つぎはダレ……? ---
「てん、びん………ッ?!」
「そう…ちゃんは確か、へブラスカからそんな預言を受けていたね」
「黒白の運命…世界の、天秤、って……でも千年公がどうしてそれを……?」
は混乱する。天秤、とは確かにヘブラスカから受けた預言にあった彼女を示す言葉。
そういえばロードにも同じ事を言われた。
冷や汗が流れるのが判る。
コムイは苦しそうな目でを見つめた。
「あの……『大事なハート』、って……?」
「我々が捜し求めてる109個のイノセンスの中にひとつ……
心臓とも呼ぶべき核のイノセンスがあるんだよ。
それは全てのイノセンスの力の根源であり全てのイノセンスを無に帰す存在。
それを手に入れて初めて我々は終焉を止める力を得る事が出来る」
「そのイノセンスはどこに?」
「わかんない」
「へ?」
コムイの間の抜けた声にアレンが間の抜けた声で返す。
コムイは眼鏡を押し上げながら、溜息混じりに言った。
「実はぶっちゃけるとサ、それがどんなイノセンスで何を目印にそれだと判別するのか石箱に記いてないんだよ〜……
もしかしたらもう回収してるかもしんないし、誰かが適合者になってるかもしんない」
コムイは真剣な表情に戻ると、アレンをまっすぐに見詰めて言葉を続けた。
「ただ最初の犠牲者となったのは元帥だった。
もしかしたら伯爵はイノセンス適合者の中で特に力のある者にハートの可能性を見たのかもしれない。
アクマに次ぎノアの一族が出現したのもおそらくそのための戦力増強……
エクソシスト元帥が、そして『天秤』と預言を受けたちゃんが彼らの標的となった。
伝言はそういう意味だろう。恐らく各地の仲間達にも同様の伝言が送られているハズ」
「確かに……そんなスゲェイノセンスに適合者がいたら、元帥くらい強いかもな」
「だがノアの一族とアクマ、両方に攻められてはさすがに元帥だけでは不利だ。
各地の仲間を集結させ4つに分ける。元帥の護衛が今回の任務だよ。
………キミたちはクロス元帥の元へ!」
馬車はなお夜道を駆ける。
これからの運命を示唆するかのように、ただ暗い道を往く。
は指輪を握り締め、祈るように目を閉じた。
****************************************************************************
書きたかったのは眠ってるちゃんに指輪とメモを残して去っていく神田少年!(ぁ
2007/04/12 カルア