「千年公とロードが来たってことは『箱』が出来たんだ?」

「だろうな。
 ……で、甘党は何しに来たんだよ」


「甘党じゃないっ!スキン・ボリックだ!!」


一際大きい体躯の彼、スキンは人力車の中央に陣取っている。
はティキの膝の上に強制的に--抵抗したのだが結局は落ち着いてしまった--座らされている。
デビットはスキンに銃口を突きつけ、押しつぶされそうになっている。

これだけ大柄なスキンが乗っても、人力車のスピードは落ちなかった。


「己が殺し担当のメガネ元帥がこっちに逃げ込んだ。ただそれだけのことっ!」

「オレら…みんなおちこぼれ社員みたいだな…」

「それだけのこと!」

「オレはちげーぞ!」

「ヒヒ!社長に怒られる!ヒヒヒ!」


「(あーもー相変わらず騒がしい……)」


はそんな会話を聞きながら、うんざりとした表情で耳をふさいでいた。




















灰色メランコリア Ver.P-Type 30



















「懐かしいね。まだ数回しか来た事ねェのにここに来るといつも何故かそう思う。
 ……生まれた場所でもねェのにな」

「あぁ、それは己にもあるぞ」

「こんな辛気臭ェとこ趣味じゃねェんだけどよ」


絵画がたくさん飾られた薄暗い廊下を5人は歩く。
は不思議な感覚に捕らえられたまま、宙に浮かぶ絵を眺めていた。


はどーよ?何か感じねェ?」

「……変な感じ。何でか知らないけど、見たことあるような…懐かしいような」


目の前に見えた階段の上に、千年公のシルエットが見える。
伯爵は両手を広げ、5人に向かって声を掛けた。


「キミ達の内のノアの遺伝子が懐かしがってるんですヨv
 これはノアが大洪水を逃れ第2人類の祖先を作り出した場所……
 キミ達のオリジナルの生まれ故郷なんですカラv」


伯爵の後ろには頭部が欠けた巨大な人形の頭があった。
それは無数の管で繋がれており、その内部には淡く光る物体--箱のようなもの--がある。


「以前にも話してあげたでショウv?
 ここノアの方舟こそが人類の故郷なのだトッv」

伯爵の背後には立方体が集まって出来たような歪な立方体が見える。
はその不可思議な光景に目をやったまま、言葉を紡いだ。


「ノアの方舟……旧約聖書開巻第一の章…創世記、6から8章…
 神様が悪に満ちた世界をリセットしようとして洪水をおこして…それでノアという人間が選ばれて方舟に乗った。
 たしかアララト山に漂着して…神様から新しい契約を授かって第二の人類の祖先になった、っていう……?」

「おぉ、博識ですねェぽんはvですがそれは表の歴史でスv
 詳しい話は後でゆっくりと聞かせてあげまショウv」


伯爵は19歳という年齢にしては博識な彼女に感激の声を上げる。


「故郷ね……それが今じゃアクマの生成工場だ」

「人間とアクマが実は同郷だなんて笑えるぜ」

「ヒヒ!うける!ヒヒ!」


「ですがもうじきこの方舟ともお別れしなくてはなりませン。グッバイ、江戸v
 来たるべき“破滅的な運命”の為にv新たな資格を持つ舟に乗り換えるのでスv」


伯爵はそう言うとくるりと5人に向き直り、少しばかり黒いオーラを背負って言う。


「ところで。ぽんはともかくとシテv
 キミ達は仕事もしないで何しに来たんですカv?」

「「「「おう直球!」」」」


4人はあまりにストレートなその物言いにショックを受け、は思わず笑いを零した。


「え〜…元帥が二人も入り込んじゃったんですカ〜?
 ……仕方ないですねェ。」


ふう、と伯爵は溜息を吐くと、くるりと背を向けた。
そうして5人に着いて来るように言うと、“方舟”から姿を消した。



















***



















江戸の町でも一際目立つ城--なぜか石垣が崩れ空に浮いている--の屋根、シャチホコの上にはいた。
ジャスデロ、ティキ、スキンも同じく。
伯爵はシャチホコの尾の先端に立ち、アクマに向かって言う。


