カタタン カタタン カタタン
電車は喉かな田園風景の中を走っていく。
はじめて見る異国の風景に、は感激の溜息を吐いていた。
灰色メランコリア Ver.P-Type 04
「……現在わかっている事、って?」
「奇怪はあるひとつの炭鉱で起きています。2週間程前から毎晩、です」
「……ってことはイノセンスがあるとすればその炭鉱だね…」
「先行している捜索部隊が数人、4日ほど前から調査をしています。詳しい事は現地で」
「えぇ。有難う」
一等客室の廊下で、は資料片手に捜索部隊の一人---名前をライという---と話し込んでいた。
資料を全て読み、ライから補足を受けたは今回の奇怪について概ね理解したところだった。
「私はこの先のデッキで待機しております。何かあれば」
「判った。ありがとう」
ぺこりと一礼し踵を返すライの背中を見送りながら、も部屋へと戻っていく。
相変わらず一定のレール音を響かせながらゆっくりと流れていく長閑な景色をはぼんやりと眺めていた。
教団を出て初めて、今自分がいるこの世界が“別世界”なのだと実感した。
たとえば通貨の違い、言葉の違い、歴史の違い……
明らかにの生きていた世界の過去とは言いがたいこの世界で、自分はこれから生きていかなければならないのだと。
***
「……この街?」
「はい。あそこに見える山が件の炭鉱です。捜索部隊が待機しているはずですので。」
「じゃあ、行きましょ」
汽車に揺られて2日、達3人は西ドイツのはずれにある小さな町へと着いた。
そこは町というより村と言った方がしっくり来るような、閑静で小さな町だった。
はライに先導され、町の中央通りを歩く。
いくらか変わった視線を投げられるものの、何かを聞いてくる様子もないのであえて無視をした。
「……此処?」
「はい」
「……変わった所はないように見えるんだけど……今此処で仕事している人は?」
「現在は黒の教団が調査という形で立ち入り禁止令を敷いています。
問題解決次第、開放いたしますが」
「じゃあ早めに解決しないとね」
は炭鉱を見据えると、炭鉱の前で待機していた探索部隊へ近寄る。
の胸元のローズクロスを認めた彼らは、深く頭を下げた。
「お待ちしておりました、エクソシスト様」
「ご苦労様です。…状況はどうなってます?」
「奇怪が起こるのは必ず決まって夜のようです。昼間は普通の炭鉱と何ら変わりはありませんが……
夜になると奇妙な事に、何かに誘われるように村人が消えていくそうです。
私達はイノセンスが扱えないので、入る訳にも行かずこうしてエクソシスト様をお呼びした次第でして」
「……って事はイノセンスを扱えるエクソシストじゃないと、無理に進入は出来ないってことか…」
「そう推測されます。現に」
探索部隊の男は拳ほどの大きさの石を持ち上げると、炭鉱に向かって投げた。
入り口付近で何かに遮られたかのようにそれは弾け飛び、砂となって風に舞う。
「……わお」
「イノセンス以外は拒絶している模様です」
「みたいですね。貴方たちは此処で待機、私から連絡があったらすぐに本部へ通達して下さい。」
「はい」
「私に何かあったら構わず逃げる事。本部へ通達し援軍を呼んでくださいね」
「……はい」
は探索部隊にそう言い残すと、探索部隊からランタンを受け取りゆっくりと炭鉱へ入っていった。
石を拒絶した入り口はのイノセンスを察知したのか、あっさりと中に入る事が出来た。
中から外を見ても何ら変化は見られなかったが、何か薄い膜のようなものが張っているようだと確認は出来た。
「……あるとすれば奥、かな」
は壁を伝いながら、ランタンの灯りを頼りに奥へと進んで行く。
複雑に入り組んでいるはずの炭鉱は何故か一本道で、トロッコのレール跡も何も見つけられなかった。
(イノセンスの起こした奇怪…って事?形を変えたのかな?)
