「妓楼の女主人?」

「饅頭屋の店主が言うには、最近その女主人に出来た恋人がクロス元帥なんだって」

「なんて師匠らしい情報……」


団服を黒いコートで隠したリナリーは妓楼を見上げた。













灰色メランコリア Ver.P-Type 25













「しかし派手だなぁー」

「ここの港じゃ一番のお店らしいよ」


確かに、見上げた店はとても大きく一際煌びやかだった。
そんな建物の前で、黒ずくめの5人はようやく元帥にたどり着いたのだと内心嬉しさを隠せずにいた。


「ついにクロス元帥を見つけたんか…」

「長かった…」

「てか遠かった…」

「見つけられると思わなかった…」

「これで任務、終わりだね…」

「(見つけてしまった……)」


ただ一人、クロスの弟子であるアレンだけは絶望に打ちひしがれていたが。


「待てコラ。うちは一見さんとガキはお断りだよ」


暖簾をくぐり出てきたのは、大柄なチャイナドレス姿の、女性。
ボキボキと指を鳴らし、アレンとラビを掴み挙げる彼女の姿はとても女性には見えないほどたくましい。


「ご、ごめんなさい!何かよく判らないけどごめんなさい!」

「うそだ!女?!」


ラビとアレンは慌てて謝るも、二人は軽々と持ち上げられてしまう。
アレンもラビも中国語が話せない為、リナリーに助けを求めればリナリーは中国語で彼女に叫ぶ。


「仲間を放して!私たちは客じゃないわ!」


そのリナリーの叫びを無視して、彼女はアレンの耳元で英語で言う。


「裏口へお回り下さい。こちらからは主の部屋に通じておりませんので。
 ……我らは教団の協力者でございます」


そう言って舌を出す彼女の舌には、十字架の刺青が彫られていた。





***





「いらっしゃいませ、エクソシスト様方。
 ここの店主のアニタと申します」


通された部屋にいたのは妖艶な雰囲気の美女。
アニタ、と名乗った彼女に、6人は皆見とれた。女性であるリナリーとも。


「早速で申し訳ないのですが
 クロス様はもう此処におりません」


「「「「「「え?」」」」」」


アニタのその言葉に、6人は魂の抜けたような表情で素っ頓狂な叫び声をあげた。
無駄に期待していた分、ダメージがとても大きかったようだ。


「旅立たれました。八日程前に。」


アニタが、低く悲しみを含んだ声で続ける。
それはにわかには信じがたい言葉だった。


「八日前、旅立たれたクロス様を乗せた船が、海上にて撃沈されました」

「……確証はおありか?」


ブックマンのその声に、アニタは表情を変えずに言う。


「救援信号を受けたほかの船が救助に向かいました。
 ですが船も人もどこにも見当たらず……其処には不気味な残骸と、毒の海が広がっていたそうです」


「………師匠はどこへ向かったんですか。沈んだ船の行き先は、どこだったんですか?」


強い意志を孕んだ声で言うアレンに、皆の視線が集まる。
アレンは強い意志を秘めた目でアニタを見つめ、言葉を続けた。


「…僕の師匠はそんな事で沈みませんよ」

「………そう思う?」


アニタはその言葉に--アレンの強いクロスへの信頼に--微笑みに一筋の涙を流しながら、弱弱しい声で返す。
ラビとブックマンは目を見合わせていたが、4人はそれには気付かなかった。


「……マホジャ、私の船を出しておくれ。
 私は母の代より教団の協力者として陰ながらお力添えして参りました。
 クロス様を追われるのなら我らがご案内いたしましょう。
 -----行き先は日本、江戸でございます」