「玩具達v我輩のコエが聞こえますカ?」


その声に呼応するように集まっていたアクマは一斉に光を放つ。
その幻想的な光景には見入った。


「キッモー。これ全部日本地区オンリーのアクマ?」

「ヒヒ!こんな呼んでどうすんのかね伯爵は!ヒヒ!」

「おいティキ!テメェもう日本に用ねェだろ次の仕事行って来いよ何くつろいでんだコラァ!」

「クロスはジャスデビのもんだよ!ヒヒ!」


ティキはタバコを吹かし、二人を無視した。
何か考え事をしているようで、その表情はどこか沈んでいる。


「……ティキ?」

「…ん?あー、何でもねェよ」


が心配そうに覗き込めば、ティキは苦笑い交じりにの頭を軽く叩いた。


「ティキぽんv」

「千年公その呼び方やめて欲しいんスけど」


ティキは振り返らぬまま伯爵に返事を返す。


「イノセンスをナメちゃいけませんヨ。
 アイツは我輩たちを倒す為ならなんだってする、悪魔なんですからネv」


ティキは伯爵のその言葉に、手近にいたアクマを指差した。


「じゃ、そこのヤツ。今すぐ“箱”で中国飛んで」

「Roger.」


一匹のティーズがアクマ--恐らくはレベル3以上の高位体であろう--に近づく。
どうやら案内役のようだ。
アクマはティーズと共に何処かへ飛び去り、それを確認した伯爵は溜息をついて呆れたように言った。


「今回はお手伝いしてあげますがジャスデビとスキンくんもいつまでも元帥にやられてちゃダメですヨ。
 “ハート”探しはまだまだこれからなんですかラv」


そう言うと振り返り、普段の飄々とした伯爵からは想像もつかない険しい表情を浮かべた。
5人--正確にはを除く4人だが--を凄まじい表情で睨みつけたまま、ちゃんと仕事しろと叱咤した。


「「「す、すんません……」」」


冷や汗を流しながら伯爵を見上げるジャスデビとスキン。


「我輩が居合わせたのも運命ですかねェ、クロス・マリアン……v
 新たな船出の前夜祭とでもしまショウv
 行きなさいアクマたチvv全軍で元帥共を討テェ!!!!」


伯爵はそう言うとレロを突き出し、アクマに向かって叫ぶように言う。
アクマ達は伯爵のその言葉に、四方八方へと飛び去っていく。
そんな中、城から程近い建物の屋根を轟音を立てて何かが突き破って飛び出してきた。
それはまるで蛇のようで、ははっとした表情でその蛇を見ていた。


(ラビ……!)


その蛇は一瞬で達に向かい襲い掛かってきた。
ティキは素早くを抱え、ジャスデロとスキンも間一髪でその蛇を避ける。
が、伯爵は不意を突かれたのかわざと攻撃を受けたのか、見事に蛇に飲みこまれた。


「ギャハ!千年公が食われたーーーー!!!」


デビットが楽しそうな声で言う。
はティキに抱えられたまま小刻みに震えていた。


「アホなv」


伯爵はダメージを喰らっていない様子で、その蛇から難なく抜け出す。
レロを開き宙に舞った。


「元帥、の攻撃ではないですネこの程度ハッv」


達5人はアクマの体に着地した。
は尚も体の震えが収まらず、ティキは訝しげな目線をに投げた。


?)

(ラビのイノセンスだ。)

(……?仲間か?)

