「………」 ぱたむ。 私は自分の部屋のドアを開いて一瞬硬直した後、静かにその扉を閉めた。何でかって?扉を開けたらその先は見知った自分の部屋じゃなくて、偉く豪華な部屋だったからさ。意味が判らない。ここは私が18年間生まれ育った家で、私は今朝この扉の先の自分の部屋から学校へ行ったはずだなのに、帰って来てみたら部屋がない。ないというより扉の向こうが何処か別の場所に繋がってる。……んな訳ない。きっと午後の授業が2時間ぶっ続けで数学だったから疲れているだけだ。 「……いやいやいや」 きぃ 開けてみてもその先の部屋はさっきと変わらない。無駄に豪華な…中世ヨーロッパっぽい感じの部屋だ。一体全体、何がどうしてこんな事に? 「セイセイセイセイ!何がどーなってんのよ!えぇ?!」 何度か繰り返してみたが、扉の先に私の部屋はなかった。無駄に豪華なその部屋は薄暗くて、扉越しに見える窓の外は真っ暗だった。…おかしいだろ今午後4時だぞ。背にしていた窓から外を見る。…こっちは昼。あっちは夜。……ぱーどぅん? 「…「Stop,Stop!Please settle,Lady!」うぁっ!」 (待った!落ち着いてお嬢さん!) 思わずお母さんを呼ぼうとした瞬間、腕を引かれた私は扉の向こうの部屋の中。ぱたんと閉じた扉は綺麗さっぱり消えてなくなった。………まずいんじゃねぇのこれ。 「え、あ…ド、ドア消えたああああああ?!」 「Hey,Lady. I'm grad to meet you.」 (こんにちわお嬢さん、初めまして) 「……は?」 突然英語が聞こえてきて振り返ってみれば、生きてる人間にはありえない肌の色をしてデコに十字の傷がある、やたらと背の高い男が立っていた。……てか英語わかんねぇよ私。 「My Name is Tyki・Mikk.…What's your name,Lady?」 (オレはティキ・ミック。お嬢さんは?) 「(うおおおおおおおい?!)ま、マイネーム、イズ、……」 ってか何、私なんでここにいんの?!ドア消えたんだけどもしかして私帰れない系?!困るって今日の夕飯カレーなんだよおかーさんが2日煮込んだ私の大好物なのよどうしてくれんのねぇちょっと! そんな私の心境なんて華麗にスルーした目の前の男--ティキ、というらしい--はにこにこと笑いながら私の手を取った。…一発殴っていいか。 「……」 (、か…) 「い、いえす」 「,I'm sorry suddenly.」 (突然ごめんな) (さどんりー…と、突然?ごめんなさい、とつぜん…いきなりスマン?) 「Here's Earl Millennium's Residence.different world……you were alive world.」(ここは千年伯爵の屋敷だよ。…君が生きてた世界とは別世界の) (ひあいず…いーる……?き、聞き取れねぇネイティブ発音聞き取れねぇ…!) 「……?Don't you catch it easily?」 (?言ってる事判る?) 「(……聞き取りにくいか、って聞いてんのかな……!)い、いえす」 助けてドラ●もん!翻訳コン●ャク出してド●えもん! そう思っては見たものの、ドラ●もんが出てくる訳もなく。冷や汗だらだらの私を見た目の前のティキとかいう男は困ったように頭を掻いた。困ってるのは私の方だっつーのよ学校帰りに突然こんな出来事ってありえないでしょ? 「Damn……」 (困ったな…) 「み、みすたー…てぃき?」 「What?」 (ん?) 「あ、あいむ…ぱにっく…」 「Ah……It's natural…suddenly brought to such a place…」 (当然だよな…いきなりこんなとこ連れてこられちゃな…) はぁ、と大きく溜め息を一つ吐いたティキ(面倒だから呼び捨てでいいやもう)はがりがりと頭を掻きながら私の顔を覗き込む。思わず拳が出そうになったのは条件反射、身の危険を感じたからだと言い訳しておく(殴ってないけど、なんか殴りたくなるんだ。このひと。) 「.waits for a moment!」 (、ちょっと待ってて!) 「え、あ……おーい?!」 ちょっと待ってて、と言い残してティキは慌てて部屋を出て行ってしまった。ぽつんと取り残された私、どうしていいか判らずにとりあえず部屋の中を見回してみる。…無駄に豪華でアンティークっぽい小物がそこかしこにあって、テーブルの上の茶器は偉く高価そうなんですが。そういえばさっきイールとか何とか聞こえたな。イールって確か伯爵……え、待って伯爵って。いやいやいや。確かにティキが喋ってたのは英語だけど、ここはイギリスかどっかな訳?…でもそれにしちゃ全体的に中世っぽい…いやいやいや。ありえないありえない。まず第一に扉の向こうがこの部屋ってのがありえないんだよね。一体何が起こってんの? 「お嬢サンv」 「うお?!…って、日本語?………あんた誰?」 きょろきょろとしていた私の背後から掛かった声は日本語で、振り向いたら偉く恰幅のいい、奇妙なデザインのシルクハットを被っためがねの…アゴ外れてない?