生きてさえいればいい、なんて
そんなのはただの俺のエゴだ。
本当なら今すぐにだって連れ戻してやりたい。
アイツの居場所はここ奥州、この俺の隣以外に在り得ない。あいつがいるなら、他に何も望まねぇ。
だから奪うな

俺から光を、希望を

奪わないでくれ


(愛しい、んだ)
(誰よりも)(…お前が)




「…………」

告げておけばよかったのか、
告げておけば、お前が好きだと、一言言っていたなら。
家臣達の前で、俺はこいつを娶ると言っていたなら。
今でもあいつはまだ俺の隣にいただろうか。
あいつがいない日常なんて考えられないくらい、あいつは俺達伊達軍に深く関わりすぎた。
いや、俺自身に、深い愛情を与えてくれていた、だからそう感じるのかもしれない。
ただ、手放したくなかったのは事実、未来を知り、俺達の知らない戦を知っているだろうをよそにやればあいつはきっと悲しむだろうから。
だから手放せなかった、あいつに泣き顔なんて似合わない。
いつだって笑っていればいい。
そう思っていた矢先に舞い込んだ下らない縁談、断ったはずなのになんであいつは俺の隣から消えている。
そうまでして成したかったのか、俺の逆鱗に触れ、宝珠を奪うだけの価値があるのか、貴様らの言う姫とやらは。

「…あいつ以上の女がいるか…」

いくら他の男が褒めるような容姿でも、あいつには敵わねぇ。
象牙の肌も亜麻色の髪も綺麗な指先も琥珀の瞳も…何もかもがこの時代には不釣合いなくらい綺麗な女だ。
平和な時代に生きていたからこその、綺麗さと優しさ。
そんなを、何処の馬の骨とも知らぬ女なんて抜かす家の娘を娶れ?冗談じゃない。
俺にとっての唯一はあいつで、あいつ以外の妻なんてありえねぇ。

『政宗さん』
『ん?』
『戦国時代って一夫多妻が当たり前なんですよね?』
『…当たり前って訳でもねぇが…どうした、いきなり』
『え、いや……その、』
『A-ha…俺もそうか?って聞きてぇのか』
『う…ま、まぁそうです。そのつもりなんですか?』


無自覚で天然。
狙って言った訳じゃねぇから余計にタチが悪い、そういう発言を平気でするような…凡そ姫なんて器じゃねぇお転婆の跳ねっ返り。
そのくせ時折見せる表情は、元の時代を思って月を見上げる顔は寂しげでどこか妖艶だった。
自分が置かれた状況も、二度とは還れないかもしれない不安も。
何もかもを享受して受け入れて、それでいて周りを癒すような不思議な雰囲気をもっていて。

『さァな』
『さ、さぁなって…』
『婚儀よりも天下が先なんだよ、まずはな』
『……そうですか』


そんな顔をするから、期待してしまうんだ。
そうに言えたらどれだけ楽だったか。
奥州筆頭、なんて肩書きを初めて重荷に思った時。
もしも俺が何も持たないただの男だったなら、同じように何も持たないと添い遂げる事も簡単だっただろうに。
伊達の当主、奥州の国主…
今までは誇りに思っていた自分の立場が、には重荷以外の何でもなかった。

『…天下を取ったら、』
『Ah?』
『……天下を取ったら、お嫁さんもらうんですか?』
『………さぁ、な』


言ってしまえばよかったのか。
俺が天下を取ったのなら誰も文句は付けられやしない。
の居場所を作る為に。
確固たる居場所と、生きた証を贈ると決めた、それは絶対に間違いじゃない。
この世界の何処にも居場所がなくて頼れる者は俺達だけで、血縁者なんている訳もねぇ。
それなら、俺が…俺ら伊達の人間があいつの拠り所になってやらなきゃいけねぇんじゃないのかってずっと思ってたんだ。

