判ってた
私には身分も家柄もない
だから政宗さんと一緒にいられないって、きっとどこかで気付いてた。
そう、時が来ただけ。
離れなきゃいけない時が、来ただけ。

………ただ、それだけ。




「……っ痛…ぁ…」

くらくら揺れる視界。
何があった?
思い出せるのは私が知らない家臣さんの声と、奇妙な匂い。
そうだ
バサラ屋から帰って来て小十郎さんの部屋に逃げて、部屋に戻ろうとしたら廊下で声を掛けられて、それで、

様』
『…はい?何か、』
『政宗様に縁談が』
『…縁、談…?』
『政宗様ももう19になられた。伊達に相応しい家柄の姫君を妻君に迎え、身を固めて頂きませんとな』
『……っそ、う…ですね…』
『その為には、』


そうだ、あれは多分睡眠薬。
クロロホルム…違う、きっとこの時代の、睡眠作用がある薬草か何か…?

『政宗様が傍に置くあんたが邪魔なんだよ。悪いが、消えてもらう』

邪魔
消えてもらう
……そう、だよね。
私は何も持ってやしないんだもん。
身分も家柄も財産も、何も。
この世界には存在しないはずの人間、なんだもん。
邪魔、に…なる、よね
政宗さんだって小十郎さんだって、もしかしたらそう思ってたのかも知れない。
政宗さんに拾われた、ただそれだけであの城に居着いて
炊事も洗濯も、しようとしたって女中さんに止められて
私、何も…しなかった、

戦いたい
それだって足手まといになるって疎まれてたのかもしれない
……戦を知らないくせに何を言うんだって、思われてたのかもしれない。

「……政宗、さん……」

伊達は奥州を治める大名家。
それなら何も持たない私が政宗さんと釣り合う訳もない。
繋がりなんて持てる訳がなかったんだ
最初から。

「………ッまさ むね、…さ…っ」

清々したって思ってるかもしれない。
厄介な拾い物が無くなれば、私がいなくなれば政宗さんは大名家のお姫様と結婚できる。
そう思ってる家臣さんも、いた。
政宗さんも顔に出さなかっただけで、ほんとはそう思ってたのかもしれない。

「………政宗さん…っ」

私は、独りだ。
帰る家なんて、何処にもない。
例えば私が此処で死んでも、悲しむ人間なんかいやしない。
私が消えれば、いなくなれば、伊達家は力を伸ばせる
私は、あの場所には要らないんだ。

「………ッ」

右も左も判らないこの森で私が土に還っても。
誰も、涙なんか流さない。
政宗さんの天下取りに邪魔になるくらいなら、私は。
いなくなれば、いい。
…………これで、よかった。
今までが幸せすぎただけ。
死ぬ時が伸ばされてただけ。
そう思えば、いい。


「……、ちゃん?」


「っ!!!いやぁっ!」
「あぁぁ落ち着いて!俺様!猿飛佐助だって!!竜の旦那んとこのちゃんだろ!?」
「……っ……さすけ、さん?」
「そ、覚えててくれた?」
「……どして……?ここ、どこ…?」
「それは俺様が聞きたいくらいだよ…ここは奥州と甲斐の国境近くだけど。なんでこんなとこにいるのさ」
「……ッさすけさ…っ私、私っ」
「竜の旦那は?一緒じゃないの?」
「…………っ」

どっかの密偵か斥候かと思ってたら、気配の正体は竜の旦那が大事にしてるちゃん。
泣いてるし、周りに誰もいないし…
どうしたのかと思って。
遠駆けにでも来てはぐれちゃって、見つけてもらえなくて泣いてんのかなって。
でも木の上から見ても回りにはちゃんしかいなかったし気配もなかった。
まさかちゃんここまで一人で?
馬も使わず?

「……政宗さんにね、縁談、きたの。私、邪魔だって。すてられちゃった」

「………は?」
「きっとね、みんな心の中じゃわたしが邪魔だって、思ってたんだよ。身分も家柄も何もないわたしなんかが、政宗さんの傍にいたから。だからこれは罰なのかも、ね」
「え、ちょっと待って。ちゃん、青葉城からここまで?」
「わかんないの。薬、嗅がされて。目が覚めたらここにいて、なにもわかんないの、」

待てよ。
じゃあつまりちゃんは自分で来た訳じゃなくて、竜の旦那に縁談が来たから厄介払いされたって事?
…竜の旦那が手放す訳、ない
じゃあ家臣が勝手に?