大丈夫?なんでそれで喋れてんの?って感じの…おじさん?がいた。…誰このひと。 「我輩は千年伯爵、まあ気軽に千年公と呼んで下サイv」 「せんねんはくしゃく?」 「エェvお嬢さんのお名前は?」 「…です。。」 「、ですネv此処は我輩の屋敷でスv貴女のいた世界ではアリマセンv」 「………はい?」 素っ頓狂な声を上げてしまったがしょうがない。だっていきなりここが“私のいた世界じゃない”なんて言われたら誰だってこんな反応すると思う。…そんな私を華麗に無視した千年公(勝手に呼ぶ)は相変わらず笑顔のまま私に近づいた(また拳が出そうになった) 「いいですカ?貴女は我々“ノアの一族”の新しい家族になる予定の子なんデスv従って、もう元の世界には帰れませんし帰しマセン☆」 「ノアの…って、帰れないの?!私!」 「帰しまセンv」 「えええええ今日の夕飯カレーなんだけど!私の大好物なんだけど!」 「カレーくらい我輩がいつでも作ってあげマスv諦めなサイv」 有無を言わさぬ強い口調で言われてしまって何も言い返せなかった(あの顔は、怖いよ。)いつの間にか千年公の手は私の肩をがっしりと掴んでいたので逃げ出せる訳もなかったし、ここがどこか判らない以上下手に動き回れない。どうやら、ここにいるという以外の選択肢は消えてなくなったようだ(意味の判らない事だらけだ本当に!) 「…Prince Millennium?」 (…千年公?) 「Oh,Sorry☆ The talk ended.」 (アァ、すいまセンv話は済みましたヨ) 「Allright…And?」 (はいはい…で?) バイリンガルなんだ、千年公って。ティキとなにやら英語で喋ってたけども、私にその会話は到底聞き取れなかった。字幕のない洋画のワンシーンを見てるみたいだった。 『彼女には此処に住んでもらいますヨv』 『は?』 『だから、彼女は我々ノアの一族の新しい家族になる子だと言ってるんデス☆』 『……マジっすか』 『そうでなければティキぽんに頼んだりしませんヨv』 『つか…英語喋れねぇみたいなんすけど?』 『問題ありませんヨv暫くは日本語がわかるアクマを通訳として傍に置きますシ、英語なら我輩が教えマス☆』 『……そっすか(頑張れよ、…)』 「…と、言う訳デ☆」 「いやいや何が『…と、言う訳デ☆』っすか意味訳ワカメなんですけど」 ひとしきり話を付けたらしい千年公は、全く会話の内容を理解できなかった私に向かってとんでもない事を言い出した。…マジで勘弁して欲しい。 「には此処で暮らして貰いマス☆英語は我輩のメイドが通訳しますシ、慣れていけば問題ないでショウv」 「問題ありまくりですお家帰りたいですマジ勘弁してください」 「駄目デスv」 うふふふ、と笑いながらどす黒いオーラを背負って言う千年公に、それ以上反論できるわけもなく。結局のところ、私はもう家に帰れないらしかった。 「新聞に載っちゃう…!東京都杉並区在住のさん18歳が昨夜より行方不明とか載っちゃう…!」 「大丈夫デス☆」 「何が?!何がどうしたら大丈夫とかなるの!?ねえ!」 「貴女の存在はもうあちらの世界からは消えてますカラ☆」 「………、え?」 「ですカラ、という存在が消えてなくなったんデスヨ☆」 「……わたし、が?」 「貴女は元々こちらの世界の人間ですからネェ。問題はないでショウv」 「……きえた、」 私が今まで生きてきた18年は、あちらの世界の人間…つまり家族や友人達の中から綺麗さっぱりと、“”という存在ごとなくなっているのだという。それはつまり私と言う自我が否定されてしまった訳であって、こちらの世界の人間だったと言われても受け入れられる事実ではない。だって生まれて18年、私はあの家で育っていたのだから。お母さんもお父さんも、私を忘れてしまっている?仲のよかった友達も、先生も、バイト先の人たちもみんなみんな。それなら、 「があちらへ帰っても、もう居場所はないんデスヨ☆」 「……っ」 「だから此処にいればいいんデスよ、貴女ハ☆」 居場所は、ない。たとえ帰れたとして、“”という人間が存在していないのなら、帰る場所なんてない。お母さんもお父さんも、他人になってしまってる。……私は、ここで暮らして、生きていく事しか選べなかった。 「……なんで、私なの……?」 「その内判りますヨ☆とりあえず通訳のメイドを連れてきますカラ、そこの紅茶でも飲んで待っていて下サイ☆」 千年公はティキに一言二言何かを言うとティキを連れて部屋を出て行ってしまった。未だに混乱しっぱなしの思考回路を落ち着けようと紅茶を飲む。……ラベンダーの香りがふわりと漂う。すとんと椅子に腰を下ろして、ティーカップを掴んだまま私は千年公が戻ってくるまで静かに泣いた。(余りにも突然すぎて、頭がついていかなかったんだ) |
静寂に響く哭き声
(帰りたい、よ、)
連載ではなくシリーズ扱いで進めていきます。ちょっと行き詰ったので気分転換にだらだらと…。