注意深く観察しながら進んでいけば、確かに周囲の壁は真新しい。
掘った後も見つける事は出来なかったし、何より一本道というのが更に怪しい。
この先にイノセンスがありそうだ、とは足を速めた。
***
「………空洞?」
15分程進んだだろうか。急に視界が晴れ、鍾乳石が天井から垂れる大きな空洞に出た。
其処は洞窟の中だというのに薄く光が入っていて、光が水溜りに反射してやけに幻想的な光景を映し出していた。
「………あ」
空洞の最奥、まるで祭壇の様にあしらわれた岩の上に、輝く物が見えた。
小走り気味に近寄ればそれは間違いなくイノセンスで(コムイに見せられた写真とよく似ていたからだ)
はゆっくりとそれを手に取った。
「任務完了、かな?」
ポケットにイノセンスを仕舞うと、は踵を返す。
視界の先、空洞の入り口に今まで気配すらなかったはずなのに人影が見えた。
は思わず、背に隠した右手を剣へと転換した。
「……誰」
低く威嚇の意味を込めた声で問いかければ、帰ってくるのは低い笑い声。
声から察するに男性。段々と見えたその姿は、正装をした貴族の男性。
だがその肌は灰褐色で、額には7つの傷が見て取れた。
それは今自分がいるエクソシストという立場から見た敵である“ノアの一族”であるという証。
は一歩引き、刀に転換した右腕を戻した。
「(ノア……ッ!)」
「こんにちわ。エクソシストのお嬢さん」
「(まずいなぁ…私もしかして死ぬのかねぇ?)…どちら様?」
「あれ、知ってるモンだとばかり思ったんだけどな。オレ、ティキね。お嬢さんは?」
「……」
目の前にいる男は飄々としていて、敵である自分を目の前にして殺気を飛ばす事はあっても行動には移さない。
何か奇妙な感覚に囚われたまま、はぽつりと小声で名乗った。
「、ね。んで、ちゃん?そのイノセンス、オレにくんね?」
「嫌に決まってんでしょ」
「…素直に渡しといた方が身の為だと思うけど?」
ティキはゆっくりととの距離を詰める。
はティキが放つ殺気に当てられ、一歩ずつ後退していったがすぐに祭壇に背を取られてしまう。
しまったと思った時にはもう遅く、視線を戻した目の前に見えたのはティキの顔。
首にかかった手は冷たく、今にも力が篭りそうで
「……ッ!」
「素直に渡せって」
「お断り…よっ!!!」
は一瞬背筋が凍る思いをしたが、それを振り切るように右手を大剣へと転換して振りぬいた。
ティキは一瞬の事に反応が遅れ、着ていた燕尾服の前がすっぱりと切り裂かれていたものの無傷だった。
「おー怖ェ怖ェ。それってお嬢ちゃんのイノセンス?」
「だったら何よ」
「いいねェ。寄生型か」
「……何が」
「気の強ぇ女が好みなの、オレって。」
「意味判んない……ッ!」
相変わらず飄々とした口調で言うティキには怒りも露に斬りかかる。
ティキはそれを僅かな動きで避け、の右腕を掴んだ。
「ッ!」
「へぇー。右腕、武器に変えれんの?」
「離、せッ!!!」
腕を掴む力は強く、の力では振りほどく事は出来なかった。
右手を元に戻すと、次は背から無数の刃を突き出して攻撃するものの、またも難なくかわされて。
「すっげェなぁ…全身武器みてーなモンか」
「……からかってんの」
「まさか。」
の団服の背は大きく破れ、白い肌が露出しているがそんな事は気にしてもいられない。
一瞬でも気を抜けばきっと命はないだろう。
は再び右手を大剣へと転換すると、ティキに向かって構えた。
「おーおー。マジで威勢いいねェ。惚れちゃいそ」
「いい加減に…ッ」
からかうような口調のティキにとうとうキレたは勢い良く踏み込む。
寸前でその腕は止められ、見上げたティキの顔は楽しそうに歪んでいて。
「今回のオレの仕事ってイノセンスの破壊だけなんだよね。無駄な殺しはしたくねェし…ちょっと眠っててよ。」
「な、にを……ッ?!」
どす、と鈍い音に目を落とせば、ティキの腕が身体を貫いている。
そういえばコイツの能力は通過自在だったっけ、と今更になって思い出したはティキを睨む。
「お、前……っ…」
「おやすみ、良い夢を……」
その声を最後に、の意識は闇に飲まれて消えて行った。
***
「ぅ……ッ」
眩しい光に目を覚ます。ぼんやりとした視界に映ったのは白い天井。
「…私、どうして……あれ……?」
何故、今自分が此処にいるのか。
