「えっと、これは?」

「この先の町である大食い大会だよ!」


昼食を終え、まったりとした休日の午後を広間で過ごしていたに、満面の笑みのミラが声をかけた。
なにやらチラシのようなものを持っているようで、は嫌な予感に引き攣った笑顔を浮かべていた。


「大食い大会、って……」

「賞金50ギニーも出るんだよ!、あんたちょっと出てきてくれないかい?」

「50ギニーですか。大金ですねぇ」

「だ・か・らv賞金持って帰ってきな!」


は差し出されたチラシを見る。
確かに優勝賞金50ギニー、と大々的に書かれている。
満面の笑みで言うミラは有無を言わさぬ表情で、とても嫌とは言えなかった。

























灰色メランコリア Ver.P-Type 07





















「……んで、出る事になったのか」

「うん…世話になってる手前断れなくて」


そして現在、はティキと二人で汽車に乗っている。
ミラがしぶるを見てティキを叩き起こし、連れてってやりな!と言った為だ。
としては嬉しい事ではあったが、当のティキは眠そうにしている。


「……ま、頑張れ」

「うん、負ける気もないけどね」


ティキはあくびを噛み殺しながら言う。
3駅先の町だったのでさほど長時間乗っている訳でもなく、ティキは眠らないように頑張っていた。
はミラから渡されたチラシを読んでいる。


「……好物ばっかしだ」

「ん?」

「私の好きなものばっかり出るの。メニュー書いてある」


ほら、と差し出したチラシにティキが視線を落とす。
確かにメニューはこちら!と書かれた下に、いくつかの料理の名前が書かれていた。


「ホットドッグにパンにパスタかぁ」

「お前嬉しそうだなー」

「うん、好きな物好きなだけ食べれるんだもん」


嬉しそうに笑うを見て、ティキは思わずの頭を撫でた。
ぐりぐりと、まるで子供を褒めるかのように。


「ティキ、子ども扱いやめてくんない」

「あ、ごめんつい」


むくれたも可愛いなぁ。
頬を膨らませてそっぽを向いたにティキは優しい笑みを浮かべていた。



























***























『えーそれではただいまより大食い大会を始めたいと思います!』


それから20分ほど汽車に揺られ着いた街はどうやら祭りの真っ最中。
大食い大会は祭りの出し物の一環らしい事が容易に把握できた。
女性で細身のが出場受付をしたことに、受付にいた男性は目を見開いて驚いていた。


『まずは出場選手の紹介から---』


拡声器を通した声が広場に響く。
ティキはステージがよく見える中央の最前列の席にいた。
は丁度ティキの向かい、つまりはステージに並ぶ選手たちの中央にいた。
選手達からは本当にこんな子が出場するのか?という疑惑の視線を投げられていたが、当のはそんな事は何処吹く風。
目の前に詰まれた好物の山に目を輝かせていた。


『ルールは至って単純!制限時間60分の間にどれだけ食べられるかを競っていただきます!
 ホットドッグ、パン、パスタの3種をそれぞれ2時間の休憩を挟んで食べつくして下さい!』

(2時間も休憩挟むなら軽い軽い♪)


は内心上機嫌である。優勝を確信したからだ。
何せ、寄生型であるは消化が異様に早い。2時間もあれば食べた物は殆ど消化されてしまう。
ティキに向かって小さく親指を立てれば、ティキは笑った。


『それでは第一回戦、ホットドッグから行きましょう!始めっ!』


司会の合図を皮切りに、選手達はホットドッグにかぶりつく。
男性ばかりの出場者の中、明らかに浮いていたは飄々とした表情でホットドッグを手に取った。

(あ、おいしい)

もぐもぐと無心に食べ続ける。僅か10分で20個を平らげたに、観客の驚きの視線が集中する。


「すいませーんおかわりくださーい」

『おっと?!10番、選手ものすごいペースだ!そんなに早食いで大丈夫か?!』


司会の中継を綺麗にスルーし、は追加で運ばれてきたホットドッグをまた黙々と口に運ぶ。
ティキは見事なの食べっぷりに笑いを堪えながら彼女を見ていた。


「すいませーん足りないでーす。どーんと持ってきちゃってくださーい」


おかわりとして運ばれてきた20個のホットドッグをまたも10分足らずで平らげたが叫ぶ。
観客からは笑いが上がり、選手達には睨まれたが好物を目の前にしたはそんな事お構いなしだ。


『まさかまさかのダークホース!選手、その胃袋はブラックホールか異次元か?!』

(んーでもジェリーちゃんが作ったほうがおいしいなぁやっぱ……)


さりげなく失礼な事を言った司会に気付かないまま、は結局60分で100個のホットドッグを平らげた。
当然の1位通過、2位の50個という記録に大差をつけての勝利だった。










***








「あーおいしかった」

「お前ほんとその細い体の何処にあんだけ入るの」

「さぁ?」


そして2時間の休憩時間。
は露店で買ったアイスティーを片手に、広場の噴水前のベンチにいた。
ティキは先程のの食べっぷりに感心しているようで、の身体をまじまじ眺めて言う。


「つーか次の食えんの?」

「2時間休憩あれば余裕」


ぐ、っと親指を立てて返すにティキは思わず笑いを零す。
そんな二人を遠巻きに見ているのは、先程の観客たちである。
彼らの心中は先程ティキが投げかけた疑問と一致していたのは言わずとも判るだろう。


