「アレン、おーいアレン起きろー。汽車が来たぞー」
ベンチに座ったまま眠るアレン--うなされているのは恐らくクロスの夢を見ているのであろう--にラビが声を掛ける。
はラビの書いた落書きに、ひたすら笑いを堪えていた。
「ら、ラビ……ッいくらなんでも、酷……ッ」
「笑い堪えてちゃ説得力ないさ、ー」
今にも噴出しそうなにラビは悪戯な笑みを向ける。
「こいつまーたクロス元帥の夢見てるぜ」
「何しとるんじゃお前は!」
ブックマンの鉄拳制裁がラビの頭上に落ちる。
ラビは筆を持ったまま前に倒れこみ、は苦笑い混じりにアレンの肩を揺する。
「アレン君、汽車来たよ。おきてってば」
「ぐああああ……う゛ーん、う゛ーうん……師匠の人でなしぃいいいい……!!!!」
プルルルルルル、と汽車の発車を告げるベルが鳴る。
その音に重なって、リナリーの4人を呼ぶ声が聞こえ、アレンを叩き起こし慌てて汽車に乗り込むのだった。
灰色メランコリア Ver.P-Type 17
「さて……まずは判っている情報をまとめよう」
ブックマンが地図を開く。
は自分の知る世界地図とはだいぶ違う--大方は正確に描かれていたが--をまじまじと見つめていた。
「今私たちはドイツを東に進んでいる。ティムキャンピーの様子はどうかな?」
「ずっと東の方見てるわ」
「距離がかなり離れてると漠然とした方向しかわかんないらしいから、師匠はまだ全然遠くにいるって事ですかね」
左目の絆創膏を剥がしたアレンがコムイさんが言ってたけど、と前置きして言う。
「一体何処まで行ってるのかなぁ……クロス元帥って経費を教団で落とさないから領収書も残らないのよね」
地図を覗き込みながらリナリーが言う。
当然その言葉にラビが疑問の声を上げる。
「へ?じゃあ生活費とかどうしてんの?自腹?」
うわ、金持ちーと付け足して言うが、アレンは苦々しい表情で--心底うんざりした様子で--言う。
「主に借金です。師匠っていろんなトコで愛人や知人にツケで生活してましたよ。
ホントにお金がないときは僕がギャンブルで稼いでました」
「……アレン、苦労してんのね……」
の呟きに3人は心底同意し、力強く頷いた。
そして、お前そんな事してたんだ、とでも言いたげな4人の表情に、アレンは戸惑いの声を上げる。
ふとリナリーと視線が合うもその視線はすぐにそらされ、アレンはそれにまたショックを受けた。
「ところでアレン、左目はまだ開かぬか?おぬしには早く眼を治して周囲の見張りをして貰いたい。
他からの連絡によると、アクマ共が我々の足止めにかかってくるらしいのでな……
元帥の元へ着くまでは汽車での移動が長くなる。
民間人を巻き添えにしない為にも迅速な判断が出来るその左目は重要だ」
「………はい」
アレンはそう返事をしながらも、自分を見ようとしないリナリーをちらりと見る。
相変わらず何処か寂しそうな表情で露骨に自分から視線を逸らすリナリーに、アレンは小さく溜息を吐いた。
***
「……私お弁当買ってくるわ」
ある駅で暫くの間停止する、というアナウンスが流れ、汽車が駅に滑り込むとリナリーは席を立った。
は私も一緒に、と言うが独りで大丈夫だからとリナリーに笑顔で言われてしまい、仕方なく席に座った。
車両からリナリーが出たのを確認して、は頬杖を着き外を眺めているアレンに声を掛けた。
