The flutter and one scattering petal waveringly found you.
灰色メランコリア Ver.P-Type 28
「……ん……」
朝の日差しに目を覚ます。手を伸ばして時計を見れば午前6時を僅かに過ぎた所だった。
時計から視線を戻せば視界に入ったのは褐色、ぼんやりとした思考回路は昨夜の情事を思い出す。
は顔を赤く染め、寝息を立てるティキの頬に触れた。
「……ティキ」
視界に映る自分の肌は褐色のままで、シーツに散った髪は漆黒のまま。
昨日のあの出来事は夢ではなくまぎれも無い現実なのだと改めて思い知らされた。
「……夢じゃ、ない」
ノアとして目覚めた事に不思議と哀しみは感じなかった。
仲間達と二度と並んで歩けないという事だけは判ってはいたが、それに勝るのはティキの存在。
前世から宿命付けられた半身と再び出会えたと言う歓喜だった。
「……夢じゃねぇぜ?」
「……!起きてたの?」
「ん。さっき頬触られて目ぇ覚めた」
返事を返したティキは笑顔を浮かべを見つめる。
その視線はとても優しく、も釣られて微笑んだ。
「ティキ」
「ん?」
「あいしてる」
自然と形になるその言葉。自身の内に宿るノアの記憶。
輪廻を超えて再び出会えた事への確かな喜び。
「ん。オレも」
自然と重なる唇。
触れるだけの口付けから、このまま溶け合ってしまいそうな錯覚を起こす程深く強く。
「……はぁ…」
「……マジ幸せかも、オレ」
「…え?」
「とこうしていられる事が、さ。
永かったよな。7000年もずっと暗くて冷たい所で眠ってて」
それは共有する記憶。
7000年という気の遠くなるような永い時間、暗く冷たい闇の中でただ眠っていた。
遺伝子に刻まれたその記憶は、覚醒と同時に脳に刻まれた前世の記憶。
手を伸ばせば触れられる位置にいるはずの半身 どれだけ手を伸ばしても届かずに
張り上げた声は闇に飲まれ、静寂と暗闇だけが支配していたあの空間。
「………うん」
「だから、今こうしてと触れ合ってられる事が幸せなんだ、オレは」
「それは私も一緒だよ?」
は頬に触れるティキの手に自分の手を重ねる。
そうしてやんわりと微笑めば、返って来るのは優しい口付け。
記憶の中と変わらない彼の姿にまた笑みが零れた。
「そうだな」
「そうだよ」
くすくすと笑い合い、二人抱き合って微睡む。
繋ぎあった手は離す事なく、再会を喜び合うように固く結び合いながら。
***
「身体平気か?」
「ん…なんとか……?」
目が覚めたのは午前10時を回った所。
腰が少しばかり痛んだが、動く事に支障はない程度だ。
は覚束ない足取りで立ち上がると、ベッドの下に落とされたままのワンピースを身に纏う。
スーツを着たティキはベッドに座り紫煙を燻らせていた。
「そっか」
「……これからどうするの?やけに服装きっちりしてるけど」
「あー。も着替えろ。江戸行くぞ」
「江戸?」
ティキは面倒くさそうにそう言うと、煙草を灰皿に押し付け立ち上がった。
は相変わらず疑問符を浮かべてティキの顔を見る。
「元帥探し。つーか千年公から収集かかってんの」
「そーなんだ」
「お前一人置いてく訳にも行かんっしょ。」
ティキはそういうとの手を引き、足取りが覚束ないままのに合わせてゆっくりと歩き出す。
はティキのさりげない優しさに笑みを漏らすと、手を引かれるままティキに着いて歩き出した。
「着替える、って私着替え持ってないよ?」
「ロードが馬鹿みてぇに用意してるから安心しとけ」
「え」
「もう一人、女のノアがいるんだけどさ、そいつあんまり着飾るヤツじゃなくて」
「それで私な訳ね」
「そーいう事」
はティキの言葉に若干の不安は覚えたものの、仕方ないと言い聞かせて廊下を歩く。
向かう先は恐らくロードの部屋だろう。すれ違うメイドアクマ達と挨拶を交わし、長い廊下を進んだ。
「ロードはもう江戸行ってっから、勝手に着替えていいってよ」
「え、いいの?」
「ロードはロードで仕事あんだよ。本当は選びたかったけど仕方ねぇってさ」
「そっか…じゃあお言葉に甘えます」
暫く歩いて着いた部屋は、黒と白を基調にした女の子らしい部屋。
ロードの自室だと言われ納得したは、クローゼットを開いたティキの傍へと歩く。
開かれたクローゼットには色々な服が収められていたが、それは所謂ゴシックロリータというような系統の物ばかりだった。
「……完璧趣味に走りやがったなあいつ」
「あはは……」
クローゼットの中を見たティキは溜息混じりに一言。
