汽車は走る。
東へ向かってひた走る。





















灰色メランコリア 14














「アレン、おーいアレン起きろー。汽車が来たぞー」


ベンチに座ったまま眠るアレン--うなされているのは恐らくクロスの夢を見ているのであろう--にラビが声を掛ける。
はラビの書いた落書きに、ひたすら笑いを堪えていた。


「ら、ラビ……ッいくらなんでも、酷……ッ」

「笑い堪えてちゃ説得力ないさ、ー」


今にも噴出しそうなにラビは悪戯な笑みを向ける。


「こいつまーたクロス元帥の夢見てるぜ」

「何しとるんじゃお前は!」


ブックマンの鉄拳制裁がラビの頭上に落ちる。
ラビは筆を持ったまま前に倒れこみ、は苦笑い混じりにアレンの肩を揺する。


「アレン君、汽車来たよ。おきてってば」

「ぐああああ……う゛ーん、う゛ーうん……師匠の人でなしぃいいいい……!!!!」


プルルルルルル、と汽車の発車を告げるベルが鳴る。
その音に重なって、リナリーの4人を呼ぶ声が聞こえ、アレンを叩き起こし慌てて汽車に乗り込むのだった。









***








「さて……まずは判っている情報をまとめよう」


ブックマンが地図を開く。
は自分の知る世界地図とはだいぶ違う--大方は正確に描かれていたが--をまじまじと見つめていた。


「今私たちはドイツを東に進んでいる。ティムキャンピーの様子はどうかな?」

「ずっと東の方見てるわ」

「距離がかなり離れてると漠然とした方向しかわかんないらしいから、師匠はまだ全然遠くにいるって事ですかね」


左目の絆創膏を剥がしたアレンがコムイさんが言ってたけど、と前置きして言う。


「一体何処まで行ってるのかなぁ……クロス元帥って経費を教団で落とさないから領収書も残らないのよね」


地図を覗き込みながらリナリーが言う。
当然その言葉にラビが疑問の声を上げる。


「へ?じゃあ生活費とかどうしてんの?自腹?」


うわ、金持ちーと付け足して言うが、アレンは苦々しい表情で--心底うんざりした様子で--言う。


「主に借金です。師匠っていろんなトコで愛人や知人にツケで生活してましたよ。
 ホントにお金がないときは僕がギャンブルで稼いでました」

「……アレン君、苦労してんのね……」


の呟きに3人は心底同意し、力強く頷いた。
そして、お前そんな事してたんだ、とでも言いたげな4人の表情に、アレンは戸惑いの声を上げる。
ふとリナリーと視線が合うもその視線はすぐにそらされ、アレンはそれにまたショックを受けた。


「ところでアレン、左目はまだ開かぬか?おぬしには早く眼を治して周囲の見張りをして貰いたい。
 他からの連絡によると、アクマ共が我々の足止めにかかってくるらしいのでな……
 元帥の元へ着くまでは汽車での移動が長くなる。
 民間人を巻き添えにしない為にも迅速な判断が出来るその左目は重要だ」

「………はい」


アレンはそう返事をしながらも、自分を見ようとしないリナリーをちらりと見る。
相変わらず何処か寂しそうな表情で露骨に自分から視線を逸らすリナリーに、アレンは小さく溜息を吐いた。












***











「……私お弁当買ってくるわ」


ある駅で暫くの間停止する、というアナウンスが流れ、汽車が駅に滑り込むとリナリーは席を立った。
は私も一緒に、と言うが独りで大丈夫だからとリナリーに笑顔で言われてしまい、仕方なく席に座った。
車両からリナリーが出たのを確認して、は頬杖を着き外を眺めているアレンに声を掛けた。


「アレン君、行ってあげなよ」

「え?」

「女の子一人に荷物持たせる気?仲直り、してないんでしょ。ほら、早く!」

「え、あ………行ってきます」


アレンの袖を掴み無理矢理アレンを立たせたは、アレンのその返事に満足げに笑みを浮かべ背中を押した。
アレンが車両から出たのを確認すると、はまた席に座った。


ってアレンのねーちゃんみたいさな」

「……そう?」

「うん。そんな感じするさ」


にしし、と笑うラビに照れくさくなり、は窓の外に視線を投げる。
そして先ほどから胸につかえてきた疑問をまた反芻するのだった。


(………記憶が、ない。この先一体何が起こる?私は確かに知ってるはずなのに、思い出せない。……何故?)


