1.2.3








「………おかえり」

「おぉ」


あぁ、まただ。また今日もティキは女物の香水の匂いを付けて帰ってきた。
これでもう何回目だろうって考えるのは10回目でやめた。それほど彼は浮気性。
ルックスはいいし学がないとか言うくせに
女心をつかむ事だけはやたらと巧いのだ、ティキ・ミックというこの男は。
艶のあるハイバリトンのあの声で愛を囁かれて堕ちない女はいないだろう。


「…ん?何よ、オレの顔になんかついてる?」

「別に。……移り香くらい落としてきなさいよ」

「あれれ。まいったな、煙草の臭いで消えてるかと」

「消えてないわ。今日私の部屋に来たら殺すわよ」

「おーおー。相変わらずきっつい物言いで」


否定も何もしないのだ、この男は。言い訳のひとつでもしてくれたほうがまだ救われるというのに。
言い訳をしないという事はつまり私のことなんて何とも思っていないという事であって
それでも私とティキは一応恋人同士という関係にある。
否、前世でそうであったように
前世の記憶に流されてしまっていると言った方が正しいのかもしれない。
私は確かにこの男の事を好きだし
愛しているかと聞かれればすぐさまYESと答えるだろう。
でも彼は?ティキは本当に私を好きでいてくれているのだろうか。
こんな不誠実な行動ばかりされていたら、誰だって不安になるでしょう?


「ほかの女を抱いた手で触れて欲しくないだけよ」

「………そうかよ」


私だけを見て、私だけを愛してなんて“快楽”を司るこの男に願うのは到底無理な願いだろう。
もとから叶う訳もないくだらない愚かな願いなのだのだ。
ただ私が冷たく突き放した時のティキは何か言いたげに表情を歪めるものだから
まさかと期待してしまうのもまた事実だ。
そんな事ある訳がないのに。
こんな可愛げのかけらもない私を、ティキが好きでいてくれる訳なんてない。
彼にも前世の記憶があるから、きっとそれに流されてこういう関係を築いてしまっただけなのだ。
現に私といる時にティキは笑ってくれた事もない。
体を重ねている時にも、名前すら呼ばれた記憶もないのだから。


「明日ならいいのか」

「……何よそれ。性欲処理なら私じゃなくてもいいでしょうに」

「お前……それマジで言ってる?」

「だってそうでしょ?私を好きじゃないから、ほかの女だって平気で抱けるんでしょ?」

「……、怒るぞ」

「違わないの?それならどうしてティキは毎晩違う女を抱いて帰ってくるのかしら?」

「………判らねぇのか」

「判る訳ないでしょう、あぁそういえば貴方は“快楽”のノアでしたっけ。」


そりゃぁ私一人じゃ満足出来るわけもないでしょうね?
だから毎晩、女をとっかえひっかえしてるんでしょう?違うの?違わないでしょう?
そう言ったらティキは怒ったような表情で部屋に戻ってしまった。
何か言いたげな表情を残して。
こんな時、素直になって私以外を抱かないでと縋れればいいのになと思うけれど
私のプライドがそれをさせないのだ。
私の中のノアが司るのは“自尊心”。
とどのつまり、プライドだ。だから余計、素直になれずにこんな事になる。


「………ほんと、厄介なメモリーだわ………」


ふぅ、と大きくひとつため息を付いて、重い足取りで部屋へ戻る。
もう何もしたくなかったから、靴だけを脱いでベッドに転がった。
すぐに睡魔は襲ってきて、私は夢の中へと旅立った。






***






「……あら?ティキは?」

「ティッキーなら朝早く出かけたよぉー?」

「…そう」


翌朝。朝食を取る為に食堂へと向かったらそこにいたのはロードだけだった。
今日は少しばかり寝坊してしまったから、食堂へ入ったのは朝8時30分。
いつもならティキが朝食を取っている時間だった。
それなのに見慣れたあの癖毛は見当たらず、思わずこぼした一言にロードが首を傾げながら応えてくれた。


