殿、よろしいか」
「幸村さん?どうぞ」
「失礼する」

佐助を見送った幸村はそのままの部屋へ向かった。
障子越しに声を掛ければ透き通った声で返事が返る。
一呼吸置いて障子を開けばは窓の外を見やったまま視線だけを幸村に向けた。

「……景色を見ておられたのか」
「………幸村さん、少しお話してもいいですか?」
「?構わぬが…如何した?」

「……私の居場所は、此処じゃないと思うんです……」

「……!何故そのような事を…?」

窓の外に視線を戻し、何処か遠くを見ながら哀しげな声で言うに幸村は驚いたような表情を向ける。
はそれには気付かず、ただ窓の外に広がる深緑に目を向けたまま、何も訊かずに聞いて下さいと一言告げ、言葉を続けた。

「時々、頭の中に“蒼”い人が浮かぶんです。それが誰かは判らないけど…その人と話をしてるのは私。嬉しい、楽しい、そんな感じがするんです」
「………っ」
「…多分、記憶を無くす前の事だと思うんです。その人は時々傷ついてましたから…戦をする人、なのかな…私、その人の傷を見て泣いてました」
「……そう、か……」

断片的ではあるにしろ、は政宗の事を、奥州で過ごしたこの1年の事を思い出しつつある。
幸村はそう直感してはいたが、何を言う事も出来なかった。
泣かせたくないから此処に匿うつもりでいた、それなのには霞んだ記憶の中の政宗を想って泣きそうな顔をしていて。
これでは甲斐にいるのが幸せなのか、奥州へ、政宗の隣へと戻る事が幸せなのかが判らない。
幸村はを好いていて、けれどは政宗を好いていて、政宗はを好いている。
本来であれば好いた者の隣にいる事こそが幸せなのに、はその居場所を追われて記憶を無くした、それならば戻ろうが戻らまいが結末は一緒なのではないか。
そう考えた所で、結局は堂堂巡り。
が望むのは、記憶を無くして尚想うのは政宗で、政宗はの為に戦を起こす程彼女を想っているのだから。

「…思い出せないのは、辛い事があったからなんでしょうか…」
「……そうかもしれんな……」
「…私の本当の居場所は、何処なんですか…?此処じゃないってそんな気がするのは何故なんですか……!」

顔を覆い、肩を震わせる。
泣いているのか、時折しゃくり上げる様なか細い声が幸村の耳に届いた。
何故そこまで、壊れそうになってまで政宗を想うのか、何故忘れてはくれないのかと、幸村の心中は穏やかではなかった。
初めて会った時から惹かれていた、何度か会う内に不思議な魅力に捕り付かれたように想っていた。
互いの想いが通っている事は目に見えて明らかで、当人同士が何故気付かないのかと不思議に思いながらもそれにつけこんでいたのもまた事実。
に男として見られずとも、と共にいれるのならばそれでもよかったのだと思っていた自分は何処へ行ったのか。

「っゆ、幸村さ…?!」
「そのような顔をするな。そなたに泣き顔は似合わぬ」

気が付けば幸村はを背から包み込むように腕の中に閉じ込めていた。
慌てた様子で腕中から抜け出そうとするの動きを制するようにその腕に力を篭めればはふっと力を抜く、我慢していた涙が堰を切ったように流れた。

「……っゆき、むらさ…っ」
「…思い出さずとも良い、辛い事があったのなら尚更、の涙など見たくない…」
「……っでも、でも…っ」
「…大丈夫だ、俺は何処にも行かぬしを何処へもやらぬと誓う。だから笑ってくれ……」

ぎゅう、と力の篭った腕、知らない体温と知らない香り。
初めて呼び捨てにされ、戸惑う。
男性と抱き合う事なんて初めてのはずなのに、の心は違うのだと声をあげる。
何が違うのかはわからない、けれど違うのだ、その体温も、腕の感触も、香りも何もかもが。
ただ、絞るような掠れた幸村の声には何も言えず、ただ腕の中に閉じ込められるがまま、その頬に涙が伝っている事には気付きもしないまま。

「……っ」
「……、殿?」
「……っちが、う……」
殿?」
「違う、違う…違う、の…っ貴方じゃない、貴方じゃ…っだめ、はなして…っ」
っ」

力のない華奢な腕で幸村の腕を押し返し、泣きながら、消えそうな声で幸村の腕を拒否する
やはり俺では駄目なのか、そう自嘲しながらも引ける訳もない。
また力を篭めればは諦めたように力を抜き、俯いてまた嗚咽を漏らす。

「…離してよぉ…っ」
「……」
「違う、違うの…っ貴方じゃない、貴方は“紅”い、“蒼”じゃないの、違う、違う…っ!」

脳裏を掠めるのは政宗の、今は追憶に霞む腕と声、そして麝香の香り。
幸村のそれとは真逆の、低く掠れた声が霞む記憶の中で繰り返されては掻き消えて行く。
麝香を好み、よく焚いてその香りを纏っていた彼とは違う。
見た目に反し力強いその腕もまた。
想いだけは消えぬまま、記憶に埋もれた彼の姿を闇を探るように探す、手繰り寄せたはずの記憶はぷつりと途切れていて思い出せないのに、恋慕の向かう先はそれでもたった一人だけ。

「……っ」
「何で、思い出せないの…っ私、何で忘れてるの…っ?いちばん大事な人なのに、忘れちゃいけない人なのに、どうして…っ!」

ふるふると力なく頭を振る、その度に色素の薄い亜麻色の髪がぱさぱさと幸村の腕を掠めては落ちていく。
幸村の袖を掴み、小さく震えるを幸村はただ抱き締めたまま。
諦めたのか抵抗をする事なく、何も言わぬままはただ静かに涙を流していた。

殿が泣くのも、笑うのも、政宗殿の為だけという事か)
(…記憶を無くした筈なのに)
(それでも、政宗殿を想うのか…)


を腕中に抱いたまま、深緑に目を向けて幸村は眉を顰めた。
肩を震わせるを宥める様に彼女の細い髪に指を通して。
どうか俺を見てくれと願いながら。









愛してる、は




届かない


(叶わぬと知っていても)
(それでも、愛しい)




ブラック幸村……。
大好物なんです猫かぶりドス黒幸村←
でも抱き締めるだけでその先には進めません。
を泣かせるのは嫌だし、そんな形で手に入れても哀しいだけだから。
だからまずは疑心を抱かせる所から初めて、段々懐柔していくんです彼は。
幸村がの心の堀を埋めて心を奪うのが先か、政宗がを取り戻すのが先か
はたまた自身の婆娑羅が覚醒して記憶を取り戻すが先か。
さてはてどこへ転ぶやら(おい)

→懺悔その2
此処も微妙に加筆されてます。
2008/08/31 加筆。