到着したトリックタワー。
制限時間は72時間。
生きて下まで降りれば通過。

壁を伝って降りようとした受験生は、怪鳥のエサと化した。

は「もしかしたら一人かもしれない」と内心冷や汗をかいていた。














迷走ノスタルジア 08
















「あいつらさっさと降りていきやがってぇええぇええ……」


開始早々、扉を見つけて降りていったヒソカとイルミの言葉を思い出し、は一人唸っていた。


『じゃあお先に☆』

『オレも見つけたから行くからね。たまには一人で頑張って』


思い出したらまたムカムカしてきた。
はとりあえず行かないと時間が惜しい、と思い、扉を探し始めた。


コツ コツ コツ カツン


(みーっけ……っつーか一人で生きて降りれるかな私……)


不安はあったが、降りない事には始まらない。
意を決して、は扉から下へ降りた。




***




「よ、っと…ってイルミ?!」

「や。ここ、どうやら二人じゃないと進めないみたいなんだよね」

「へ?」


降りた先にいたのは、変装を解いたイルミだった。
はさっきの事もあるしとりあえず殴っておこうかと思ったが、二人きりなのでやめておいた


「これつけて。」


投げ渡されたのは、腕時計のような物。
言われるまま右手に着けると、扉が開いた。


「…さ、行こうか」

「……うん」


扉を抜けると、大きな部屋だった。
何があるのかとキョロキョロ辺りを見回していたの耳に、機械を通した声が響く


『まずは第一関門。出てくる敵を全て倒せ』


え? とが言った途端、10箇所あった扉の9箇所から、いかにもと言った感じの男が大量に飛び出してくる。
はそれに驚き、震えた声でイルミを呼びながらイルミの服を掴んだ。


「イ、イルミ……」

、目瞑ってて」

「……え?」


イルミは低くそう言うと、を抱えて地を蹴った。
には何も見えていなかったものの、時折聞こえるくぐもった悲鳴と、頬にあたった生暖かい感触で事態を把握した。
ただ、震える手で必死にイルミの服を掴んでいた。
イルミの、腰を抱く手だけがの平常心をかろうじて保っていた。


「ッイルミ…!」

「見ない方がいいよ。」


訴えるも、低い声でそう言われ、はただ黙ってイルミに身を預けた。
5分もかからず、イルミは部屋に入ってきた全ての敵を倒し(というよりは瞬殺し)、次の部屋へ進んだ。
扉が閉まるのを確認したイルミは、ようやくを降ろした。


「……目、あけていいよ」

「……イルミ…」

、人殺した事ないんだろ。」

「…うん…ありがと、イルミ」


苦笑いを零してそう言えば、別に礼言われる様な事してないし、とそっけない返事。
ただ、守ってくれたんだという確かな実感がに残った。
こんな事でへこんでちゃいけない、と頭を振り、平常心を取り戻して。


『お見事だったね。次の課題はタイピング。オレが読み上げたのをそのまま打ち込んでもらう。どちらか一人がやるんだよ。
 打ち込んだらオレが言った言葉の出典元を答える事。細かくね。準備が出来たら言ってくれ。』


ウィィィィン、と床からパソコンが持ち上がる。
はタイピングには自信があったものの、この世界の文字はまだうろ覚えだ。
先ほどイルミに助けてもらった手前、此処は自分がやりたいと思っていた。


「タイピング…かぁ」

「自信あるの?」

「んー…言語による、かも」


言いながら、パソコンに近づく
そうしてキーボードをよく観察する。
幸い、キーボードの配置はが愛用しているパソコンと同じだった。
ついでにインストールされているOSも愛用のパソコンと同じだったので
こっそりと表示言語設定を「ジャポン文字」に変えておいた。


「大丈夫、いける。私やるよ、イルミ」

「そう?よかった、オレこういうの苦手なんだよね」


『一回のミスにつき一時間減るからね』


「……ミスしないでよ?」

「大丈夫、一回もミスらないでやってみせるから」


よっしゃ、と気合を入れ、パソコンの前の椅子に座る
ぽきぽきと指を鳴らし、キーボードに指を置く。


『ではスタートだ。』


「ドンと来い!」


『“われらたのしくここにねむる。
 離ればなれに生まれ、めぐりあい、短き時を愛に生きしふたり、
 悲しく別れたれどここにまた心となりて、とこしえに寄り添いねむる。”』


