あの時一瞬でも突き放した事を後悔した。
守りたいと思った気持ちはウソなんかじゃなかったはずなのに。
一番信じてやらなきゃいけない俺が裏切ったんだ。

これは俺に対する天罰、か。



















灰色メランコリア 28


















「「「どわぁぁあああぁぁぁぁぁあああ!!!!」」」


4人の叫び声がけたたましく響く。
方舟へと姿を消した6人である--リナリーとラビは気を失っていた--。


「ぐえ…っ」

「ビ…っビックリしたである〜…」

「ちっ」

「つっ潰れ゛る゛う゛ぅ〜〜!!!!」


上からチャオジー、クロウリー、神田、アレン。
アレンはリナリーを潰すまいと必死で上からかかる重圧に耐えていた。


「何だこの街は」

「!ここ…方舟の中ですよ!!」


なんとか離れた5人は体を起こす。
アレンは今自分の目の前に見えている光景が、先ほどアジア支部から江戸へ来た時に通った街と酷似している事に気付く。


「なんでンな所にいんだよ」

「知りませんよ」


神田とアレンの間に炎が見える。こんなときくらい仲良くしろ、と言いたいが、言ってしまえば命すら危ない。
クロウリーが冷や汗を流しながら控えめに二人を制していた--発動していないので弱気なようだ--。


「おっ?おい?!」


ラビが何かに気付いたようで、5人は一斉にラビの方へ視線を向けた。


「リナリーの下に変なカボチャがいるさ!」


それはレロで、6人の下敷きになってしまったためか見事にぺっちゃんこになっていた。
その声で意識が戻ったのか、レロは勢い良く飛び上がる。


「どけレロエクソシスト!ぺっ!!」

「「お前か…」」


叫ぶレロに神田は六幻を、アレンは左手でレロをわし掴む。


「キャーーーーーーー!!!!」


レロの叫びと二人の鬼気迫るオーラに、ラビ達は引いた。


「スパンと逝きたくなかったらここから出せオラ」

「出口はどこですか」


二人にイノセンスを突きつけられ、冷や汗をながしぶるぶると震えながらもレロは言う。


「でっ出口はないレロ」


と、次の瞬間レロの口からは機械を通したようなノイズ交じりの伯爵の声。


『舟は先ほど長年の役目を終えて停止しましタvご苦労様です、レロv出航ですエクソシスト諸君v』


レロの口から伯爵の姿を模した風船が飛び出す。どうやらその風船から声がしていたようだ。


『お前たちはこれよりこの舟と共に黄泉へ渡航いたしまぁースv』


その声を合図にしたかのように、周囲の建物が崩壊を始めた。
皆は一様に崩れてくる建物を見上げていた。


『危ないですヨv引越しが済んだ場所から崩壊が始まりましタv』

「は?!」

「どういうつもりだ……っ」


ラビは驚きの声をあげ、神田は怒気を含んだ声で伯爵--正確にはレロから飛び出した風船--に言う。


『この舟はまもなく次元の狭間に吸収されて消滅しまスvお前たちの科学レベルでわかりやすく言うト……
 あと3時間vそれがお前達がこの世界に存在してられる時間でスv
 可愛いお嬢さん…良い仲間を持ちましたネェvこんなにいっぱい来てくれテ…
 みんながキミと一緒に逝ってくれるかラ、淋しくありませんネv』


ふわりと伯爵の風船がレロから離れ宙に浮かぶ。


「伯爵……っ」

『大丈夫…v誰も悲しい想いをしないよう、キミのいなくなった世界の者たちの涙も止めてあげますからネv』


崩れていく建物の合間を縫って、伯爵の風船は空に消えていった。







***






「何か来ましたな……」


一方、地上にいたブックマン達に近づいてくるのは巨人形態のアクマ達。


「マリ…聞こえるかい?」

「この音は…おそらく…20体か30体。全てあの巨人形態のアクマです」


ブックマンは冷や汗を流しながらティエドールの背に声を掛ける。


「小僧たちとの無線は通じない…どうされる」

「弱ったなぁ」


そう言うティエドールのカバンが、キィィと甲高く小さい音を立てて光りだす。
ティエドールはその光を手に乗せた。


「……それは?元帥」


ブックマンが訝しげな表情で聞くが、ティエドールはその光から何かを伝えられたように頷く。


「うん、行ってあげなさい」


光はその言葉を聴いたのか、ピィイと先ほどよりも甲高い音を立てて空へ消えていく。
ミランダたちは疑問を浮かべてはいたものの、それを聞く前にティエドールが口を開いた。


「さて……仕方がなくなっちゃったね」


掛けなおした眼鏡の奥の瞳に、感情は篭っていなかった。










***






「どこかに外に通じる家があるはずですよ!僕それで来たんですから!」

「無理レロ!」

「ってもう何十軒壊してんさ!!」

「この舟は停止したレロ!もう他空間へは通じてないレロって!!」


崩壊していく街の中、アレン達は出口を探して家を壊していた。
レロは必死で弁解するもアレン達は聞く耳を持たない。


「マジで出口なんて無…(ドゴッ!!)」


出口はないと先ほどからうるさかったレロを、リナリーを除く5人は八つ当たりの意味も込めて殴り飛ばす。
リナリーの危ない、という声の直後、6人の足元が崩れ始めた。


「無いレロ…ほんとに…。この舟からは出られない。お前らはここで死ぬんだレロ」


レロの低い声にアレンたちは振り向く。レロはもう出られない事を悟っているようだ。


「出口ならあるよ、少年」


アレンに向かって声を掛けたのはティキ。
その肌は白く、いつぞやの汽車で掛けていたようなビン底眼鏡を掛けている。
その背にもたれては立っていたが、ティキの大きな背に隠れてアレン達には見えなかった。


