タークスとしての日常
人間、やろうと思えばなんでもできるもので、私が神羅カンパニー総務部調査課、タークスに配属されてから早くも1ヶ月が経とうとしていた。…正直な話、今日までの事は思い出したくない。毎日繰り返される基礎訓練とマテリアの訓練、それに加えて、社外で仕事をする事が多いレノさんやルードさん達に代わっての書類の処理、それからツォンさんに押し付けられるセフィロスさんへの書類の配達エトセトラ。確かに、給料は良かった。初めて給料を手にした時明細に書かれたその額にほんとに貰っていいんですかとびっくりしたくらいだ。…その分、仕事は辛い訳なんだけどさ。
「…はぁー」
「幸せが逃げるぞ、と」
「誰のせいだと思ってるんですかレノさん。この書類、ぜーんぶレノさんが溜め込んでたやつなんですけど」
今日も今日とて書類整理に追われる私の横でソファに寝転がって悠々と紫煙を燻らせるレノさんに少しばかり殺意が沸いた。レノさんは笑って悪い悪い、と全く悪びれもしない表情で言うと起き上がってキーボードを叩く私を見た。
「オレがやるよかがまとめた方が判りやすいんだぞ、と」
「そうですかでもこれはレノさんのお仕事ですからレノさんがやらなければいけないんですけどね」
「冷たいな。オレ昨日まで仕事で遠出してて疲れてるんだぞ、と」
「それを言うなら私だって毎日書類の整理ばかりで疲れているんですけどね」
キーボードを叩く手は止めないまま、視線はモニターから外さないまま相槌交じりに皮肉を返せばレノさんは苦笑い交じりにたくましくなったなと失礼な事を言ってくれたので、少しばかり頭に来た私は書類の作成をボイコットすることにした。これでレノさんがツォンさんに怒られたって悪いのは私じゃなくて私に書類を押し付けて悠々と休憩していたレノさんだ。
「何処行くんだよ、と。書類途中だろ」
「ボイコットです。朝からパソコンに向かいっぱなしで目が疲れたので休憩してきます後はよろしく」
後ろからレノさんが何か言う声が聞こえていたけれど聞こえないフリをしてリフレッシュルームに向かった。此処1ヶ月の理不尽ぶりに頑張って被っていた化けの皮は綺麗さっぱりはがれてしまった。所詮はメッキだった。私は女優にはなれそうもない。
(或いは非日常とも言うべき毎日)
「じゃん、休憩?」
「そんなとこー」
リフレッシュルームでコーヒーを飲んでいたらザックスが来た。その後ろには一般兵の服を着た金髪の男の子がいた。…ザックスの部下の子かと思ったら二人は思いのほか仲がよさそうだったので、多分友達同士なんだろう。
「ねぇザックスその子誰?」
「あぁ、こいつクラウドってんだ。ソルジャー志望の一般兵」
「へぇー…私、。一応タークス、よろしくー」
「え、あ、よ、よろしく…」
手を差し出したらクラウド君は何か怯えたみたいに後ずさりした。……え、何この態度私少し傷ついちゃうんだけどな、とかへこんでたらザックスが笑って私の肩を叩いた。
「悪ィ悪ィ、がセフィロスの推薦でタークスに入隊した、あのセフィロスが推薦するくらいだからどれだけ強い女なんだ、ってソルジャーと一般兵の間で評判でさ」
「え、何それ初耳なんだけど」
「で、実際どーなの」
「何が」
「戦闘能力」
なんてことない、要は私がセフィロスさんの推薦でタークスに入ったというのが何処からか一般社員に漏れてしまって、セフィロスさんの強さを実際に戦場で目の当たりにしているソルジャーや一般兵があのセフィロスさんが推すのだから相当強い女性なのだろうと勝手に推測した挙句流した噂のせいだったようだ。本当に不本意だ。ここ1ヶ月でそれなりに基礎体力も上がったからそれに比例して戦闘能力もそれなりに伸びてはいるけれど、ソルジャーであるザックスや実践経験のある一般兵に比べたらまだまだへっぽこもいいとこだ。
「だいぶ向上したとは思うけど実戦経験ないからねー…マテリアの扱いには慣れてきたけど」
「そっかそっか。順調?」
「まぁ……ほらレノさんとルードさん基本スパルタだから殺らなきゃ殺られるっていうか」
「ま、タークスは裏部隊だからなー…」