「ねぇ、昨日ティッキー何かあったぁ?」

「……何かって、いつもどおりよ。どうして?」

「ティッキー、珍しく本読みながらご飯食べてたからぁ」


ティキが、本?活字なんて一行二行読んだら頭痛くなるから無理、と言ってたあのティキが?
一体何があったんだろう。
明日は嵐かもねぇ、とロードがパンをかじりながら言っていた。
そうなりそうで怖い。


「……何の本?」

「さぁー?ポルトガル語っぽかったし、僕判んない」

「ポルトガル……?何で?」


ポルトガルといえばティキの母国だ。母国語なら読めるんだろうか。
そういえば屋敷にある本はみんな英語の本ばかりだった。
それにしても、何の本を読んでいたのか気になってしまう。
それ程ティキが本を読む事は珍しいのだ。


「しらなぁい。あ、僕学校行く時間だぁ。」

「えぇ。行ってらっしゃい」

「行ってきまぁーす」


ロードは時計を見上げると遅刻だぁ、とつぶやきながらあわてて食堂を出て行った。
ロード、あなた確信犯でしょうに。ここ最近遅刻続きで千年公も心配してたわよ?


「……考えてても仕方ないわね」


とりあえず、ティキが読書をしていたという信じられない事に対する疑問は頭の隅に追いやって
空腹を満たす為に少し冷め始めた食事を取った。







***







「………

「ティキ?おかえ「待った。振り向かないで」

「…何よ?」


日が暮れ始めた午後5時、紅茶片手に読書をしていた背後からかかったティキの声。
思わず振り向こうとしたらティキの声に制された。何だっていうのよ、本当に。


「あのな、オレ反省したんだわ」

「何を」

に対する不誠実さっつーの?もうやめようかと」

「あらどういう風の吹き回しかしら」


ティキの声がする方から何かいい香りがしてくる。
気になるけれど、振り向くなと言われた手前振り返れない。
ティキは相変わらずどこか照れたような声で私の背中に言葉を紡ぐ。
今すぐ振り返ってその顔に拳の一つでも叩き込んでやりたいけれど、我慢した。


「昨日あーやって言われてさ、オレすっげぇ傷ついた。
 いやオレが悪ィんだけどよ。それ以上にのが傷ついてんだろーなって」

「…だから?」

「だから、オレ反省した。頼むからさ、最後でいいからオレの言う事一度だけ聞いて」

「……何よ」

「3つ。ゆっくり3つ数えたら振り返って」

「え?」

「そーしたら、多分ならわかると思うから」

「ティキ?ちょっと、ティキ?」


何回ティキを呼んでも、返事は返ってこなかった。
仕方ないから、私はゆっくり3つ数えて振り返った。
そこにはティキの姿はなくて、代わりに大きな花束がひとつ。
その花束を作る花に、私は涙した。


「……っティキ、」


ファレノプシス、アイリス、赤いカーネーション
ペチュニア、ヘリオトローブ、黄色いヒヤシンス。
ティキに似合わなさ過ぎる思いも寄らないプレゼントに
私はその花束を抱えてティキの部屋へと走った。












そしたら君の気持ちがオレに向いてくれますように、











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携帯サイト「まぼろしらんぷ」よりラプソディア様提出夢!
素敵な企画に参加させていただきましてありがとうございました!



補足、ティキが読んでた本は花言葉の本。
つまりさんに贈った花束の花言葉を調べていた、と(笑)

ファレノプシス→あなたを愛します
アイリス→あなたを大切にします
カーネーション(赤)→あなたを熱愛します
ペチュニア→あなたといると心が休まる
ヘリオトローブ→愛よ永遠なれ
ヒヤシンス(黄)→あなたとなら幸せになれる

わぁ季節感も何もないですね!ほら、そこは夢だから大目に見てくださいよ!(おまえ)




2007/05/17 カルア