「ぼーん!梵ー?ぼーんてーんまるー!」 「……梵天丸?」 がここ青葉城へやってきて1週間と6日目の昼下がり。自室で筆字の練習をしていたは、外から聞こえた聞きなれない声に顔を上げた。 …梵天丸って確か、政宗さんの幼名…って事は、私がまだ会った事ない伊達家のひと? どんな人だろう。は襖を開けて庭を見る。短髪の青年が庭を走りながら政宗を呼んでいる。今の時間は政宗さん執務室に篭りっきりだから無駄だと思うんだけどな。はそう思ったが、自分が出て行くよりは小十郎か誰かが来るのを待ったほうがいいだろうと思い、襖を閉めた。 「成実ェ!その名前で俺を呼ぶんじゃねぇっ!」 「梵ーただいまぁ」 「呼ぶなつってんだよ時宗丸」 「あー懐かしいなぁその名前」 襖を閉めたもののやはり気になる様子で聞き耳を立てていたの耳に政宗の叫び声が入る。内心、今すぐにでも庭に出たかったが、今出て行けば政宗に苛められる。ここは政宗さんが落ち着くか小十郎さんが来るまで部屋から出ないのが得策ですよね。はそう自分に言い聞かせながら硯を擦った。 「……で?」 「あぁ、特に問題ないと思うよ。あっちだってあんなボロボロの軍でウチに喧嘩売ろうとか莫迦なことは考えないっしょ」 「そうか」 「それよりさぁ梵、梵が拾ったっていう子、どこよ?」 「……情報早ぇな」 え、私ですか。 「だってさぁ、俺の部下にも知れてんだよ?その子。気になるじゃん」 「そうかよ。ま、夕餉の時にでも紹介してやるよ」 「了解ー。んじゃ俺、小十郎にも報告してくるから」 「あぁ、頼んだ」 成実はそう言い残して、小十郎がいるであろう部屋へ向かう。政宗はの部屋の襖に目をやると、どうせ聞こえてたんだろうし言っとかねぇと後でうるせぇだろーな、とそんな事を考えながらため息を一つ吐き、の部屋へ足を進めた。 「」 「政宗さん?どーぞ?」 「邪魔すんぞ……さっきの、聞いてたな?」 「えぇばっちりと。成実さんって、伊達藤五郎成実?」 「Yes。つか何だ、成実まで知ってんのかお前」 「知ってますって。政宗さん程じゃないですけど有名人ですし」 「へぇ」 は硯や半紙を片付けながら、自分の知る“歴史上の人物”である伊達成実について政宗にあれこれと話す。その合間に面白いといった様子で笑いを上げ、はたまた少々複雑な面持ちで声を漏らす政宗を見て、は穏やかに笑っていた。 「…で、小十郎さんと…鬼庭綱元さんと並んで、伊達の三傑、って呼ばれてます」 「伊達の三傑ねぇ……」 「でもまぁ、これは私が学校で習った“歴史上の人物”の伊達成実ですから、ここの成実さんはまた違うんでしょうねぇ」 「……お前な、何で俺を見ながら言うんだよ」 「だって私のイメージと全然違うんですよ政宗さん」 「知るか」 終始和やかかつ穏やかな二人の雰囲気は、傍から見れば恋仲である。 「えぇと…初めまして、です。政宗さんの厄介になってるただの居候です」 時は進み、暮れ六つ(午後6時)。は政宗、小十郎、成実と共に客室で夕餉を摂っている。の隣に政宗、下座に小十郎と成実が向かい合いに座っている(が上座、政宗の隣にいるという時点で、成実は政宗のに寄せる好意に薄々ではあるが感づいたようだった) 「居候って…面白い事言うね、ちゃん」 「そうですか?事実を言っただけなんですけど」 「んー…ま、ただの居候じゃないだろうけどねぇ」 「?」 が自分とばかり会話をしている事で不機嫌になりかけていた政宗を横目に見て、成実はくすくすと笑いながら言う。政宗は更に不機嫌になり眉間に皺を寄せ、これ以上会話させてたまるかと言わんばかりに話題転換を図った。 「……で、だ。成実、の事はどこまで知ってる?」 「どこまでって…梵が森で拾ってきた子、ってくらいしか」 「だろうな。…、こいつは信用できる。素性を話しても問題ねぇな?」 「…政宗さんがそう言うなら、私は別に」 「Okay。成実、信じらんねぇかもしれねーが俺が何を言っても信じろよ?」 そう前置きをすると、政宗はの素性を話し始める。時折、がそれに助け舟を出すような形で、一通りの素性を聞いた成実は信じられないといった表情で半分放心状態だった(まぁ、無理もない) 「……未来から来たの?ちゃん」 「正確には多分異世界の未来ですね。私の知る歴史と違いすぎる」 「例えば?」 「…政宗さんが19歳なのにまだ結婚してない事とか?」 ずず、と茶をすすりながらさらっと問題発言をした。の一言に小十郎は茶を喉に詰まらせ、成実は湯飲みを思わず落としかけるほど驚いた。 「え?何、ちゃんの知ってる梵って結婚してたの!?」 「そんな…!殿、それは本当ですか…!」 「んーと、確か12歳の時に…田村なんとかって人の娘さんと、結婚してます」 「えぇえええぇえ?!」 「政宗様……!」 「おいお前ら何もそこまで驚かなくてもよくねーか」 「だって結婚だよ?!梵が!」 「どういう意味だ」 「どういう意味ってそのまんまじゃん!この梵が結婚とか信じられないって!」 「このとか言うなこのとか!!余計な事言うんじゃねぇ!」 ぎゃーぎゃーと言い争いを始めた成実と政宗を見て、はもうちょっと言う事を選べばよかったかもしれないと今更後悔した。二人はその後余りの騒がしさに小十郎が雷を落とすまで半刻程言い争いを続けていた。 「なぁ小十郎、どう思う?」 「どうとは?」 「ちゃんと梵だよ。俺が見たところ梵はちゃんに惚れてるんじゃないかと思うんだけど」 「…当たらずしも遠からずだな」 騒がしい夕餉を終え、四つ時(午後十時)を少し過ぎた頃。成実は小十郎の自室にいた(と政宗はそれぞれ部屋へ戻った後だ)縁側に出れば虫の鳴き声が遠くから響き、涼しい夜風が頬を撫でては流れていった。 「でもちゃんは気付いてない、と思う」 「あぁ」 「ちゃんはどうなんだろ」 「さぁな。…まぁ、政宗様といる時の殿は、至極穏やかな雰囲気だが」 「なんだ、望みがないって訳じゃないんだ」 「多分な。…俺としては、お二人が祝言を挙げてくだされば良いとは思っているが…」 「異世界から、来た子だもんねぇ……」 「あぁ、それなんだ…」 異世界から来たのだから、いつかは帰ってしまうだろう。それは小十郎も成実も薄々ではあるが勘付いていた。当然、政宗も、もそれは同じだ。口に出さないのは別れが惜しいから。帰って欲しくはないと思っているから。 「……このまま、ここにいればいいのにね」 「あぁ…あのように笑う政宗様を見たのは久し振りだ…殿ならば…」 「…ちゃんなら、いい奥方になると思うんだけどなあ」 「そうだな……」 ため息を吐いて空を見上げる。大きく欠けた三日月が二人を見下ろしていた。 |
月読輝夜姫
(あの子には還るべき場所がある。あの月よりも遠い未来の世界。そんな事、判ってるんだ。俺も、梵も、小十郎も。)
成実のキャラがイマイチ掴みきれてない……。
月読輝夜姫と書いて「ツクヨミノカグヤヒメ」と読みます