記憶を辿るも炭鉱に入ったあたりから記憶は見事に途切れている。
そしてこの先何が起こるのか、という事も--知っているはずの未来も--思い出せない。
何があったのか、と自問してみるものの、答えが返ってくるはずもなく
は開いた両掌を視点の合わない瞳で見つめていた。
「お、目ェ覚めた?」
「……誰」
「オレ?此処の炭鉱で働いてるティキ・ミック。キミは?」
「……ティキ?」
その名前、どこかで……
何か引っかかったけれど、その答えは出て来なかった。
「そ、ティキ。」
「私は…。、」
「ちゃんね。ちょっと待ってな、女将呼んで来っから」
「……うん」
ティキはそう言い残すと小走り気味に部屋を出た。
はティキの声に初対面のはずなのにどこかで聞いた事があるような奇妙な感覚を抱いていたが
きっと意識が戻ったばかりで混乱しているのだろうと無理矢理自己完結してベッドに身を沈めた。
暫くして部屋に入って来たのは、少々恰幅の良い中年の女性。
此処の女将であろう彼女はミラと名乗った。
「起きたかい?エクソシストさん」
「あ…ご迷惑をおかけしました…」
「いーんだよ。炭鉱がおかしくなってたのも戻ったし!体調が戻るまでゆっくりしてきな!」
「……戻ってたんですか?」
炭鉱の奇怪が消えた、という女将の言葉には疑問の声を上げる。
記憶が途切れているのだから無理もないが、女将はあんたのおかげだよ、と笑顔でに返した。
「……あの、同行していた探索部隊の…白服の人達は…?」
「あぁ、下の食堂にいるよ。あんたのこと担ぎ込んできたのも彼らでね。そりゃーもう大慌てで……今はだいぶ落ち着いてるよ」
「……?私、どれぐらい眠ってました?」
「2日弱だね。」
「えぇ?!2日ぁ?!」
2日、という言葉には驚きの声を上げる。
よほど大きい声だったのか、したの食堂で待機していたはずのライが部屋に駆け込んできて
「ッエクソシスト様!意識が戻られたのですね!!!」
「ラ、ライさん…ご心配おかけしました……」
「よかった……本当によかった……」
慌てた様子のライは、ベッドに身を起こすを見て安心したのかその場にへたり込んだ。
ライの後に続いて数人の探索部隊が部屋へ遠慮がちに入ってきた。
「……本部に連絡は?」
「エクソシスト様の意識が戻らぬままでしたので、2日前に私が致しました。
コムイ室長よりの伝言は、“万全の体調になるまでゆっくり休んでおいで”との事です」
「………まじですか」
「はい。とてもご心配されておいででした。
それと……エクソシスト様のゴーレムは壊れておりまして……」
「……え、まだ新しいのに……
…一応、私からも本部に連絡入れておきたいな。通信機貸して?」
「はい」
探索部隊は背負っていた通信機をベッドに下ろすと、に受話器を差し出した。
ゴーレムを通さずとも本部と通信可能なそれはとても大きかった。
それこそ、が持っていた携帯電話とは桁違いの大きさではあったが機能性は確かな様で。
『……黒の教団です』
「…エクソシストのです。コムイ・リー科学班室長に取次ぎを」
『!かっ畏まりました!今すぐにっ!』
の名前に電話の向こうの人物は大層慌てた様子で、電話の向こうでがたんばしゃぁっバサバサバサ!という音が聞こえた。
恐らく慌ててコムイを呼びに行こうとしてつまずき、大量の書類をばら撒いた挙句飲み物を零してしまったようだ。
『ちゃん?!大丈夫かい?!』
「コムイさん。心配かけてすいません。大丈夫です。
……イノセンスの確保は失敗しましたが、奇怪は無事なくなったようです。すいません……」
『残念だったね……でもちゃんが無傷で居てくれる事のほうが大事だよ。ゆっくり休んで帰っておいで』
「………はい」
優しいコムイの声には涙を滲ませると、電話を切った。
それから暫く、探索部隊と報告書を纏めていただったが、女将のご飯だよーという声に探索部隊は遠慮がち部屋を出た。
どうやら探索部隊は一足先に本部へ帰るらしく、代えの団服とゴーレムが出来次第お迎えに上がります、と言葉を残して。
女将に渡された服--オフホワイトのワンピース--に着替えると、は食堂へ降りて行く。
丁度夕飯時だったようで、鉱山で働いているのであろう男たちが食事を取っている真っ最中。
そんな男所帯に若い女性であるはいくらか不釣合いのようで、は食堂の入り口で男達から注がれる驚きの視線に硬直した。
