「……こ、こがティキの家?」
「そ。正確にはオレらノアの一族の、な」

食事を終えてオレはと馬車で屋敷に戻った。方舟を使わなかったのはを驚かせない為。馬車に乗っている間の2時間、オレはと色々な話をした。たとえば生まれた場所の事、今までの暮らしの事、の生い立ち、オレの生い立ちとかそんな他愛のない話。2時間はあっという間だった。





















「驚いた……こんな豪華な屋敷、初めて見たわ」
「そうか?」
「うん。凄いのね、ティキ達って」
「まぁ凄ぇのは千年公だけどな。」

とりあえずオレの部屋に入って、は窓際のイスに腰を下ろした。オレは上着を脱いでネクタイを外して、メイドアクマに2人分の茶を頼んだ。は物珍しげにテラスから外を眺めている。その視線の先には千年公自慢の庭園。何でも珍しい品種の花ばかりが植えてあるそうなんだが、オレは生憎花とかそういう物には興味がないから詳しくは知らない。

「…何見てんの?」
「綺麗な庭だなぁと思って…」
「後で見に行ってみる?屋敷の中は自由に動き回っていいって言ってたし」
「ほんと?じゃあ後で行ってみる」

は嬉しそうに笑った。その笑顔はイーストエンドで暮らしてたなんて想像もつかないくらい綺麗で無邪気だった。歳相応の、何処にでもいる明るい少女だ。

「……?どうしたの?」
「いや…なぁ、ずっと此処にいるんだろ?」
「…いていいの?」
「つーかオレが帰したくないってのが本音かな。イーストエンドに戻った所で娼婦に逆戻りだろ」
「……うん」

を帰したくないってのはオレの我侭だ。イーストエンドに戻った所で、はまた娼婦に逆戻り。生きるために名前も知らない男に抱かれて、いつ死ぬかもわからない生活なんてもうさせたくないってただそれだけ。が此処にいる事でいつも笑っててくれるならそれでいい。が笑っててくれるなら。

が居たいならいつまでだって此処に居ればいい」
「ほんとに?」
「ほんとーに。アイツらもの事気に入ったみたいだし」
「……ありがと」

はそう言って、少し照れた様に笑った。



「…凄い、綺麗…」
「千年公ご自慢の庭園だって。オレよく判んねぇけど珍しい品種ばっからしいぞ」
「…そうなんだ……」

庭園に連れてってやったらは目を輝かせて花に見入っていた。噎せ返るくらいの薔薇の香りが立ち込める中、はあっちからこっちへ忙しなく走り回ってはオレに声を掛ける。オレは噴水に腰掛けて嬉しそうなを眺めていた。

「ティキ、凄いね綺麗な花ばっかり」
「気に入った?」
「うん。青い薔薇なんて初めて見た」
「あー…千年公が作った薔薇だろそれ。ロードが前に言ってた気ィする」
「作ったんだ…凄いね千年公」
「まぁあの人は何でも出来っから」

はオレの隣に腰を下ろすと足をぱたぱたとさせながら空を見上げる。青く晴れた空に白い雲がいくつか、ゆっくりと流れていく。の金色の髪が太陽の光を反射してきらきらと光っていた。

「……私、こんな綺麗な場所があるなんて知らなかったな」
「ん?」
「今まで、汚い世界しか知らなかったから。日が暮れたら街に出て、名前も知らない男に抱かれてお金貰って、朝になったら安宿で眠る。そんな汚い世界しか、私は知らなかったから」


は俯いてそう言った。降ろしたままの髪の毛で顔は隠れて見えなかったけど、声は少し寂しそうだったから、オレはの緩やかにウェーブがかかった髪を撫でた。は少しだけ細い肩を震わせて、また言葉を続けた。

「白黒だったの。いろどりなんてまるでない、白と黒の汚れた世界が私の知ってる世界だった」
「…此処に来て何か変わりそうか?」
「……そうね…変わると思う、きっと。こんな綺麗な世界なんだもの」

が言う綺麗な世界はこの庭園みたいな花が咲き乱れる場所なんだろうか。それなら千年公に頼んでもっともっと花を増やしてもらおうか。の世界が極彩色で彩られるように、白黒の世界を忘れられるように。

「変わるといいな」
「……そうだね」

がもうあの場所に戻らなくてもいいように、此処がにとっての家になるように。がいつも笑ってくれるように。




(きみのせかいに、いろをあげる)