***














「みんな!アクマが来る!」


翌朝早く。船に乗り込み出港準備に追われた一行。
は疲れ果て、全ての準備を終えると、宛がわれた自室で仮眠を取っていた。


「……アク、マ?」


騒がしくなった外の空気に目が覚める。
ぼんやりと目を開けば耳に届くアレンの叫び。
は飛び起き、団服を羽織って船室を飛び出した。


「すごい数……!!」


船室を飛び出し空を見上げれば空を黒く染め上げるほどの大量のアクマ。
は一瞬息を詰まらせると、イノセンスを発動し右手を大剣に変えて皆の待つ甲板を走り抜けた。


「みんな!」

さん!!」


は上空を埋め尽くすアクマを見上げると、眉を顰めて右手を空へ向けた。


「……“ショックスタン”!!!!!!!」


の右手、大剣の先から巨大な衝撃波が空へ放たれる。
それは大きな雷鳴となり、大量のアクマを一度で葬り去った。


「……何だ?」

「何やってんだこいつら……船を通り越してくさ…?」


普段であれば、自分達の姿を認めた途端襲い掛かってくるアクマたちは、なぜか船を素通りし内陸へと向かっている。
達は空を見上げながら呆然としていた。


「どうして………?」

「ッ後ろッ!!!!」

「え……ッ?!きゃぁあああああッ!!!!!」


ラビの叫びに振り向けば自分に向かってくるアクマの姿。
恐らくはレベル3であろうアクマは、を巨大な腕で掴むとそのまま内陸へと向かって飛ぶ。


ーーーーーッ!!!!!!」


アクマの動きはとても早く、手足の自由も利かないほどの力で押さえつけられているは何も出来ない。
暴れてはみるものの、首から下、全身を拘束するアクマの巨大な手は緩む事はなかった。


「ッ離せ…!」

「ヒヒ。金髪の女エクソシスト…“”…こいつダ」

「っ?!」


アクマの無機質な声には身体を引きつらせた。
何故アクマが自分の名を知っていて、何故このアクマは自分を船から浚ったのか。
その真意はわからぬまま、はアクマの腕の中必死でもがく。


「ノア様がお前ヲ探していルよ……」

「ノア……?どうしてっ!」

「着けば判るヨ……傷つけナイ様に言われてイるんだ……大人しクしてることだナ……」


くくく、とアクマは笑うと速度を上げて飛んでいく。
は一瞬でも気を抜いた事を後悔した。


(みんな………ッ)


は瞼をきつく閉じ、歯を噛み締めた。













***















「久し振り、ってのも変か」

「………ッだ、れ…」


アクマは竹林の中へ降下するとを漸く開放した。
長い間拘束されていた所為なのか、身体が上手く動かせずはその場にへたり込む。
を見下ろすように声を掛けたのは、褐色の肌のティキ。
アクマはティキに促され、早々にその場を去った。
は虚ろな目をティキに向ける。


「あぁ、こっちのオレじゃ判んねぇか。
 ……こっちなら、オレって判る?」


ティキがそう言うと、褐色だった肌は白く戻る。
どこから取り出したのか、見慣れたメガネをかけて。
の目に映った“ノア”は、間違いなく。

「………ッティキ……!?」

「そ。オレ。」

「な、んで……?」


ティキはの目の前に腰を降ろし、の顔を覗き込みながら笑顔で言う。
は思わず後ずさるが、力の入らぬ手足ではそれは無理だった。


「“白黒の天秤”、“金髪の日本人”……」

「何、言って……っ」

「“天秤”って言われてたんだろ?は」

「……っ」


ティキはの顎を掴むと無理矢理自分と視線を合わさせ、尚も笑顔のまま続ける。


「ンな怯えなくても殺さねぇよ。」


そう言って浮かべた笑顔は、肌の色を覗けば確かに自分が知るティキの優しい笑顔だった。
だがその裏には隠しきれない狂気が見て取れたのもまた事実。
はただ信じ難いその事実に、放心状態でティキに視線を向けていた。


「ティキ、が…ノア?どうして?……私を、好きって言ったのは、嘘……?」

「嘘じゃねぇよ。あん時言った事も、な」


ティキがそう言うと同時に、の背に鈍痛が走る。
見上げているのはティキの顔、そしてその後ろに広がる空。
押し倒されたと気付くのにそう時間はかからなかった。


「や……っ」

「今度会った時、抱くって言ったよな?

「……っ嫌…っいやぁぁあああ!!!!!」


はティキの腕を振り解こうとして、半ば半狂乱で右手を鎌に変えた。
それに驚き離れたティキめがけてその腕を振り抜くが、ティキはそれを易々と避けて。


「おいおい、それが彼氏に対する仕打ちな訳?」

「……っあ……」

「ま、イキナリこんなん見せられちゃ取り乱すのも無理ねぇけどな」


くく、と喉で笑うと、ティキはの団服に手を掛ける。
一瞬の事に反応が遅れ、飛びのいた時にはもう遅く。


「や……っ」


の団服のボタンは全て引きちぎられ、肌蹴た下にベアトップが覗く。
鎖骨の僅か下に輝く、淡い紫の十字を見たティキは歪んだ笑みを浮かべた。


「それ、のイノセンスだろ。寄生型だっけか」

「……っ」

「どうなんだろーなぁ…壊してもまでは壊れねぇといーんだけど」

「何、をする気……?」

「ん?だってオレらんとこ来るのにイノセンスなんていらんっしょ?」

「な………?!」


さらっと言ったティキには驚きの視線を投げる。
ティキは相変わらず笑顔を浮かべたまま、再びの両手首を拘束すると地に押し付けた。
の細く小さな腕はティキの片手で、頭上で簡単に纏め上げられてしまう。
ティキは空いていた右手をの鎖骨に滑らせた。


