「政宗様」
「……なんか掴めたか」
「…………甲斐方面に遣った隠密が戻りませぬ。相模や越後では様のお噂はなく、あるとすれば、」
「………甲斐………」

バリ、と政宗の周囲に雷が舞うと黒脛巾の部隊頭は一瞬息を呑んだが、恐怖を圧し殺して言葉を続けた。

「…先程、鷹のみが戻りまして御座います。文によれば真田幸村が居城上田城に様によく似た女子が一名、様が行方知れずになられた翌日に現れたと」
「……真田幸村ァ……?」
「……ただ、」

黒脛巾は迷う。
政宗に事実を伝えるか否か。
このままではどの道政宗様は甲斐に行かれる、結果として様を悲しませる事になってしまえば我ら黒脛巾、ひいては伊達軍の面目丸潰れだ。
…ならばいっそ真実のみを。

「…様のご様子がおかしかった、と…真田幸村と様とは面識がおありになるはず…ですが何処かぎこちなかったと」
「………Ah?」

「……今の様は…一切合切の記憶を、無くしておられるやも、と…」

文にはそう書かれておりました。新しく腕の立つ偵察を向かわせましたので今暫くご辛抱を、
という黒脛巾の言葉は政宗の耳に入ってはいなかった。

「…記憶を…無くした?一切合切…俺らの事もすべて、か…?」
「…恐らく…ただ、蒼だけは虚ろながら覚えているご様子だと」

その一言に、政宗は瞳を見開いた。
黒脛巾の情報は子細に渡り、が上田城で目を覚ましてから躑躅ヶ崎に向かうまでが事細かに記されている。
目の前の黒脛巾は政宗にその文を渡し恭しく頭を下げた。

様は奥州にいた事は勿論政宗様の事までもお忘れに』
『御名すらも、ただ』

『政宗様のお色である“蒼”は虚ろながら覚えていらっしゃるご様子』

『これ以上の偵察は真田忍隊に気付かれ兼ねぬ為一時撤退』

「…………ッ」

くしゃりと手紙を握り、政宗は俯き加減に小さく嗚咽を漏らす。
それは記憶を無くしたとは言え、が未だこの日ノ本に留まっていた事への安堵か、はたまた自分が好みよく身につける色である“蒼”は忘れずにいた事への感動か。
政宗はただの名を繰り返しながら小さく哭いた。

「………ッ」

ただ浮かぶはの笑顔でありの聲。

「……ッ待ってろよ……全部カタ着けたら迎えに行くからな…」

俯いたままそう呟くと、政宗は顔を上げ黒脛巾に命令を出す。

「バレねぇ程度でいい、に偵察をつけろ。何があってもを護れ」
「…御意。我等の命に換えても」

恭しく頭を下げた黒脛巾は闇へと姿を消した。
政宗は窓から満月を見遣ると、その隻眼に深い決意を込めて部屋をあとにした。
向かうは小十郎の部屋。
話すべきは、ただひとつ。



* * * *



「小十郎」
「政宗様?どうなさいました、このような夜更けに」
が見つかった。甲斐……真田幸村んとこだ」
「っ誠に御座いますか!?」

政宗から告げられた言葉に立ち上がりながら叫ぶように言えば政宗は落ち着けと小十郎を宥める。
小十郎はその場に正座をし、政宗は小十郎に向き合うよう上座に座った。

「読め。黒脛巾からの報告書だ」
「……はっ」
「田村を潰してを迎えに行く、異存ねぇよな」
「政宗様がそうご決断なされたならば付き従うまで。…我ら家臣一同、の帰りを待ちわびておりますれば異存など」
「……そうか」
「政宗様の御正室に相応しきはだけと皆思っております。は、独眼竜が抱くただひとつの宝珠だと」

小十郎は政宗の隻眼を真っ直ぐに見据えると言葉を続ける
それは政宗にとって何より嬉しい言葉だった。

「……我らとて、を拐かした田村は赦せませぬ。誅する事が政宗様のご意志なれば尚更士気も揚がりましょう。」
「……あぁ」
を拐かした逆賊は黒脛巾が既に捕らえ、企みの全貌を吐かせております。動くのならば今が好機かと」
「そうだな。支度しておけよ、明後日には発つぜ」
「御意。皆に伝えます。政宗様ももうお休みになられませ。ご無理はなりませぬ」
「あぁ。頼んだ」

政宗はもう一度念を押すとゆっくりと立ち上がり小十郎の部屋を後にし、自室へと戻った。
途中、見上げた満月は雲に隠れて朧気な光を降らせていた。
のいない奥州の夜はゆっくりと更けていく。
政宗の心が狂気と闇に染まり行くように、朧気な月光は儚く融けそうだった。








離れては




いけなかった


(竜と宝珠はふたりでひとつ)
(宝珠を奪った愚か者に断罪を)




政宗は母親から愛情を貰えなかった故に不器用な愛し方しかできない
愛しすぎたが故に止まる術を知らず、愛しい者が傍にいなければ狂気を見せる…
謂わばは政宗の狂気を抑えられる唯一の鞘で、政宗は脆くて鋭い刃で。
政宗とはふたりでひとつ、鞘と刃で成る刀のような関係。
(狂気的な黒政宗きらいな方はすいませんOrz
どうしても書きたい話の伏線と思って許してください;)