ティキへ
私は私のあるべき場所へ帰ります。
何も言わずに消える私を、どうか許して下さい。
ティキに会ったら、帰ると決めた決心が鈍ってしまいそうだったから。
もし、また会える日が来たら、その時は
私の大好きな笑顔で、おかえりって言って抱き締めて。
離れていても、私は貴方を想っています。
灰色メランコリア P-Type 10
「……おかえり、ちゃん」
「…ただいま帰りました、コムイさん」
教団の地下水路、船着場。
コムイに出迎えられたは笑顔を取り戻していた。
報告書を出してもらわないといけない決まりだから、とコムイに続いて司令室へ向かう。
途中すれ違った科学班や探索部隊に、おかえりなさいと声を掛けられては内心喜んでいた。
(私のホームは此処なんだ……)
どこか満たされた気持ちだった。
ティキと離れてはいるが、彼のくれた水晶がある。
何も悲しむ事はないのだと、自分の歩むべき運命を受け入れたのだ。
「………さてと。帰ってきたばかりで悪いけど、報告書ね、ちょっと補足してもらいたい部分があるんだ。」
「……その事なんですけど、」
「ん?何だい?」
「…私、炭鉱に入ってからの記憶がなくて……原因は判らないんですけど、気付いたら炭鉱宿舎のベッドの上で」
「…そうか…今は大丈夫なのかい?」
「…えぇ、記憶がそこだけ抜けてる以外は」
んーそれなら仕方ないねぇ、と言うコムイには申し訳ない気持ちで一杯だった。
まぁ気にしないで、と笑ったコムイに渡されたコーヒーを飲む。
久し振りに飲むブルーマウンテンの味に、は改めて帰ってきたのだと実感した。
「そういえば、休暇はどうだった?」
「あ、楽しく過ごさせてもらいました。炭鉱で働きながら」
「それはよかった」
「…………また、頑張りますね」
にっこりと笑ったのその笑顔の裏に寂しさが含まれていた事にコムイは気付いていたが
何故か触れてはいけない事のような気がして触れずにいた。
はコーヒーを飲み干すと、部屋に戻りますと言い残して指令室を出て行った。
***
「!おかえりなさい!」
「あ、リナリー!ただいまぁ!」
自室で30分程掛けて荷物の整理をした後、そういえばそろそろ夕飯時だと気付いたは食堂へ向かった。
相変わらず、たくさんの人で賑わっていて、料理のいい匂いが漂っている。
入り口で立ち止まり、きょろきょろと周りを見回すに気付いたリナリーは立ち上がり声を上げてを呼ぶ。
その声に笑顔で答えたは、小走り気味にリナリーのもとへ駆け寄った。
「大変だったのね、でも無事でよかった」
「うん。なんか心配かけちゃったみたいで……って、この人、誰?」
リナリーの向かいにいたのは、自分と同じエクソシストの黒衣を纏った赤毛の少年。
年は恐らく自分と同じ位であろう彼は、笑顔を浮かべてを見ていた。
「ブックマン見習いのラビっす。ハジメマシテ」
「あ、です。、よろしく」
「おととい任務から帰ってきたのよ、ラビ。のこと話したらぜひ会いたいって」
人懐こい笑顔で差し出された手を取り、握手を交わす。
リナリーは満面の笑みでに言う。
ラビはといえば、の髪に視線を向けていた。
「……、ってことはって日本人?の割に髪の毛金髪さね?」
「……脱色してるのよ、髪の毛」
「ヘェー……」
ラビのその言葉に、一瞬ティキの笑顔が過ぎる。彼にも同じ事を言われた所為だろうか。
は悟られないように笑顔を浮かべて答えた。
「は寄生型なの。ね?」
「あ、うん。おかげで食費が大変で」
「ほぉー。そいや寄生型って大食い多いらしいな」
「すっごい食べるのよ、彼女。」
「……なんかそう言われると食べづらいんだけど」
気まずさはあったものの空腹には勝てず、結局は何か頼んでくると言い残してカウンターへ向かった。
1ヶ月ぶりに帰ってきたを見たジェリーは歓喜の悲鳴をあげ、それには一歩引く。
いつものように大量の料理を注文したは、カートに料理を積んでテーブルに戻った。
「……え、まさかそれ一人で食うん?」
「………うん」
カートに乗っていたのは超特大オムライス--軽く10人前はあるだろう--とミートソース、パンが15個に丼一杯のミネストローネ
山盛りのポテトサラダにピザ5枚、デザートのティラミスとコーヒーゼリーは約20人前。
ラビが驚くのも当然ではあるが、は平然とそれを食べ始める。
「ね?」
「…その細い体の何処にそんだけ入るんかなぁ」
「寄生型ってエネルギー消費激しいんですって。」
そんなリナリーとラビの会話を耳に入れながら、は久し振りのジェリーの料理に舌鼓を打つ。
ミラの料理も旨かったが、やはり愛情たっぷりというだけあってジェリーの料理は格別だ。
「んまーいvやっぱジェリーちゃんの料理が一番だわ」
「……すっげ、もうなくなるさ」
元々早食いの傾向がある上に寄生型のものすごい食欲も手伝って、はあれだけの料理を僅か20分で完食した。
残るのはデザートのみである。
切り分けられていないティラミスを小分けに皿に盛ると、コーヒー片手にそれを口に運ぶ。
ラビは見事なまでののその食べっぷりに感心していた。
「相変わらずいい食べっぷりね、」
「んージェリーちゃんの料理久し振りだしさぁ」
「にしてもすげぇさ……ここ来る前食費大変だったんじゃね?」