ザックスが苦笑い交じりにそう言って、クラウド君も苦笑いを浮かべてた。私はといえばさっきからため息ばかり。明るい話題に転換しようかと思っていたらポケットの中の携帯がピリリリと音を立てた。ディスプレイを見ればツォンさんからの着信。レノさんがチクったのかな、まずいなぁと思いつつ上司からの電話なので無視することも出来ず、仕方なしに電話を取った。
「はい」
『今何処に居る?』
「リフレッシュルームです」
『そうか。休憩中悪いんだが戻ってきてくれ』
「あーはいすいません、戻ります」
ピ、と電話を切ればザックスが仕事?と首をかしげて聞いてくる。本当に犬っぽいなぁと思いつつ、うんと返した。
「じゃあ戻るわ…クラウド君、今度ゆっくりお話しよーね」
「え、あ、はい」
「じゃーなー」
手を振るザックスとクラウド君に手を振り返してリフレッシュルームを出た。レノさんがツォンさんに泣きついての呼び出しだろう事は予想が付いたので、だらだらと歩きながら戻った。ごめんツォンさん、本当に私疲れてるんです。
* * *
「戻りましたー」
「あぁ、すまないな休憩中に」
「いえいえ、で、何です?」
「レノが書類を放り出してどこかへ行ってしまってな」
「またですか。また私は徹夜で書類処理ですか。いい加減にしてくださいよまた燃やしますよ書類」
「ま、まぁ落ち着け…これが終わったら休暇をやる」
また、というのは3週間ほど前に次から次へと私に書類を押し付けてくるレノさんにキレてレノさんから押し付けられた書類の全部をファイアで燃やしてしまった事があるからだ。最初のうちはこれも新入りの仕事だと思えばなんとかこなせたがそれが流石に1週間も続くとなると話は別だ。ただでさえ毎日の訓練で寝不足の上精神疲労が激しいというのに、机に山と積まれた書類を見ていたら自然に手が動いていただけの事だ。私は悪くない。
「…コスタ・デル・ソルに1週間逃げさせてくれるなら頑張ります」
「……善処しよう」
半ば無理矢理休暇の約束を取り付けた私は書類の山を見て一つため息を吐いた。これが終わればバカンスが私を待っている、と言い聞かせながらキーボードを叩き始めた。レノさん、戻ってきたらただじゃおきません。
「…得意なのか」
「何がです?」
「コンピューターだ」
「…いえ、そこまで得意ではありませんよ」
ツォンさんに言われて改めて気がついた。私はミッドガルのスラムで目を醒ましてから神羅に入るまで、コンピューターなんてものを扱ったことはなかった。それなのに何故か私は基本的なコンピューターの使い方と言うものを知っていた。何故気付かなかったのかと言われればそれが当然だったから、今まで疑問を抱くという事がなかっただけの話だ。…記憶喪失になる前はきっと普通にコンピューターを使っていただけ、ただそれだけ。
「そうか」
「…打ち込みとかは得意ですけどね、それ以外はからきしです」
過去を知りたくないといえば嘘になる。でも過去を知ってしまって変わる事が怖いのも事実だ。過去の記憶がないから“私”は今の“私”でいられるのだから、過去を知らないままならそれでもいいと思っている。……ツォンさん達に言う事でもないだろう。
「助かる。あいつらは皆コンピューターの扱いが苦手でな」
「そうですか」
「あぁ」
だから皆私に押し付けるのか、とため息を吐いた。必要とされるのはいい事なんだけど、それもここまで来ると少しばかり嫌になる。そう思っていたらツォンさんは微笑を浮かべて私を見ていた。
「…が来てくれて助かっている。書類の処理が遅いと上からどやされる事が多かったからな…」
「結果オーライですね」
「あぁ」
書類の処理が多いから、私は今の所実践任務を言い渡される事はない。確かにまだ私はタークスを名乗れる程の戦闘能力もないから仕方ないと思っていたけれど実際の所はタークスメンバーの中で私が一番書類処理能力が高いから社内での仕事が多いらしかった。…こればっかりは、感謝するべきかもしれない。
「そういう理由なら頑張りますよ。私だってタークスですからね」
「…頼りにしている」
「はい」
デスクに積まれた書類を見渡して、さぁやるかと気合を入れて袖を捲った。キーボードを叩く音だけが、私とツォンさんしかいないタークス執務室に響いていた。
(コンピューターとランデブーは飽きました)