「………え?(何、何で私見られてんの服そんなに可笑しい?え?)」
的外れである。単にのような若い女性が珍しいだけではなく、美人の部類にはいるに一同は見ほれていたのだ。
東洋人という物珍しさも手伝って。
「おーちゃーん!席ねぇならこっち空いてっぞー!」
「あ、ティキさん」
立ち上がり両手を振りながら大声を上げているのはビン底メガネのティキ。
はティキのその言葉に、ティキがいるテーブルへと近づいた。
「おいティキ、お前いつの間に仲良くなってんだよ」
「てめぇ」
「……えっと?」
が、テーブルに到着すればティキは両脇にいた男性に羽交い絞めにされていて。
はイマイチ状況が掴めず、ティキを見つめたまま硬直した。
「オレ、クラックな!」
「オレはモモ。で、こっちのちっこいのがイーズだ」
ティキを羽交い絞めにしたまま名乗ったのは、オカッパ頭の男と帽子の男。
クラックと名乗ったのはオカッパ頭で、モモと名乗ったのは帽子の男だ。
そしてモモの隣にいたマスクの少年はイーズというらしい。
「えーっと…です。、。日本人なんで、ファミリーネームが先です。間違えないで下さいね。」
「な!よろしくな!」
にか、っと笑った男たちに釣られても笑い、とりあえずあいていたティキの向かいに腰を降ろした。
***
「んで、なんではこんな辺鄙なトコ来てたんだ?」
食事の最中、クラックから聞かれたのは返答に困る質問だった。
は口に運んでいたスプーンを止め、少しばかり考え込んでから口を開く。
「あー……えーっとですね」
「白い服の連中、のツレだろ?あいつら何なんだ?」
「……えーっと」
どう言い逃れたらいいものか。
迂闊に黒の教団の事は口外出来ない。エクソシストである証の団服を見られているのだから、さほど問題はないようではあるが
何も知らない一般人にアクマの存在、イノセンスの存在を口外してはいけないとコムイからきつく言われているのだ。
は困ったように苦笑いを浮かべ、モモとクラックは何か隠しているんだと確信を得た。
「……まーまー、ちゃんが話したくないってんだからいーじゃないの」
「はぁ?お前気になったりしねぇ訳?あんな格好で担ぎ込まれて来てよぉ」
「人には言いたくない秘密、ってのがあるっしょ。しつこい男は嫌われんぜぇ〜?」
実際のところ、ティキはの正体を知っているからこそ言える言葉ではある。
だがティキがノアであると言う事を知らないこの二人にはそれが府に落ちない模様でその後も何か言いたげではあったが
の表情が沈んでいた為に言い出せずにいた。何だかんだで空気の読める男という訳である。
「……ごめんなさいね」
「ちゃんが謝る所と違うっしょー。悪いのはこいつらだから。
女は秘密を着飾って綺麗になるって言葉知らねぇのかね〜?」
「学ナシなのはてめーも一緒だろーがティキ!一人だけ善人ぶってんじゃねーぞこの野郎!」
聞いた話では彼ら4人は孤児の流れ者で、鉱山や炭鉱と言った場所を渡り歩いて仕事をしているらしい。
要は定住する場所を持たず、その日暮らしで旅をしながら生活をしている、らしい。
「……大変そうですねぇ」
「いや、も結構大変だろ。マジで聞きたいんだけどありゃ一体どうしたんだ?」
クラックが聞いているのは、恐らく此処に担ぎ込まれたときのの格好の事だろう。
形振り構っていられないあの状況でイノセンスを使ってしまったから、団服はボロボロだったのだから。
袖は肘の辺りで千切れていたし、背中は腰の辺りまで裂けていて、ロングコートの裾もボロボロで。
それなのに当の本人はほぼ無傷だったというのだから、当然の疑問と言えばそれまでだ。
尤も、当のにその記憶は残っていなかったが。
「あー………ごめんなさい、言えないんです」
「……そっか」
苦笑いを浮かべて言ったに、クラックもモモもそれ以上何も聞けなかった。
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ティキは気絶したの記憶をいじって“黒い自分”と会った事、未来の事を全て忘れさせています。
恐らく千年公が命じた事でしょうね。(それはまたいずれプロト番外で)
ゴーレムを壊したのもティキ。そしての記憶にちょっとした罠を仕掛けておきました。
クラックとモモはアニメEDより引用。どっちがどっちなんだろうね彼らは。
2007/04/30 加筆 カルア