「アレン、行ってあげなよ」
「え?」
「女の子独りに荷物持たせる気?仲直りしてないんでしょ。ほら、早く!」
「え、あ………行ってきます」
アレンの袖を掴み無理矢理アレンを立たせたは、アレンのその返事に満足げに笑みを浮かべ背中を押した。
アレンが車両から出たのを確認すると、はまた席に座った。
「ってアレンのねーちゃんみたいさな」
「……そう?」
「うん。そんな感じするさ」
にしし、と笑うラビに照れくさくなり、は窓の外に視線を投げた。
***
「あれ、アレンは?」
「あ……ほんとだ、いないや…」
汽車が出てすぐ--といっても5分程経ってからであったが--に、アレンがいない事に気付いた一行。
汽車の最後尾、まだ冷たい風が頬を撫でる其処に4人はいた。
ティムキャンピーはいたが、主人であるアレンがいなかったのだ。
「オレっすか」
「お願い、ラビ!アレンくんきっとさっきの駅で乗りそびれちゃったんだわ!お願い、探してきて!」
「ガキがあいつは………」
「行け。今ならお前の如意棒でひとっ飛びだろ」
「槌だよ、パンダv」
腕を掴み心配そうな面持ちで言うリナリーと、足でラビを蹴落とそうとするブックマン。
ラビは何か嫌な予感がするからと渋っていた。
はそんな3人を横目に見て、ため息をつくと右手をスティレット--短剣--に変え、ラビの首元に突きつけた。
「ラビ、男なら渋るなよ情けねぇなその首掻っ切るぞ?怖いなら私も行ってやるからとっとと槌出せや」
「……すいませんでしたお願いですからその右手戻して下さい怖いですさん」
にっこりと笑顔で言い放ったにラビは冷や汗を流し土下座すると、槌を構えた。
はラビに言われた通り先端を握ると、リナリーとブックマンに振り向いた。
「連れてくるから。リナリーたちは先に行ってて」
「うん」
そういい残して、二人は槌を使って駅へと向かった。
***
「……いないさねぇ」
「うーん……あ、ラビ。あっこに村があるよ!もしかしたらあっちかも!」
「お、ほんとだ。行ってみるさ」
駅に着いたが、薄暗いガス灯が照らす其処にアレンの姿はなかった。
きょろきょろと辺りを見回せば、さほど遠くない所に集落の灯りが見えた。
とラビは目を見合わせると、イノセンスを構えたまま村に向かって歩き出した。
「………あっこだけ灯りが入ってるさね」
「あそこにいんのかな?」
「わっかんね。でも行ってみる価値はあるっしょ?」
「だね……」
村に着くとひときわ大きな家の2階--3階かもしれないが--から光が漏れている。
それ以外の家は殆どと言って差し支えないほど真っ暗で、ラビとは再び目を見合わせた。
「……裏口か何か、ないかねぇ」
「んー……あ、ラビあそこ裏口じゃない?」
が指差した先には、木に隠れる様にして古ぼけた扉があった。
それは確かに裏口のようで、厳重に鍵が掛けられていた。
「…鍵かかってるさ」
「大丈夫、任せて」
は右手を先程見せたスティレットに変えると、南京錠を叩き切った。
カシャン、と小さく音を立てて、鎖で繋がれた南京錠が地面に落ちた。
「おぉー」
「さ、行こう」
ぎぃ、と軋んだ音を立てて扉が開く。中はランプで照らされていて、扉の正面に階段が見えた。
とラビは足音を立てないように慎重に階段を上って行った。
「この村の奥には昔から恐ろしい吸血鬼が住んどるんです!
