「佐助」
「お、早かったじゃないの」
「お館様は?」
「興味津々。行く宛ないなら甲斐に、だって。」

躑躅ヶ崎まであと僅か、河辺にある小さな茶店。
河辺で休憩をして二刻ほど馬を走らせたあたりで、幸村はよく知る気配を森から感じた。
それは言わずもがな佐助の気配で、幸村はに少し馬を休ませるからと言い、の分の茶と菓子だけを店主に頼んだ。
それから、幸村はすぐ裏へと向かい、建物に背を預けて木の上の佐助と話していた。

「奥州にいた事は?」
「話したよ。大将に隠し事なんかできないって。後が怖いし」
「そうか」
「……大将、多分ちゃんを養女かなんかに迎えるつもりだよ。洗いざらい話したら泣きそうになってたし」
「…お館様が」

人は石垣、という彼の遺した名言通り一国の主であるにも関わらず城を構えるでもなく、堀もなければ石垣もない屋敷に住んでいるのがこの甲斐を治める信玄だ。
人情に厚く、お館様と民から慕われるお方だから、きっと殿に良き待遇をして下さるだろう
そう思い幸村はここ躑躅ヶ崎へと来たのだが、事態は思わぬ方向へ好転していたようだった。
もしもが信玄の養女となれば名実ともに甲斐の姫君となり、またそうなれば奥州へ帰るという事は容易にはできなくなる。
例えが記憶を取り戻したとしても、それは同じ事。

「…もしも、殿がお館様の養女になれば…」
「名実ともに武田の姫さん。記憶を取り戻しても奥州にはそう簡単に帰れない、ってね。」
「………あぁ」
「竜の旦那が簡単に諦める訳ないだろうけどね…戻った所でまた同じ目に会うの判りきってるし。」

例えば、が記憶をなくしていないとして。
それでも彼女は奥州へ帰るだろうかと聞かれれば答えは判らない。
自分がいるから政宗の天下取りの妨げになるんだと、邪魔になる位なら死にたいと、そう言っていたのだから。
ただ、取り乱し幼子の様に泣きじゃくるを見てしまえば、もうあんな顔はさせたくないと思うのはある種の必然だろう。

「……あんな顔、させたくないし」

ふと浮かぶのは、忍装束を掴んで涙をぼろぼろと溢しながら悲痛な面立ちで自分に縋る
…消えてしまいそうな程に脆く儚い、少女の姿だった。

「………あぁ」
ちゃん、謎なんだよ。日ノ本に生きてたっていう痕跡が全くないし…それにさ、」

“…この世界にいてもいいの?”

ちゃん…“この世界に”、って言ってた。この世界に居場所がない、って。」
「…?」
「この日ノ本に生きてたっていう痕跡が真田の忍隊を総動員しても見つからないんだよ。ある日突然、竜の旦那が城に連れて来たってくらいしか判らないなんて有り得ないだろ?」
「…小国の姫君だと聞いていたが」
「……多分、ってか絶対に嘘だろうね、その時期に騒動があった家も国もなかったから」
「…………そうか」

ならば彼女は何処から来たと言うのだろうか。
否、そんな事は幸村にとってはどうでもいい事だ。
ただがここにいる、その真実だけがあれば。

「…兎に角、大将と話してきなよ」
「……あぁ」

俺様奥州偵察して来るからー
軽い調子で言い返すと、佐助は高い木々の枝から枝へと目にも止まらぬ速さで駆けて行った。

「………」

静かな眼差しで見送った幸村も、踵を返しての待つ茶屋へと入って行った。


***


殿」
「あ、おかえりなさい」
「某も団子を…そうだな、15皿」
「じゅ…っ!?」
「…き、騎馬は体力を使うであろう。手っ取り早く栄養を取るならば甘味なのだ、だからであって決して団子が好きだからとかではなくてだな!」
「……ふふっ。幸村さん、私もお団子好きですよ。」
「………そ、そうか」

俄に顔を赤くしそっぽを向いた幸村には笑いかけ、空を見遣る。
浅葱色の空は晴れ晴れとし、鳥がのんびりとした様子で舞っていた。

殿」
「はい?」
「一本いかがか」
「あ、頂きます」

三色団子を一口。
高らかに鳶の鳴き声が晴れ渡る空に響き渡り、はまた追憶に消えた蒼に問いかけた。

(……あなたは、誰?)
(………)
(……こたえて、よ)

ふっと消えてしまう、蒼の青年は。
あの色も、あの腕も、
………あの、声も

(……ねぇ……っ)

何一つ、忘れちゃいけないはずだったのに。










虚幻と揺らめく









幻現と映る


(戀に焦がれて哭く蝉よりも)
(哭かぬ螢が身を焦がす)




虚→うつろ
幻→まほろ
現→うつつ
と読みます。
都々逸ってなんかいいですね、機会があればお題にして書きたいネタありすぎます。
そして幸村どころか佐助まで黒くて申し訳ありませんorz
マジすいません真っ黒真田主従大好きでごめんなさい…
哭く蝉、は政宗を、哭かぬ螢、はを意識したんですが、ね。
必死で探す政宗と、政宗の名を呼べず哭けない
いや撃沈してますねはっはっは←