「……っやだっ!」

「……やだとか言われてもなぁ……オレ、これが仕事だし?」

「っティキ、やだ!やめてよ!」


涙を流して叫び、暴れるを宥めるように口付けた。
それは駅で別れたあの時とは真逆の、嫌悪感しか抱かせないようなそんなキスだった。


「っ痛」

「やめて!」


はティキの唇を噛み、一瞬ティキの力が抜けたその隙を縫ってティキの手を跳ね除けた。
そのまま後ずさり、ティキから距離を取ると右手を大剣へと転換し、ティキに構えた。


「なぁちょっとそれ酷くねぇ?」

「……ティキ、一つだけ答えて」

「ん?」

「……私に近づいたのは…私を、好きだって言ったのは。
 ………私のイノセンスを壊す為?私を、殺すため?」

「……違ぇよ。その答えを教えてやるつってんのに話聞かねぇんだもんお前」

「……どういう意味?」


溜息を吐きそう答えたティキに、は警戒心を緩めぬまま言葉を返す。
ティキは段々ととの距離をつめ、はそれに比例して後ずさるがその背は大きな岩にぶつかった。
しまった、と一瞬背後を向いてしまった事がまずかったのか、ティキは一瞬でとの距離を詰めた。
視線を戻したの目に飛び込んで来たのはティキの顔。


「こんなとこでロストバージンなんて嫌だろ。今はちょっと眠っときな」


どす、という音と共に腹部に鈍痛が走った。
その痛覚の直後、意識は遠のき、薄れていく景色にティキの笑顔だけが見えていた。


























***
























「……あのなぁロード、お前の人形じゃねーっての」

「だってもうエクソシストじゃないのにあんな服じゃ可哀想でしょぉー?」

「つーかお前こんなんどこで買って来んだマジで」

「これぇ?これはねぇ、メイドアクマに作らせたのぉ。に似合うでしょぉ?」


ぼんやりとした視界に光が入る。
耳にはノイズ交じりに女性の声と男性の声。
はゆっくりと目を開けた。


「あ、起きたぁ?久し振りぃ」

「………っ!?」


段々とクリアになる視界に映ったのはロード。
の意識は一気に現実へ引き戻され、ベッドに勢い良く半身を起こした。


「Hola、。」

「ロ、ロード…キャメロット……?」

「ロードでいいよぉ?」


ベッドに肘を預けるロード。
は漸く自分の纏う服が先ほどまで着ていた団服とは違う事に気付く。
それは黒に近い赤を基調とした着物のようなデザインのドレスだった。


「な………ッ」

は日本人だからキモノが似合うねぇー」

「………どういうつもりよ………」


はロードを睨みつける。
ロードは相変わらず飄々とした表情でを見つめている。
ティキは溜息を吐くと二人に近づいた。


「ロード、いい加減にしろ」

「えぇ〜……ティッキィー、独占欲強すぎなんじゃねぇの?」

「そういう問題じゃねーだろ。」

「………なんで殺さないの、」


私は、エクソシストはノアの敵なんでしょう?!
はそう叫ぶと、枕をティキに投げつけた。それはティキの身体をすり抜けて壁に当たった。


「だから、さっきも言っただろ?目が覚めたら全部教えてやるって。」

「何を……ッ」

「まぁいいから大人しくしとけって」


ティキはそういうとを抱え--俗に言う姫抱きというヤツだ--、ロードに声を掛けると部屋を出た。
は暴れてみるものの、ティキは簡単にを押さえ込む。
結局暴れても無駄と悟ったは大人しくなり、ティキは笑みを浮かべて廊下を歩いた。