はそれに苦笑いを零すと、クローゼットの中から洋服を取り出し始めた。
眠っていた間に採寸されたのだろうか、それはのサイズにぴったりのものばかりだった。
クローゼットの中には大きなメイクボックスも入っていて、その上には『使ってねぇー』とロードからのメモがあった。
隣にもう一つ同じクローゼットがあるところを見ると
こちらのクローゼットは用でもう一つのクローゼットがロード用のようだ。
「んー……なるべく動きやすい服……」
ティキは椅子に座って煙草を吹かしている。
女の身支度と言うものは得てして時間が掛かるものだ。
こりゃ暫くかかりそうだな、とに気付かれないように小さく溜息を漏らした。
「………これでいいかなぁ」
予想的中というか、なんというか。
結局30分程かけてが選んだ服は、シンプルなパフスリーブの長袖丸襟シャツに黒いスカート。
スカートはパニエで大きく膨らむタイプで、裾に白いレースがあしらわれた膝より少し上の丈の物。
服に合わせて真紅のリボンと白黒ボーダー柄のオーバーニーソックスを選ぶ。
靴までもロードの趣味らしく、少し厚底の靴とブーツが数種類。その中から黒いウッドソウルを選んだ。
着替えてくるね、とティキに言い残し、はメイクボックスと着替えを持つと洗面所へ向かった。
「やれやれ。オレのお姫様は身支度が長い事で」
洗面所に入ったを見送ったティキはそう呟くとまた新しい煙草に火を付けた。
***
「ごめんティキ、お待たせ」
「おー。」
洗面所に入って30分。着替えと化粧を済ませたは漸く出てきた。
ティキは煙草を咥えたまま立ち上がると、の手を引き部屋を出た。
平静を装ってはいたが、内心はかなり喜んでいた。
ロードが用意した服とはいえ、によく似合っている。
今までは薄くしかしていなかった化粧も服に合わせて少し濃くなっていて
どこか妖艶な雰囲気を醸し出していたからだ。
「ティキ、江戸までどうやって行くの?」
「ん?あぁ、方舟使うからすぐ行けるぜ」
「方舟って、千年公が言ってたやつ?」
「そうそう。ま、始めは戸惑うかもしんねーけどな」
ロードの部屋を出ると先程来た道とは違う方向へ歩き出すティキ。
まだ屋敷の間取りを詳しく知らないは手を引かれるまま着いて歩く。
屋敷の奥の方だろうか、段々と薄暗くなる廊下の向こうに古めかしい扉が見えた。
ティキはその扉を開くとを部屋に入れ、続いて入ると後ろ手に扉を閉めた。
「………方舟、ってこれ?」
「そ。」
「なんか想像してたのと違う……」
そこにあったのは凡そ船とは言いがたい、平面的な多角形が連なる謎の物体。
はそれを見上げて呟き、ティキは小さく笑みを漏らすと方舟の中へと入っていく。
半身を乗り出しに手を伸ばすティキ。
「ほら、おいで」
「……うん」
いくらか躊躇いがちにティキの手を取る。
一瞬視界が暗転したと思えば、次の瞬間目に飛び込んで来たのは白い街並み。
まるでエーゲ海沿岸の町のような、そんな風景だった。
「……え?」
「ここが方舟ん中な。ちゃんと着いてこいよ」
ティキは混乱するに笑みを漏らしながらその手を引き歩き出す。
はきょろきょろと物珍しげにあたりを見回しながらティキに着いて歩く。
まるで街から人だけが消えたような奇妙な空間だった。
「……っと、ここか」
ティキはある一つの家の前で足を止める。
その扉は他の扉と変わらないように見えたが、ティキが鍵を差し込むとその扉はぼむ、っと音を立てて姿を変えた。
それはなんとも言いがたい現象だったがはあえて何も言わなかった。
扉を開いて進むティキに続いて扉を抜けた。
「…………桜だ」
「ほらな、すぐだろ」
「…本当だね」
扉を抜ければそこは日本庭園のようで、たくさんの桜が咲いていた。
ティキが扉を閉じると同時にその扉はふっとかき消され、何もなかったかのようにただ桜の花びらが舞っていた。
「なんか、懐かしいな」
「桜が?」
「うん。」
は風に舞う桜の花弁を見上げ、微笑を浮かべていた。
時代も世界も違うとはいえ、此処は確かに祖国である日本なのだと実感できた。
一際大きな風が吹けば一気に風に舞う桜吹雪。
の住んでいた場所では到底見られなかったその光景に、は暫し心奪われていた。
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桜は散り際が美しい、ってのは日本人の美学だと思う。
自宅近くに桜の名所がありますが桜の季節は花見客でうるさくて眠れません迷惑ですマジで。
それさえなけりゃ、いいんだけどなぁ。
2007/05/05 カルア