この先どうなるのか、確かに先日--ベルリーニでの任務を終えて意識を取り戻すまで--は覚えていたはずなのに、
なぜか今は思い出す事が出来ない。思い出そうとすればその記憶には何か霧がかかったようで、はっきりとは思い出せなかった。


(………どうしてだろう?)


はまだ気付かない。の未来の記憶をキールが奪ってしまった事に。
彼女の存在を伯爵側に気取られた事を知ったキールが、の知るこの世界の未来の記憶を全て消してしまった事に。


「どしたさ、?汽車にでも酔った?」

「え?あ、あぁ…大丈夫だよ。……ありがと、心配してくれて」


覗き込みながら聞くラビに弱弱しい笑みで答え、は溜息をつき考え込むのを辞めた。
どの道、自分は進むしかないのだと言い聞かせながら。
















***















「あれ、アレンは?」

「あ……ほんとだ、いないや…」


汽車が出てすぐ--といっても5分程経ってからであったが--に、アレンがいない事に気付いた一行。
汽車の最後尾、まだ冷たい風が頬を撫でる其処に4人はいた。
ティムキャンピーはいたが、主人であるアレンがいなかったのだ。


「オレっすか」

「お願い、ラビ!アレンくんきっとさっきの駅で乗りそびれちゃったんだわ!お願い、探してきて!」

「ガキがあいつは………」

「行け。今ならお前の如意棒でひとっ飛びだろ」

「槌だよ、パンダv」


腕を掴み心配そうな面持ちで言うリナリーと、足でラビを蹴落とそうとするブックマン。
ラビは何か嫌な予感がするからと渋っていた。
はそんな3人を横目に見て、ため息をつくとイノセンスを発動させた。


「ラビが行かないなら私行くよ?」


杖に座ったまま少し浮かんで汽車の動きについていく
結局女の子独りでは行かせられない、とラビもと並んで駅へ戻るのだった。


「連れてくるから。リナリーたちは先に行ってて」

「うん」


そういい残して、ラビは槌、は杖で駅へと向かった。












***











「……いないさねぇ」

「うーん……あ、ラビ。あっこに村があるよ!もしかしたらあっちかも!」

「お、ほんとだ。行ってみるさ」


駅に着いたが、薄暗いガス灯が照らす其処にアレンの姿はなかった。
きょろきょろと辺りを見回せば、さほど遠くない所に集落の灯りが見えた。
とラビは目を見合わせると、イノセンスを構えたまま村に向かって歩き出した。


「………あっこだけ灯りが入ってるさね」

「あそこにいんのかな?」

「わっかんね。でも行ってみる価値はあるっしょ?」

「だね……」


村に着くとひときわ大きな家の2階--3階かもしれないが--から光が漏れている。
それ以外の家は殆どと言って差し支えないほど真っ暗で、ラビとは再び目を見合わせた。


「私、先に行って様子見てくるわ。
 森羅万象、この世に満ちる全ての元素よ…今一時我が身を隠せ。バニシュ」


ふ、っとの姿が闇に消える。初めて目の前で彼女の能力を見たラビはそれに感激の声を上げる。
の姿は見えない。そして次の瞬間、気配までも周囲から消えた。


「あり??」

「大丈夫、ちゃんといるよ。見てくるから、待っててね。
 慈愛の大地よ。我が身を繋ぐ手を一時緩め、我に自由を。レビテト」


ふわ、との立っていた辺りに土煙が舞う。が何か能力を使ったのだろうと言う事だけがラビにはわかった。
はそのまま小窓へ近づくと、音を立てないように中へ入っていった。



「この村の奥には昔から恐ろしい吸血鬼が住んどるんです!」


(いたよ……なんかアレン君縛られてるし……吸血鬼、って…?)