***








「おやvお目覚めですカ」

「……ッ千年伯爵……っ!」


ティキに抱えられたままつれてこられた部屋には、ロッキングチェアに座る伯爵がいた。
は伯爵を睨みつけた。


「ようこそ、さンv歓迎しますヨv」

「……なんで」


ころさないの?
のその声は口に当たったティキの指に制された。
伯爵は両手を広げながらに近づく。
ティキはゆっくりとを降ろした。


「……全てはこれで判りまスv」


伯爵は呆然と立ち尽くすの額に手を当てる。
一瞬意識が遠のいたかと思えば、頭に走る鋭い痛み。


「ッあぁああああああああああ!!!!!!」


は頭を抱えその場にへたり込む。
激しい頭痛の向こうにノイズが聞こえる。


「思い出すのでスv遠い昔の記憶、貴方に宿った“ノアの記憶”ヲv」

「いや……ッいや、いや、いやぁぁああああああああ!!!!!!」


フラッシュバックするのは悪夢。
ゴルゴダの丘を歩く自分と、迫る死神。
遠くに見えたのは仲間の姿。伸ばした手は届かず、彼らの姿は砂になって風に舞う。
は一人、屍の山に取り残された。
泣き叫ぶ声は何処へも届かず、ただ世界に一人残されたような孤独感。


「………あ………」


ぷちん、と何かが切れた音がした。


「さァ、覚醒は終わりましタvもう見えるでショウ?」

「あ………?」


両手を見る。真っ白だったはずの肌は褐色に染まっていた。
視界の端に映る金色だったはずの髪の色は漆黒で。


「な………え?」


肌の色はティキやロード--自分たちがノアと認識している者--と同じ色で。
まさかと思い額に手を当てれば、先ほどまでなかった違和感が7つ。


「………ノ、ア………どう、して……?私、は、」


私はエクソシストじゃなかったの?
そんな視線を伯爵に投げれば、彼はに言った。


「“黒白の天秤”、それが貴女でスv」

「……どう、いう意味?」

「ノアの遺伝子を受け継ぎながらも偽りの神に愛されタv」


伯爵はの目を見たまま言う。
は伯爵のその言葉に、自分をこの世界へと呼んだ張本人を思い浮かべていた。


(キールは私がノアの遺伝子を引いていることをしってたの?)

(もし知ってたのなら何故彼は私にイノセンスを?)

(私がノアだと言うのなら、イノセンスを扱えたのは何故?)



「だから貴女は“天秤”なのでスv」

「……よく、判らない……」

「偽りの神は“ノア”である貴女を愛しタv貴女がイノセンスだと思って使っていたソレは貴女の“ノア”の能力v
 偽りの神は貴女の内の“ノアの遺伝子”をイノセンスで押さえ込み、その力だけをイノセンスで引き出していた☆
 貴女は、ノアのその力で我ら同胞と戦っていたのですヨv」

「…ってことは、のイノセンスぶっ壊してもよかったんスか?」

「壊してたら今頃は此処にはいませんヨv彼女の神経と深く結びついていますからネェ……v
 まぁ、ノアが目覚めても拒絶反応は出ていないみたいですし、このままでも問題ないでショウv」

「マジすか。壊さねぇでよかったわ」


俯くの肩に手を置き、ティキは伯爵に言う。
の頭は混乱しきっていて、ティキの手を振り払う事が出来なかった。


「貴女の中のノアが目覚めたからでスv
 “黒白の天秤”は我々“黒”に傾いタv貴女はもう“白”には戻れませンv」

「……も、どれない……?私、は、」


の脳裏に、仲間達の笑顔が浮かぶ。
自分を姉のように慕ってくれたアレン。
何でも話せる親友のリナリー。
背中を安心して任せられる、信頼し合えたラビ。
こんな私をレディー扱いしてくれたクロウリー。
私をまるで孫のように可愛がってくれたブックマン。
私が大好きな……教団のみんな。


「もう、みんなのところに、もどれないの……?」


は褐色に染まった両掌に目を落としながら、消え入るような声で呟いた。
ぽつり、と涙が一滴、床を濡らした。
涙が床を濡らしたと同時に、の意識は闇に飲まれて消えていく。
力なく倒れ込むを抱きとめたのはティキの腕。


「……戻れないも何も、もう二度と離さねェよ」


意識を無くしたを抱え上げると、結い上げられたその髪に口付けを落とした。
意識はなくとも涙は自然に流れるのだろう。の頬を涙が濡らしていた。
ティキは指でその涙を拭うと、千年公に視線を投げた。


「つー訳で、休ませますよ」

「えェvよかったですネ、ティキぽん☆“半身”が戻ってキテv」

「………はは。本当に」


ティキは嬉しそうに口角を吊り上げると、に負担をかけぬようゆっくりと部屋を出た。















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覚醒。
仲間の所へ戻れないという失望と、ティキと同じモノであったという歓喜と
入り混じって複雑な心は淀み行き場をなくす。







2007/05/04 カルア