「………………」

記憶の何もかもを無くしたのなら、自分がどこから来たのかさえも忘れてしまったのなら。
そんな状態で、真田幸村の隣にいるのなら。
それなら、のんびり余裕かましてる時間はねぇ。
アイツは間違いなくに惚れてる、同じ女を見てるんだ…そん位は嫌でも判る。
誰にも渡すつもりはねぇんだ。

「…あんなヤツに渡せるかよ…お前の居場所は俺の隣だ…絶対、取り戻してやるさ…」

女一人の為に戦を起こすなんざ、正気の沙汰じゃねぇかもしれねぇがな…
それでも、俺にとっちゃぁ何にも換え難い存在なんだ。
遠い未来からこんな乱世に飛ばされて帰る術も判らないまま1年近く俺らと一緒に過ごして、それでも泣き言一つ言わねぇでいつも気丈に、馬鹿みてぇに笑ってて。
その笑顔に、アイツの優しさに救われたんだ、俺は。

『……政宗さん』
『どうした?』
『……私、やっぱり嫌です』
『…?何がだ』
『政宗さんが結婚したら、私の居場所ってなくなりますよね…』
『……お前…んな馬鹿な事考えてたのか?』
『だ、だって…』
『さっきも言ったぜ?今は天下が先だってな。その先の事は天下獲ってから考える。心配すんな、お前を何処にもやんねぇよ』

『う……はい』

だから尚更、泣きそうな顔なんてさせたくなかったし涙なんて見たくなかった。
戦に出る時だってあいつは気丈に振舞うくせして涙を堪てまで笑って俺らを送り出した。
俺らに余計な心配掛けまいとしてるのなんか丸判りだ、怪我なんて出来る訳もない。
戦の度に成実にからかわれるのにも慣れちまった。

『怪我、出来ないねぇ…梵?』
『うるせぇよ。テメェこそ死ぬんじゃねーぞ。を泣かせんな』
『はいはい、泣かせる訳ないっしょ?将来は俺らの姐さんになる人なんだからさぁ』
『……テメェ』
『だって、そのつもりなんだろ?梵は』
『……あぁ』


成実や小十郎は兎も角として、一般兵にすら気付かれてる俺の想いがなんでアイツには伝わってないのか、相当の鈍感だって事はよく判ってはいたが。
高価な着物も簪も、普通に考えて何とも想ってねぇ女に贈る訳もないだろうに。
アイツの生きてた未来の文化ってモンを殆ど知らねぇから、俺らの常識とはまた違うのかもしれないが…それを差し引いたとしても、気付いてもよさそうなモンなんだがな。
まぁ、それに気付かないからアイツらしいと言えばそれまでか。
……それぐらい、惚れちまったんだ。

「……待ってろよ、すぐに迎えに行ってやるからな……」

俺以外の男になんて渡さない
奪おうとするなら取り返す。
家にとっての利益なんざ関係ない、俺が傍に置きたいと思う女は、娶りたいと思う女はアイツだけだ。
例え家にとって、奥州にとって利益になるような縁談だろうと、じゃなければ意味がない。

「…真田なんかに渡せるかよ…」

ならば歩むべきはただ一つ。
何も持たないが俺の隣にいる為に、伊達の名を継ぐ為に。
俺が、天下を取ればいい。

「………時間か………」

ここから、始める。
まずはを傷付けた愚か者に制裁を。
噂でもいい、甲斐まで…真田のとこまで届けばいい。
俺が、これからする戦。
それを知ってお前はどう動く?
………真田幸村。









月に焦がれる


(輝夜姫の還る場所が月ならば)
(それすら壊してやろうかなんて)


戦の前夜、政宗独白。
彼にとっての全てがで、にとっての全てもまた政宗。
宝珠と竜、と表現しているのはそういう意味もあります。
次回からはまた甲斐に戻ります。
戦のシーンは書いていませんが、会話の中などでそういった表現が出てきます。
そこまでグロくはなりませんが、それなりの表現はあると思いますので
あしからずご理解の上でこの先をお読み頂ければ幸いです。