「女将があんだけ余裕の笑い浮かべてたの判るわ」

「あはは。ていうかティキだって私が大食いなの知ってるじゃん」

「いやそりゃそうだけどよ。」


それにしたって食いすぎだろ、と言うティキには笑う。
麗らかな日、2時間という僅かな時間はあっという間に過ぎ去った。


『えー大食い大会、第二回戦を始めます!選手の皆様はステージにお集まりくださーい!』

「お、呼ばれてんぞ」

「だねぇ。いってきまーす」

「おう」


拡声器から流れたアナウンスに、は足取り軽くステージへ戻っていった。
目の前には既にパン--ゼンメルというドイツ伝統のパン--が用意されていて、バターやジャムといった物も添えられていた。
は席に着くと、数種類あるジャムを確認した。

(ストロベリーにオレンジにグレープにブルーベリーかぁ)

ここはやっぱ全種類だな、と決めたところで司会のアナウンスが入る。


『では全員揃いましたので第二回戦!ゼンメル大食いに移りたいと思います!
 バターやジャムはいくら使ってもかまいません!どうぞご自由に!では始めっ』


に負けてなるものか、と他の選手達は意気込んで食べ始める。
は相変わらずのマイペースで、まずはいちごのジャムをパンに塗ると食べ始めた。

(あ、ジャム美味しい……)

と、相変わらずどうでもいい事を考えながら、ゼンメルが15個入ったバスケットは10分で空になった。
パンは喉に痞えやすいので、アイスティーを飲みながらにしてはスローペースで。


「おかわりくださーい。」

『おぉっと!またも選手一番乗りでおかわり追加!さっきのホットドッグは何処へ消えた?!』


先程のの食べっぷりを見越してか、大きなバスケットにゼンメルが50個。
それがの目の前に置かれた。今度はオレンジママレードを手に、はまた黙々と食べ始めた。

(うまー…さすが本場は違うわ♪)

と、は終始上機嫌で60分の間に80個のゼンメルを完食。
言うまでもなく、2位以下に大差を付けての勝利だった。

三回戦のパスタ--スペッツレというドイツ独特のパスタ--も当然余裕、60分で35杯を平らげたは2位の15杯という記録に大差を付けて勝利。
誰もが予想し得なかったこの結果に、主催者側も戸惑い気味のようだった。


『えーそれでは結果発表……見て明らか、優勝は選手!』

「あは。どーも」

『賞金50ギニーを贈呈します!』


結果発表が行われているステージの裏では、何とかに勝とうと食べ過ぎた他の選手達が食べすぎで唸っていたのは裏話だ。
は多少照れながら賞金を受け取ると、拍手喝采の中ステージを降りた。


「お前マジ食ったなー」

「まだまだ食えるよ?」

「異次元直結胃袋」

「何それ」

「オレの素直な感想。」


ティキは煙草を咥えたまま立ち上がると、日が暮れると汽車なくなるから帰るぞとに言って歩き出す。
は露店見て回りたかったのに、と不満を零しながらもティキを追いかけた。










***








「ただいま帰りましたー!」

「おや、おかえり、ティキもご苦労さん」

「いやー、女将こいつマジですげぇぞ。ぶっちぎり」

「だろうね。」


汽車に乗ったのが夕暮れ時という事もあって、宿舎に戻ったのは日が暮れた午後8時。
食器の片づけをしていたミラを見ると、どうやら夕食後のようだった。
ミラは食器を仕舞う手を止め、二人に近づく。


「ミラさん、これ賞金」

「あぁ、ありがとね」

「いーえ。美味しい物食べられて満足です」

「そうかい。」

「はい」

「明日は奮発してご馳走にでもしようかね」

「マジで?」

「せっかくが賞金取ってきてくれたんだしね」

「女将、オレステーキ食いてェ」

「ステーキねぇ…ま、考えとくよ」


ちゃんと灯り消して部屋に戻るんだよ、と言い残してミラは食堂を出た。
後に残ったのはティキと
他の従業員たちはとっくに自室へ戻っているらしく、あたりは静かだった。


「ティキ、今日はありがと」

「おぉ」

「………あと3日…かぁ」

「あ?何が」


突然、意味不明なことを言い出したにティキは当然疑問を返す。
は苦笑い交じりに水を飲む。


「私がここを離れるまで、かな…1ヶ月って言ってたから」

「あー……マジか」

「うん……帰らない訳にも行かないし」

「そっか」

「…………」


俯いたの髪をティキは優しく撫でる。
宥める様なその手は暖かかった。


「……寂しいか?」

「………うん」

「そっか」


優しい声で聞けば、落ち込んだ声色で返事が返ってくる。
ティキは苦笑いを浮かべると、の手を握った。
は握られた手に視線を落とした後、ティキを見上げた。


「ティキ?」

「住所くらい教えてけよ。手紙くらいなら出せんだろ?」

「あ……うん」

「オレも多分暫くは此処にいっから…電話くれりゃいつでも出るし」

「……私には、連絡つかないよ…?手紙くらいでしか、」

「だからが掛けて来いっつってんの。此処を出る時はちゃんと手紙出すし、な?」

「………うん」


落ち込んだままのの頬を撫でる。
ティキの手の感触には肩を竦め、ティキはを抱き締めた。


「だから、不安になんな」

「ティキ……」

「……部屋戻るか。冷えてきたな」

「……うん」


二人は手を繋ぎあったまま食堂を出た。
ティキに手を引かれるまま、無言のまま辿り着いたのはティキの部屋。
はティキを見上げるが、ティキの表情はメガネに隠されて掴めない。
促されるまま入った部屋。期待と不安が入り混じり、の心は落ち着きをなくしていった。
















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いつかやりたかった大食い大会ネタ!(じこまんぞく。)




2007/05/02 カルア