「……わたし、帰る場所、なくなっちゃった。どこにも、かえる場所、なくなっちゃった」
「……っ」
「邪魔だったんだって。わたしがいなければ伊達はまた力を伸ばせるんだって。だからね、すてられちゃった」

そんなの、ありかよ。
そりゃこのご時世だからそんな話いくらだって来るだろうけどさ…
こんな場所にちゃんみたいな普通の子を置き去りにしたら野垂れ死ぬの判りきってるのに。

「……だからね、わたし、死ぬしか、ないのかなって」
「っだめだよ!ちゃん悪くないんだよ!?」
「っじゃあどうしろって言うの!?私には何もないの!身分も!家柄も!家族だっていないの!なのにどうして政宗さんが結婚するかもしれないって言うのに青葉城にいられるのよ…っ!」
「………っごめん………」

涙を流しながら叫ぶちゃんが今にも壊れそうなくらい小さく見えて、ただ謝るしか出来なかった。
前に会った時はあんなに凜としていたちゃんの琥珀色の瞳に光はなくて、絶望に似た鈍くて暗い色を宿してて。
蹲って頭を抱えてしゃくりあげるちゃんをただ見てるだけしか出来なかった。
なんて声を掛けたらいいのかなんて、判らない。

「…っまさむね…さん…っ」

泣かないでよ、なんて。
そんな在り来たりな言葉じゃ、慰めにもなりゃしない。

「…ちゃんさ、甲斐に来る?」
「……え……?」
「とりあえず、だけど」
「…邪魔に、なる…行かない…」
「なんないって。このままこんなとこにいたら死んじゃうよ」
「……別に、いい……」

そうだよ。
どこに行っても同じだもん。
幸村さんだって真田の当主、私が甲斐にいれば迷惑になる。
かと言って青葉城には帰れない。
それなら、私このまま死んだ方がいいんだよ。
元々、この世界にはという人間は、いなかったんだから。
私が消えれば、全てが元に戻るなら
私は……

「駄目だっつの!悪いけど勝手に連れてくからね!」
「や……っやだ!行きたくないのっ!離してっ!」
「嫌だ。ちゃんが死ぬ必要なんか何処にもない。それにここは甲斐だから。黙って見過ごす訳にも行かない」
「………わたし…この世界に、いてもいいの……?」
「いいに決まってんでしょ、ちゃんはちゃん。確かに今ここにいるんだからさ」
「…あり…が、と…」

世界、ねぇ。
やっぱりこの子には何かあるな。
多分、ちゃんの存在自体を隠しておきたかったはず。
…利用する訳じゃないけど。
………いや、言い訳かな。
ちゃんが何処から来たのかとか、興味あるしね
それに何より……さ。
旦那の初恋相手、死なせる訳に行かないでしょ。

「……さすけさん」
「ん?どした?」
「……みつけてくれて、ありがとうございました……」
「……ま、俺様のお仕事だからね、国境警備もさ」
「……」
「…寝てもいいよ。夜明けまでには着いてるから」
「……は、い…すいま、せん…」

一瞬だけど、ちゃんの周りからした匂いは。
あの甘い香りは俺も知ってる。

……忘却香、の…匂い。

何処かの忍か…
大方竜の旦那に縁談持ってきたって言う家の、だろうけど
外法を使ってまで結びたいもんかね、縁談って。
お偉いさんの考える事は判んないね。
……ま、目が覚めたらきっと

辛い事なんて、全部忘れてるよ。
奥州にいた事、竜の旦那の事
何もかもを。
綺麗さっぱり、さ。

「…俺様、卑怯かな」

何もかも忘れて欲しいだなんて。
……旦那に、惚れて。
ずっと武田にいてくれたら、なんて。







そして歯車は




回りだす


(ただ一握の恋慕さえ闇へ融けた)