ラビのその一言には返答に困っていた。
何せ自分は此処に来るまで…つまりイノセンスを身体に宿すまでは普通の生活をしていたのだから。
は苦笑いを浮かべると、頭の中で矛盾が無いように言葉を選びながら答えた。
「あー…ほら、大食いで無料とかそういうお店あるじゃない?そういうとことか…
あとはやっぱ大食い大会とかね?私、ずーっと旅の楽団にいたから、そういう事が多かったの」
「へぇー。楽団にいたんか。歌とか得意なん?」
「うん。歌とピアノとダンスは得意だよ。それで生活してたしね。
ただほら、やっぱり大所帯だから、私一人の食費だけで食いつぶしかねない勢いでねー。」
「まぁ…こんだけ食うんだもんなぁ」
「だから、そういうところで食べたり、定期的に大食い大会とかで食費代わりの賞金稼いだりしてたのよ」
「成る程な。」
どうやらラビは納得してくれたらしい。は小さく安堵の溜息を吐いた。
「ねぇ、私もティラミス貰っていい?」
「あ、いいよー。ラビも食べる?」
「オレコーヒーゼリーのがいいな。」
「オッケー」
デザートを取り分けて、3人で談笑交じりに遅いティータイム。
話題はやはりの事が多く、ラビはに興味深々といった様子で。
「なぁって彼氏とかいるん?」
「………っ」
ラビのその一言には固まった。
ラビはどーなん?とテーブルに身体を乗り出して尚も聞いてくる。
リナリーはただ苦笑いを浮かべるばかりだ。
「………?」
「………いない、よ」
小声でそれだけ言うと、は苦しそうな笑顔を浮かべた。
ラビはのその表情にいくらか疑問を持ったものの、いないと答えた事との表情にそれ以上追求するのをやめた。
「マジか。」
「…なんでそんなこと聞くの?」
「や、気になっただけさぁ」
そう答えたラビは飄々とした表情だった。
は嘘を吐いてしまったことに少しばかり心を痛めてはいたが、此処で話題にする事でもないだろう。
何より、追求されるのが嫌だったという事もある。
「ラビはね、初対面の女の子にいつも聞いてるのよ。気にしないでいいからね」
「え、そうなの?」
「うん。もラビだけは辞めておいたほうがいいわよ、ラビってば遊び人だから」
「え、ちょリナリーそれ誤解さあんま酷い事言わんで」
ラビは冷や汗を流しながら必死で弁解する。リナリーはそれをすっぱりと切り捨てると、ティラミスを口に運んだ。
はそんな二人の様子に、ただ笑顔を浮かべていた。
「そういえば……神田は?」
「あぁ、神田なら任務よ。明日か明後日あたり帰って来るんじゃないかしら?そう連絡あったって兄さん言ってたわ」
「あ、そうなんだ。」
「ってことはオレまたユウとすれ違い?オレ明日の朝早くからまた任務さぁー…」
「しょうがないじゃない、それは」
「はぁー……じゃーオレ明日の準備とかもあるし部屋戻るさぁー……またな、、リナリー」
「あ、うん。またねラビ」
「頑張ってね」
ラビは溜息を吐くと残ったコーヒーゼリーを半ば流し込むように食べ、席を立って部屋へ戻った。
残されたのはとリナリー。リナリーはラビが食堂から出た事を確認すると、に向き直る。
「……、なんでさっきラビに嘘吐いたの?」
「…………え?」
「彼氏いない、ってあれ嘘でしょ?隠したってダメよ女の子には判るんだから」
リナリーのその言葉に、は硬直し間抜けな声を上げる。
リナリーは妙な所で勘が鋭いのだ。隠し切れそうもないな、とは小さく溜息を吐いた。
「……うん」
「何で隠したの?」
「何でって……彼は一般人だし、私はエクソシストだから……」
「私には教えてくれるわよね?」
有無を言わさぬリナリーのその表情に、は苦笑いを浮かべる。
リナリーなら誰かに言う事もないだろう。単純に、友達の恋人という存在に興味を持っている訳でもないらしい。
「…鉱山で働いてる人だよ。」
「ってことは休暇中に?」
「……うん。コムイさんから聞いてるでしょ?私が鉱山で倒れたの。その時介抱してくれてた人なんだけど」
「そうなの……で、どんな人?」
「…そうだなぁ…飄々としてて、お調子者で…メガネかけてて、外すとすごくカッコイイの。私も初めて見たときびっくりしちゃって」
幸せそうな表情で笑うに釣られて、リナリーも自然と笑みを浮かべる。
普通の、この年頃の女性にありがちな恋の話題で盛り上がれる事が嬉しい様だった。
「へぇー……」
「……優しい、人だよ」
そう言ったの表情は沈んでいた。
リナリーは空になったのカップにコーヒーを注ぐ。
「……なかなか、会えないんだけどね」
「そうよね……仕方ないわね、それは……」
「でも、大丈夫なんだ、私は」
は笑いながら、服に隠していた水晶をリナリーに見せた。
淡い紫を帯びたその水晶は、食堂の照明に淡く光っていた。
「……水晶?」
「彼が掘ったやつ。お守りにくれたの。だから、大丈夫」
「そっか」
「うん」
は暫く、幸せそうな表情でその水晶を眺めていた。
そんなにリナリーは笑みを浮かべ、ただ無言でカップを傾けた。
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女の勘が働くリナリー。
冒頭の文はがティキに宛てた手紙の内容。
2007/05/03 カルア