「つつじがさき…ですか?」 「左様。某がお仕えする武田信玄公…この甲斐の国を治めるお方がお住まいの屋敷だ」 「…しん、げん…さま?」 「某たちはお館様とお呼びしておる。正に天下を取るに相応しきお方だ」 上田城の廊下を歩くのは城主である幸村。 その幸村の2歩分ほど後ろを、どこか覚束ない足取りでは歩いていた。 「…おやかたさま…」 「佐助がそなたの事を伝えたら是非会いたいと。お会いして頂けるか、殿」 「……………はい。」 幸村から与えられた、と言う名。 記憶の全てを無くしたはそれを自分の名だと信じている。 兎に角、はこれから躑躅ヶ崎という場所へ向かうらしい事だけは判ったのだが、この上田から躑躅ヶ崎までがどれ程離れているのか、全く判らなかった。 躊躇いがちに返事を返せば、幸村は立ち止まりに向き直る。 「お館様は心優しきお方。ご安心くだされ。決して殿にとって悪いようにはなさらぬ」 「……はい」 ふ、と笑えば幸村はまた歩き出す。 もその後に続いて多少急ぎ足で幸村を追った。 * * * 「………」 「殿、手を」 「は、はい…あの幸村さ、」 「大丈夫でござるよ」 幸村は愛馬の上からに手を伸ばす。 がおずおずと幸村の手を取ると、一瞬の浮遊感の後にすとんと鞍に下ろされる。 幸村は自分の前に横向きで座るを落とさぬ様に手綱を握った。 「……ゆ、ゆきむらさん…」 「大丈夫、絶対に落とさぬ。掴まって下され」 「………っはい………」 の手が腰に回ったのをしっかりと確かめると、手綱を振り緩やかに馬を走らせた。 「う、わ…っ!」 「躑躅ヶ崎までは暫くかかる。疲れたら言って下され」 「は、はい…!」 馬は高らかに嘶き田舎道を抜け山道を駆けてゆく。 『――さん手綱握って!頼むから握ってください危ないです落ちます死ぬぅぅぅぅぅうう!』 『―な!―俺が…訳―だろ!』 『いや何なんですかその妙な自信!危ないっす落ちるっす真面目に無理っすもういやだーっ!!』 (っ!) の脳裏に浮かんだのは馬に乗る自分の姿。 耳に入るのは、低く艶のあるよく通る澄んだ声。 支える“蒼”は一体誰なのか。 (……何、なの……?) 靄が掛かった様に見えない姿と聞こえない声。 は不安を打ち消すように幸村の服を掴む手に力を込めた。 「…?殿?」 「あ…な、なんでもないです…」 「ご気分が優れぬか?2里程行った先に茶屋が「だ、大丈夫です!馬に乗ったのはじめてだから…!」…ならばよいが、無理はなさらんでくれ」 幾らか訝しんだ幸村だったが、の瞳が不安に染まっていたので敢えて追及はしなかった。 (何か、思い出しかけたのか…?) 思い当たる節があったから。 ただ、縋る腕の力が弛まない所を見るとそうではないらしい。 幸村はふっと笑みを漏らすと前を見据え手綱を振るった。 * * * 「……大丈夫でござるか?」 「う…なんとか……」 「騎馬に慣れていなかったのでござるな…すまぬ…」 あの後暫く走る内にが気持ち悪いと訴え出した為、川岸で二人は休んでいる。 竹で誂えた水筒に幸村が水を汲み、に手渡すとはゆっくりと水を飲み項垂れる。 乗馬とは無縁の現代に産まれ、戦国時代に来てからも(政宗の破天荒すぎる馬術に命の危機を感じたからか)片手で事足りる程しか馬に乗った事がないのだから無理はない。 「急ぐ事もない、暫く休んでから参りましょうぞ」 「ぅ…はい…」 尤も、今はそれすら忘れてしまっているのだが。 時折脳裏に浮かぶ、蒼い着物の青年。 蒼色の彼が誰なのか、今のには判らない。 自分が記憶を無くしていると言うことは自覚している。 ただ、その声の持ち主が幸村ではないことだけは確かだ。 彼は、紅いから。 が無くした記憶の欠片、“蒼”ではない事だけは。 (…貴方は、誰…?) (私は、誰を。) (誰を忘れて、しまったんだろう) ぱしゃん、と水に手を差し入れれば波紋に呑まれ消えて逝く自分の姿。 ゆらゆらと揺らめく水面に陽の光がきらきらと反射しては消えた。 「殿?」 「……もう大丈夫です、行きましょう幸村さん」 「………そうだな、夕暮れまでには街に入らねば。」 水筒に水を汲むと先程と同じように馬に乗り、二人は山道を駆けて行った。 |
水辺にて
(貴方は誰?)
(蒼を纏う、貴方は)
幸村黒くてすいません←
みんなの前では猫被り、っていう…
いや史実幸村が策士というか優れた知将だもんで……
幸村オチ見てみたいという意見もあってがたぶる
筆頭出番なくてすいませ…っ!
懺悔その2。
ややこしいかもしれませんがすいませんそんだけ幸村は本気なんです…。
を奥州に返したくないから、という偽りの名を与えて自分の傍に置く。
が自分の名をだと思っていれば、もしも政宗がを迎えに来た時に
自分を選んでくれるのではないかとそういう黒い期待がある訳です。