は壁に寄りかかり、気配を消したまま会話に耳を傾けていた。


「その名もクロウリー男爵。昼間は決して姿を見せず、奴の住む古城からは毎夜獲物の悲鳴が止まる事がない。
 城に入ったら最後、生きては出られぬと伝えられております」

「そんなまさかいまどき吸血鬼なんて……」


冷や汗混じりに言うアレンを村長はこの世の者とは思えない程の表情で--こっちの方がよっぽど化け物だ--睨みつける。


「ごめんなさい続けてください」


その村長に気おされたのか、アレンは冷や汗を更に流し震える声で言うのだった。


(……ラビ呼んだ方がよさそうだな……)


ちょっとアレンにはかわいそうだけど、とは壁から離れ、足音を立てないように床から少し浮かんだまま再び窓から外に出た。
窓から降り、地に足をつけた瞬間姿を現したにラビは目を見開いた。


!どだった?」

「アレン君、この上にいるよ。村人になぜか捕まってる。」

「げ、マジでか……しゃーね、助けに行くかぁ」

「だね」


とラビは建物の裏口であろう粗末な扉から中に入り込んだ。










***











「ですがある日の夜突然………。最初の犠牲者は一人身の老婆でした。
 クロウリーは老婆の身体が蒸発するまで生き血を吸い尽くし殺したのです」


「「うそぉ」」


酒樽から並んで顔を出したラビと--どうやって此処に入り込んだかは企業秘密らしい--に、一同は大きく飛びのく。
村人は思わず二人に向かって武器を構えるが、当の二人はそんな事お構いなしだ。


「ラビ?!さん?!どうしてここに?!」

「お前を探しに来たんさぁ。」

「アレン君こそ何やってんの?」


そう会話をする3人--正確にはラビとの左胸--のローズクロスに気付いた村人が村長に耳打ちする。


『村長!あの少年と少女の胸……!』

『はっ!』


そして村長はラビとを指差したまま、大声で叫んだ。


「黒の修道士様がもう二人ィー!!!!!」

「やった!押さえろ!」


村人たちがいっせいに飛び掛ってくるが、は冷たい目を彼らに向けて腕組をしたまま言い放った。


「女性を縛りつける気?んな事したら…タダじゃ済まさないよ」


村人たちはの羅刹か修羅を背負わんばかりの迫力に何も言えずに一歩引いた。
ラビはあっけなく村人に捕らえられ、アレンと並んで椅子に縛り付けられてしまったワケだが。


「で、何なんですか一体」

「黒の修道士、って?」

「ほらな、オレの予感は当たるんさ」


「実はクロウリーが暴れだす少し前に、村に一人の旅人が現れたのです。
 旅人は神父と名乗り、クロウリー城への道を聞いてきました。
 死ぬかもしれないと必死で止めたのですが旅人は笑いながら城へ行ってしまったのです」


「旅人………?」


「それから三日経ち、やはりクロウリーに殺されてしまったかと思った時。
 なんと旅人は戻ってきたのです!
 『弁当屋よ、もし古城の主に何か異変があったのなら、私と同じ十字架の服を着た者達に知らせろ』、
 『そやつらが事を解決してくれる、待っていればいつか必ずこの汽車に乗ってくるであろう』。
 そう言い残して旅人は去っていきました」


村長の言葉に出てきた『十字架』、『神父』という単語に、アレンの脳裏に赤毛の悪魔が過ぎった。
それはラビも同じだったようで、二人はなんとも言いがたい表情で村長を見ていた。


「それからしばらくして、クロウリーは村人を襲うようになったのです。
 今日までで既に9人の村人が奴の餌食に………!!
 私どもは今夜決死の覚悟でクロウリーを討ちに行くつもりでした。……が!」


村長の後ろでは武器を構えた村人たちが口々にクロウリーへの恨み言を吐いている。
まるで一揆か何かだな、とは眉を顰めた。


「主は我らをお見捨てにはならなかった!!!
 黒の修道士の方!どうかクロウリーを退治してくださいましぃーーーーー!!!!」


村長に続き、村人一同が3人に向かって土下座する。
は余りの必死さに思わず一歩引いた。


「オレらアクマ専門なんだけどなー………」

「何と!悪魔まで退治できるのですか!心強い!」

「いや、あの、そっちの悪魔じゃないんですけど……」


すっかり頼っている村人達には溜息交じりに言うが、悪魔とアクマの違いを説明するのすら面倒くさい。
はふぅ、と溜息をついた。


「……その旅人ってどんな人でした?」


アレンが何かを悟ったような、絶望に満ちた表情で村長に言う。
村長はどこからか紙とペンを取り出し、決してうまいとは言いがたいが特徴を上手く掴んだ似顔絵を描いてみせた。
それはアレン曰く間違いなく自分の鬼畜師匠…クロス元帥だという。
此処はおとなしく村人のいう事に従った方が得策だという結論に行き着いた3人は、クロウリー城へ向かう事を決めたのだった。






















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やってきました吸血鬼編!エリアーデとちゃん絡めたいな!



2007/04/12 カルア