ストレイキャットの憂鬱
「死ぬ…絶対死ぬ…何なのよこの書類の量おかしいんじゃないのなんでレノさんこんなに書類溜め込んでんのなんで私はその書類の処理なんてしてるの意味わかんないほんとおうちかえりたい」
今日も今日とて、私は仕事でミッドガルを離れているレノさんが溜め込んだ書類の処理に追われていた。いつまで経っても終わる気配はない。コスタ・デル・ソルでの休暇も華麗にスルーされてしまった。要はこれが終わるまで休暇という名の天国はいくらドアを叩いてもその扉を開けてはくれないらしかった。
「……終わる、かな」
終わりそうもない、今日も残業か。盛大にため息を吐いてコーヒーを飲んだ。
「、いるか?」
「!セ、フィロスさん?どうしたんですか」
「ツォンに聞いたらここだと言っていたのでな…どうだ、タークスは」
「見ての通り…一般事務員扱いですが、それが何か」
コンコン、と扉が叩かれた音に振り返ったら視界に入ったのは銀髪だった。セフィロスさんはファイル片手に何故かここタークス執務室を訪れた。…私を探していたらしいこの英雄さんは、私のデスクの後ろにあるソファに腰を下ろした。
「そうか。大変そうだな」
「セフィロスさんのせいなんですけどね」
「あのまま野垂れ死んでいるよりはマシだろう」
「あのまま死んでた方が精神衛生上よかった様な気がします」
どうもこの神羅の英雄さんは一般人と感覚がかけ離れているらしい。いやそりゃあ英雄なんて言われてるくらいだから少しくらいズレていたっておかしくはないと思うけど、それにしたって書類の山に埋もれてる私を見てたった一言、大変そうだな、とは失礼じゃないか。…やっぱりこの人は英雄という名の皮を被った悪魔なんじゃないかと思ったけど言ってしまえば正宗の錆にされかねないので止めておいた。
「…そうか、精神衛生は最悪か」
「ですね」
「ではこれをやろう。休暇願いだ」
「!え、休暇ですか?!私この間休暇願い却下されたばかりなんですけど!」
「ザックスに愚痴を零したらしいな。お前に休暇をやるよう上に掛け合えとしつこくてな…いい加減うざったくてたまらん」
「…っザックス偉い…!」
英雄の皮を被った悪魔だとか言ってすいませんなんかセフィロスさんの背後に白い羽根が見える気がしますよ天使だよ貴方…!とか思っていたら、セフィロスさんが手にしていたファイルで頭を叩かれた。べしんという間抜けな音がして、ファイルを押し付けられた。開いてみれば確かに「休暇願い」と書かれている。しかも嬉しい事にセフィロスさんの署名入りだった(それがどれだけの効力を発揮するかというのは1ヶ月の社員生活で身に沁みて判っている)
「用はそれだけだが…マテリアは役に立っているか?」
「え、あ…えぇ、でもあの、あんなに修練されたマテリア本当に頂いてよかったんでしょうか」
「構わん。もう使わないマテリアだからな」
「そうですか。…じゃあ有難く貰っておきますね」
「あぁ」
セフィロスさんは短く返事を返すと「仕事がある」と言って出て行ってしまった。……セフィロスさんなりに気遣ってくれているんだろうかと思ったが鳥肌が立ちそうなので止めておいた。人の好意は何も考えず素直に受け取っておくべきだろう。
「休暇かー…」
セフィロスさんが持ってきてくれた休暇願いに目を通す。3日くらい取れればいいかなと思っていたらなんと明後日から1週間と書かれている。物凄く几帳面なその字はセフィロスさんのものだろうか。あとは私の署名をして提出するだけになっている。…本当に今日ばかりはセフィロスさんが天使に見える。
「1週間、何して過ごそうかな」
3日後からの休暇を考えたら目の前の山のような書類なんて。これさえ終われば久し振りの休日が私を待っている。気合を入れてコンピューターに向かってキーボードを叩き始めた。
(あながち悪魔でもないらしい)
「え、明後日から休暇なの?」
「はい。1週間ほどお休み頂きました。」
「いいなぁ…私も休暇欲しい…」
「最近書類処理ばかりで外に出てませんし…帰って来た時が怖いですけど考えないでおきます」
「そうね、でも大丈夫よがいない間は皆でレノに書類やらせるから」
「そうして頂けると助かります」