その名もクロウリー男爵。昼間は決して姿を見せず、奴の住む古城からは毎夜獲物の悲鳴が止まる事がない。
城に入ったら最後、生きては出られぬと伝えられております」
「そんなまさかいまどき吸血鬼なんて……」
冷や汗混じりに言うアレンを村長はこの世の者とは思えない程の表情で--こっちの方がよっぽど化け物だ--睨みつける。
「ごめんなさい続けてください」
その村長に気おされたのか、アレンは冷や汗を更に流し震える声で言うのだった。
「ですがある日の夜突然………。最初の犠牲者は一人身の老婆でした。
クロウリーは老婆の身体が蒸発するまで生き血を吸い尽くし殺したのです」
「「うそぉ」」
酒樽から並んで顔を出したラビと--どうやって酒樽に入り込んだかは企業秘密らしい--に、一同は大きく飛びのく。
村人は思わず二人に向かって武器を構えるが、当の二人はそんな事お構いなしだ。
「ラビ?!さん?!どうしてここに?!」
「お前を探しに来たんさぁ。」
「アレンこそ何やってんの?」
そう会話をする3人--正確にはラビとの左胸--のローズクロスに気付いた村人が村長に耳打ちする。
『村長!あの少年と少女の胸……!』
『はっ!』
そして村長はラビとを指差したまま、大声で叫んだ。
「黒の修道士様がもう二人ィー!!!!!」
「やった!押さえろ!」
村人たちがいっせいに飛び掛ってくるが、は冷たい目を彼らに向けて腕組をしたまま言い放った。
「私を縛る気?んな事したら…タダじゃ済まさないよ」
村人たちはの羅刹か修羅を背負わんばかりの迫力に何も言えずに一歩引いた。
ラビはあっけなく村人に捕らえられ、アレンと並んで椅子に縛り付けられてしまったワケだが。
「で、何なんですか一体」
「黒の修道士、って?」
「ほらな、オレの予感は当たるんさ」
「実はクロウリーが暴れだす少し前に、村に一人の旅人が現れたのです。
旅人は神父と名乗り、クロウリー城への道を聞いてきました。
死ぬかもしれないと必死で止めたのですが旅人は笑いながら城へ行ってしまったのです」
「旅人………?」
「それから三日経ち、やはりクロウリーに殺されてしまったかと思った時。
なんと旅人は戻ってきたのです!
『弁当屋よ、もし古城の主に何か異変があったのなら、私と同じ十字架の服を着た者達に知らせろ』、
『そやつらが事を解決してくれる、待っていればいつか必ずこの汽車に乗ってくるであろう』。
そう言い残して旅人は去っていきました」
村長の言葉に出てきた『十字架』、『神父』という単語に、アレンの脳裏に赤毛の悪魔が過ぎった。
それはラビも同じだったようで、二人はなんとも言いがたい表情で村長を見ていた。
「それからしばらくして、クロウリーは村人を襲うようになったのです。
今日までで既に9人の村人が奴の餌食に………!!
私どもは今夜決死の覚悟でクロウリーを討ちに行くつもりでした。……が!」
村長の後ろでは武器を構えた村人たちが口々にクロウリーへの恨み言を吐いている。
まるで一揆か何かだな、とは眉を顰めた。
「主は我らをお見捨てにはならなかった!!!
黒の修道士の方!どうかクロウリーを退治してくださいましぃーーーーー!!!!」
村長に続き、村人一同が3人に向かって土下座する。
は余りの必死さに思わず一歩引いた。
「オレらアクマ専門なんだけどなー………」
「何と!悪魔まで退治できるのですか!心強い!」
「いや、あの、そっちの悪魔じゃないんですけど……」
すっかり頼っている村人達には溜息交じりに言うが、悪魔とアクマの違いを説明するのすら面倒くさい。
はふぅ、と溜息をついた。
「……その旅人ってどんな人でした?」
アレンが何かを悟ったような、絶望に満ちた表情で村長に言う。
村長はどこからか紙とペンを取り出し、決してうまいとは言いがたいが特徴を上手く掴んだ似顔絵を描いてみせた。
それはアレン曰く間違いなく自分の鬼畜師匠…クロス元帥だという。
此処はおとなしく村人のいう事に従った方が得策だという結論に行き着いた3人は、クロウリー城へ向かう事を決めたのだった。
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というわけで吸血鬼編です
2007/05/03 カルア