(そう、赤毛の眼帯の子のイノセンスだよ)

(………あぁ、あん時の)


小声で会話をしながら、ティキはの腰を抱いたままアクマの背に着地する。
はティキの背に隠れるように降りた。


「出てきなさイ……ネズミ共v」




















***















「ほう。あのフザけた形のデブが伯爵か、ブックマン」

「そうだ」

「あれが“製造者”……」


ラビ達は建物の屋根へと出ると、伯爵を見上げた。
初めて見る伯爵の姿はその外見とは真逆に内に秘めた狂気がにじみ出ているような。


「あれが……私達の、宿敵」


リナリーは伯爵を見上げ、呟く。
その後ろでちょめ助は叫ぶ様に必死で止めていた。


「マジで戦り合うつもりだっちょか?!
 この大群にノア様が5人もだっちょよ!勝ち目はないっちょ!!!
 百パー死ぬ!!!!」

「伯爵がすげェのはわかってら。けど別に負け戦をする気はないさ」

「…っラビ……」


ちょめ助は自我を保つのが難しくなってきたのか、額には五芒星が浮き出ている。
ラビは冷や汗を流しながらちょめ助を振り返る。


「でも……こんなのやっぱり…負け戦だっちょよぅ……」

「ゴタゴタうるさい奴だ。負けるかどうかやってみんとわからんわ!」

「そうそう。もしかしたらすっげーボロ勝ちしちゃうかも」


「しれねーだろがっ!!!」


ラビとクロウリーは勢い良く屋根を蹴ると、伯爵に向かって飛び上がる。
ティキはその二人の姿を視界に捉えると、嬉しそうな表情をして二人に向かっていく。


(………決別しなきゃ、いけないんだ………)


はアクマの背に隠れたまま、目を閉じた。
決別しなければならない仲間が近くにいる。


「!お前は……ッ!」


大きな衝撃音の後、ラビとクロウリーは何かに気付いた様に体を反転させる。
ティキも空中に留まり、口角を吊り上げて言った。


「あん時のダンナと、眼帯くんじゃねェか〜」


屋根にいたリナリーもティキに気付く。
それは間違いなく、ティムが記録していた“アレンを殺したノア”だった。


「忘れねェぞそのツラ…!」


ラビとクロウリーは元いた屋根に、ティキはその隣の屋根に降りる。
ティキの表情は冷たく、その声はに向けるそれとは真逆に険しかった。


「アレンを殺したノア……!!!!」

「今ちょっと暇だからさ。また相手してよ」

「上等だ……!このホクロはオレが戦る!誰も手ェ出すなさ!
 ボッコボコにしてやんねェと気がおさまんねェ!」


ラビはリナリーの制止も聞かずにマントを脱ぎ捨てると、槌を強く握り締めた。
その表情も声も、怒りが篭っていた。
ティキはそんなラビに飄々とした表情で--からかうような口調で--言う。


「何?イカサマ少年殺したことそんな怒ってんの?もしかして友達だった?」

「うるせェ」

「あー友達だったんだ」

「うるせェ!」

「もしかしてそこのカワイイ娘もイカサマ少年の友達?」

「うるせェ」

「ごめんな、悲しいよな、判るよ。オレにもいるからさ、友達?」


そういうティキの顔は楽しそうに歪んでいる。
ラビはティキに向かい何度も叫ぶがティキは言葉をやめなかった。


「んな怒んなって。奴は生きてる。もうじき来るかもしれないよ。会いたい?」


ティキのその一言に、リナリーとラビは目を見開く。
ティキはが隠れたアクマを視線だけで見やれば、の漆黒の髪だけが風に靡いて見えた。

(どーすんだかな、あいつは)

ふぅと溜息を吐き、再びラビ達に向き直る。


「そんなに時間はかからんと思うぜ?アレン・ウォーカーのイノセンスはオレが壊したから。
 無抵抗のまま使いのアクマに半殺しにされて拉致られりゃすぐ来る。…頑張って生き残れ。

 お前たちはアレン・ウォーカーに会えるかな?」














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2007/05/05 カルア