キーボードを叩き始めて1時間程でシスネさんが仕事から帰って来たので、二人でコーヒーを飲みながら休憩を取る事にした(シスネさんがここ3日程執務室に缶詰状態だった私を気遣ってリフレッシュルームまで連れ出してくれた)。
「休暇中は何するの?」
「そうですねー…とりあえず、久し振りにスラムに帰ろうかと思うんです。家の片付けもしたいですし」
「そっか、は寮にいるんだっけ」
「はい。あとはLOVELESS観てこようかと思ってて」
「観てきたら感想教えてね」
「もちろん」
1週間という長いようで短い休暇。スラムに帰って、ロイさん達に挨拶をして、家の片付けをして、最近何かと話題のLOVELESSを観て。それから買い物にも行きたい。あまり袖を通す事はないけど、スラムから持ってきた服しかないから新しい服も欲しいしそういえば化粧品もそろそろなくなりそうだったのを思い出した。
「でも1週間なんてよく取れたね」
「あー…セフィロスさんのお蔭です。3日くらいかと思ってたら1週間て書かれてたんで」
「……セフィロス、には優しいのね」
「と、言うよりは私を拾って無理矢理タークスに入れたっていう負い目があるからじゃないですか」
「…そういえばそうだったわね」
「半分はザックスのお蔭ですよ。ザックスに休暇願い取り下げられたって愚痴ったらセフィロスさんにしつこく言ってくれたらしくて」
「そうなんだ」
「結局、セフィロスさんが根負けしたらしいです」
「あはは、ザックスもたまにはいいことするわね」
たまには、という言葉が引っかかったが聞かないでおこう(ザックスのあの性格から察するに、空気を読めずシスネさんを怒らせたりしてるんだろうなというのは容易に想像できたからだ)。とりあえず、今度ザックスに会ったらコーヒーの一本でも奢ってやろうと思った。
* * *
「八番街の警護、ですか」
「あぁ。本来は新入りがまずやる仕事なんだが…書類の整理ばかりを押し付けていたからな。ひと段落着いた様だし、とりあえず休暇までの3日間、八番街の警護に当たってもらいたい」
「わ、わかりました」
シスネさんは少し寄る所があるからと言って先にどこかへ行ってしまったので、一人で執務室に戻ったらツォンさんがいた。仕事だ、と言うものだからまた書類かと思えばそうではないらしい。八番街の警護を明日から3日間。私一人ですかと聞けば一人でも問題はないだろうと帰って来た。問題おおありだ。
「警邏隊もいるし仕事はほぼないと思っていいだろう。警邏隊の始末に終えない莫迦の処理をするのがタークスの仕事だ。…ある程度の実力行使は構わない」
「シバき倒していいって事ですか」
「…あぁ、ただしマテリアは使うなよ」
「了解です」
“警邏隊の始末に終えない莫迦の始末”が仕事で“実力行使も厭わない”と言う事は、ストレス発散が出来るかもしれないって事じゃないか。前にも言ったが私が被っていた化けの皮は綺麗さっぱりはがれてしまった後なので今更何を気に病む事もない。ただ、嬉々として聞いたであろう私の言葉にツォンさんは冷や汗を流していた。
「ここ最近で戦闘能力も伸びているようだし、一人でも心配はないだろうが…何かあったらすぐに連絡する事。無茶はするなよ」
「はい」
ツォンさんがそう言い残して執務室を出て行ってしまったので、手持ち無沙汰になった私は明日からの仕事に備えて武器の手入れをする事にした。非力な私でも扱えるようにとツォンさんが用意してくれたトンファーは兵器開発部門の試作品らしい。ミスリルを含む特殊合金で、マテリア装備用の穴もちゃんと開いている。使う事はないだろうが、備えあれば何とやらだ。持っている5つのマテリアを収めたらマテリアは淡く輝きだした。
「使う事ないと思うけど、万が一があったらよろしくね」
誰にも言っていないが、ここ最近で気付いた事がある。私が手にしたマテリアはまるで意思を持っているかのように時折自己主張をしてくるのだ。例えば誰かが体調不良の時はかいふくのマテリアが、例えばどこかで火事があればれいきのマテリアがと言ったように。何故そうなのかは判らないし、例えば科学部門の誰かに聞いた所でその答えは返ってこないだろう(それよりもあの宝条博士に実験サンプルにされてしまうかもしれないという怖さもある)。
「…私って何なんだろ」
そう呟いた言葉に答えは返ってこなかった。
(魔晄の結晶に愛された野良猫)