カタタタタタタタタタタタタタタタタ……


「西条八十…?墓標に刻まれた言葉だっけ」

『ほぉ。博識だねお嬢さん。しかもノーミス。』

「そらどーも。」

「意外な特技だね、

「ミルキには劣るけどね。自信はあるよ(資格持ってるし)」


『では次だ。
 “真理はたいまつである。しかも巨大なたいまつである。
 だから私たちはみんな目を細めてそのそばを通りすぎようとするのだ。
 やけどする事を恐れて。”』


タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ……


「ゲーテのファウスト。」

『ふむ。またノーミスか。読書が趣味かい?』

「まぁそんなとこですね」


『どんどん行こうか。
 “死のうと思っていた。
 今年の正月、よそから着物一反もらった。
 お年玉としてである。着物の布地は麻であった。
 鼠色の細かい縞目が織り込まれていた。これは夏に着る着物であろう。
 夏まで生きていようと思った。”』


カタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ……


「太宰治の晩年…葉の冒頭」

『憎らしいくらいの博識ぶりだな。少しはミスれよ』

「本の虫なもんで。ミスったら命が危ないんで遠慮します」


『そうかい?じゃあ次だ。
 “つねに人間は心に痛みを感じている。
 心が痛がりだから、生きるのも辛いと感じる。
 ガラスのように繊細だね。
 特に君の心は”』


カタッ、カタタタタタタタタタタタタタタタタタタ……


「ってエ●ァかよ!24話の渚カ●ル、イン銭湯!」

『うーむ、変化球のつもりだったんだが無駄か。一瞬躊躇したけどノーミスだな』

「びびった。なんでエ●ァなんだ。」


「オレやらなくてよかった。打つの早すぎ」

「うん、一応特技」

「へぇ」


イルミは椅子の後ろに立ったまま、の手の動きを目で追う。
ミルキと同じくらい早いな、と思いながら、見守っている。
イルミはこういった事は苦手で、オレがやってたら下手したら制限時間切れだったかも、などと考えて。


『そろそろラストだよ。
 “手の上なら尊敬のキス。額の上なら友情のキス。
 頬の上なら厚情のキス。唇の上なら愛情のキス。
 閉じた目の上なら憧憬のキス。掌の上なら懇願のキス。
 腕と首なら欲望のキス。さてそのほかは、みな狂気の沙汰。”』


カタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ………


「グリル・パルツァーの接吻。てかこれセクハラじゃ?」

『少しくらいミスってくれよ。』

「命が危ないって言ってるじゃない」

『さて……ラストは少々長く難しく行くことにするよ。』

「オーケー。どんな長文でもドンと来いよ!」


『“孤軍 援け絶えて俘囚となり
君恩を顧念して 涙 更流る
一片の丹衷 よく節に殉じ
雎陽は千古 これわが儔
他に靡きて今日また何をか言はむ
義を取り生を捨つるは わが尊ぶところ
快く受く 電光三尺の剣
ただ まさに一死をもって君恩に報いむ”』


タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ……


「げー面倒くさいことやってくれるわ」


打ちながら文句を垂れるも、変換、文字使いまで完璧に打ち込んだ
スピーカーから聞こえる試験官の声は、溜息交じりだった。


『これまでノーミスか。一回くらいミスってくれると思ったんだがな』

「これで食ってたくらいですから」

『では。今オレが読んだ文は何だか判るか?』


、判るの?」

「ナメんといてください」


『さて。答えてもらおうか』


「新撰組局長、近藤勇の辞世の句。ですよね?」


『………悔しいが正解だ。君はジャポン民族か』

「はい」


『ノーミスで通過とはね…まぁ、まだまだ長い。頑張りな』


ゴゴン、と音を立てて扉が開く。
は椅子から立ち上がり、イルミの後に続いて次の部屋へ向かった。
















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後半は完全に趣味と化した。



2006/12/01 弖虎