「!!!!ビン底!!!」


見覚えのある顔に、ラビ、クロウリー、アレンは驚いた顔で指差し叫ぶ。


「え、そんな名前?」

「ぷっ……ビン底だってティッキー。やっぱ似合ってないよそれ」


思わず噴出したの声に、チャオジーを除く5人は固まる。
はティキの背中から顔を出した。


「「「「「(さん)?!」」」」」


指を指されて一斉に名前を呼ばれた事には眉をしかめた。


「何よぅ…そこのポニテといい何であんたらが私の事知ってる訳?」


腕を組み怒りを含んだ声色のに、5人は驚く。
その声は確かにの声だったが、その肌は浅黒く額には7つの聖痕が刻まれていたからだ。


「……さん……?」

「だから。気安く呼ぶなっつーのよ若白髪」

「……ノ、アなんか…?」

「っていうか人の事指指すのやめてくんない?!眼帯!」

「……な、なんでであるか…?は、エクソシストでは……?」

「ハァ?!私がエクソシスト?!変な冗談やめてよ!」

「……どうして……?」


今自分達の目の前にいるは、自分達が知るとは別人のように思えた。
確かに気性の荒いところはあったが、此処まで声を荒げる事は滅多になかった。
が神田から貰ったんだ、と大事につけていた指輪も、ピアスも今は着けていない。
リナリーはそれに気付くと神田に視線を投げたが、神田は眉一つ動かさずを見つめていた。


「………何よ、」

「………」


その神田の視線に気付いたのか、は神田を睨む。
神田は無表情のまま、を見ていた。


「…ユウ……どゆ事さ」

「……そこの天パがの記憶を消した。
 はノア。俺らはエクソシスト。あいつは俺らの敵。そんだけだ」


遠慮がちに聞いてきたラビの言葉に、神田はから視線を外さぬまま答える。
ラビはその答えに反論しそうになったが、拳を握り締めてその言葉を呑み込んだ。

(あんだけ想い合ってたのに…!どうしてこの二人なんさ?!)

ラビは唇を噛み締めて俯いた。


「ティキ!だから私来たくないって言ったんだけど?!」

「まぁまぁ、落ち着けって」


ティキは苦笑いを浮かべての頭を撫でると、アレンに向き直った。


「少年……どうして生きてた……?」


ティキは口元に笑みを浮かべてアレンの頭に手を置いた。


「のっ!!」


そしてそのまま、思いっきりアレンに頭突きした。
アレンは額を押さえてうずくまり、ティキの額からは湯気が出ていた。よほどの勢いだったのだろう。


「千年公やチビ共に散々言われたじゃねェかよ〜〜」

「何を言って……!」


ティキの肌が褐色に染まり、掛けていた眼鏡を投げ捨てる。


「出口ほしいんだろ?やってもいいぜ?」


そして髪をかき上げ挑発するように舌を出しながら、持っていた鍵をかるく手の上で弾ませた。


「この方舟に出口はもう無ェんだけど」

「ロードの能力なら造れるんだよねぇ、出口をさ。」


ピィイ、と音を立てて、ティキとの背後に扉が現れる。
その扉はロードがよく使う扉で、レロはその扉を見て驚いた。


(ロートたまの扉?!)

「うちのロードはノアで唯一箱舟を使わず空間移動が出来る能力者でね。
 ど?あの汽車の続き。こっちは『出口』、お前らは『命』を賭けて勝負しね?
 今度はイカサマ無しだ、少年」


ティキはアレンを睨み、は未だ自分を睨んだままの神田を睨み返す。
レロはいきなり現れた2人とロードの扉にいくらか戸惑った様子で声を上げた。


「どっ…どういうつもりレロティッキー!タマ!伯爵タマはそんな事…」

「ロードの扉とそれに繋がる3つの扉の鍵だ。これをやるよ」


ティキはレロの言葉を無視すると指先に鍵を乗せて言う。


「考えて…つっても四の五の言ってる場合じゃねェと思うけど。」


そう言うティキとの頭上に、崩壊した建物の東屋が落ちてくる。
は素早く自分とティキを包むように防壁を張った。


「ティッキー!タマ!!」

「たっ…建物の下敷きになったである!!」

「死んだか?」


神田は自分に向かって投げられた物を反射的に掴んだ。
それは先ほどティキが見せた鍵だった。


「エクソシスト狩りはさ、楽しいんだよね。」

「扉は一番高いとこに置いておくよ。崩れる前に辿り着けたら、あんた達の勝ち」


相変わらず姿は見えないが、声は聞こえる。
アレンは表情を浮かべないまま、姿の見えないティキに言う。


「ノアは不死だと聞いてますよ。どこがイカサマ無しですか」

「あははははははははははは!!!!」


大きな笑い声がアレンの耳に届く。


「…っと、失礼。何でそんな事になってんのか知らねェけど」

「私らも人間だよ?白髪ぁ」

「死なねェように見えんのは」

「「お前らが弱いからだよ!!!」」


ティキは崩れた東屋を通り抜け、は東屋を乗り越えて姿を消した。































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神田はまだ割り切れてないといい。
突き放してしまった事で変わり果てた恋人を見て後悔してればいい。

此処まで来たので、次回の本編更新は単行本11巻発売以降ってことで…
神田とスキンの戦いも書きたいけどまだプロット立て終わってないので。
それに10巻以降掲載されてるジャンプが残ってないの…!(だめじゃん)


2007/04/15 カルア