02:恋の訪れは前触れもなく









「……すげェなー」

「ほらあんまりキョロキョロしない。」


とティキは原宿に居た。
の家は23区のハズレだったので、電車を乗り継ぎ今に至る。
物珍しそうに周囲を見回しているティキだったが、周囲の人は初めて日本に来たのだろうと訝しむ事はなかった。
休日の原宿、それも竹下通りともなればけっこうな人出だ。
はぐれないように二人は手を繋いでいた。(傍から見れば国際カップルだ。)


「ティキさ、赤と黒ならどっちが好き?」

「あー…黒のが着てて落ち着くな」

「おっけー。これどう?」

「んー…オレはこっちのがいいな」


とティキは洋服屋を何軒も梯子して、ティキの服を購入している。
外国人観光客も多い場所柄、サイズに困る事はなかった。
一通り衣類を買い込むと、二人は昼食を取る為ファーストフード店に入った。


「……、オレ何書いてあんのかわかんねぇ」

「あー…ハンバーガー知ってる?」

「肉と野菜挟んだパンだろ?」

「そうそう。大丈夫じゃん。飲み物はコーヒー?」

「おぉ。冷たいヤツな。あとオレ結構食うから3つくらい欲しいんだけどいい?」

「うん。」


カウンターに並びながらメニューを見上げるティキ。
日本語は判らないが、写真に写る食べ物は見慣れた--少し形は違ったが--物だった。


『いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?』

『店内で。ハンバーガーのセット、ポテトとアイスコーヒーで一つと……
 チーズバーガーのセット、ポテトとアイスレモンティーで一つ、あと単品でハンバーガー3つお願いします』

『畏まりました。お会計1280円になります。右にずれて少々お待ち下さい。』


は日本語でオーダーを通す。
日本語の判らないティキはに押されるままカウンターから若干右にずれた。


「変わってんなー」

「まぁそうだろうね…此処じゃこれが普通なんだよ」

「へェ。面白いな」


支払いを済ませてトレイを受け取ると、は灰皿を持って喫煙席に向かった。
ティキはの後ろを着いて歩き、二人は端っこの席に落ち着いた。





***




「お、うめぇ」

「でしょ?」

「っつーか色々驚くモンばっかだな。デンシャ?とか」

「あぁ……そっか、ティキのいたとこは汽車?」

「そーそー。人間も多いじゃん?見たことねーモンばっかで楽しいわ」


めんど臭そー、とか思ってけど来てよかったなー、と言うティキに釣られても笑う。
家族を亡くしてからこうして笑い合える友達もいなかったから、も楽しかったのだ。


「っつーかさ、オレさっきからに金出して貰ってんだけど平気なの?金」

「ん?あぁ、大丈夫だよ。仕事してるし、遺産も億単位であるし。
 ティキ一人養ってても全然余裕だから安心して」

「億って……結構な額?」

「あぁそっか、通貨が違うのか……」


ティキに円で単位を言っても判らないよな、とは頷き考え込む。
そんなに助け舟を出すように、ティキは自分が普段使っていた通貨単位を教える。


「ギニーとかポンドとかシリングとか…わかるか?」

「あぁ、うん。ってことはー……1ギニーが21シリングだから……」

「お、知ってんのか」

「一応勉強したからね。4億円…19世紀頃のギニーで言うと400万ギニーくらい?」

「は?!マジで?!」


ティキは余りの額に思わず素っ頓狂な叫びを上げる。
は苦笑いを零し、とりあえず座ろうよとティキを宥めた。
ティキは相変わらず驚いた表情でコーヒーを飲みながら言った。


「すげェんだな、の両親」

「んー……まぁけっこうえげつない商売してたしね。金貸しとか不動産で」

「へぇ」

「私たちには仕事の事、あんまり話してくれなかったけどね。
 でもその仕事のおかげで留学して英語もこうやって身につけられたんだけど。」


が言うには、の両親はかなりえげつない--と言ってもティキには普通に感じられたが--商売をしていたらしい。
そのおかげか遺産は大量に遺ったが、遺産の所為で親戚とモメて事実上の天涯孤独の身の上になった、と。


「遺産の額が額でしょ、親戚みーんな目の色変えちゃってさ。後見人がどーちゃらで」

「まぁ…そんだけの額じゃ無理もねェよなぁ…」

「結局さ、一回は親戚の家に引き取られたんだけど200万円…1万ギニーくらい使い込まれちゃってね。
 で、私って結局は金の成る木としか見られてないんだなーって思って親戚の家飛び出してね。
 友達の家とか、住み込みで働けるトコとか転々として結局あっこで一人暮らし始めたんだよ。
 両親名義だったんだけど、18になった時に両親が世話になってた弁護士さんに頼んで名義変えて自立したの」

「その弁護士っていいヤツなの?」

「うん。私が小さい頃からよくしてくれてる人だよ。今は外国にいるんだけどね」


はそう言うとレモンティーをかき混ぜた。
ガラス製のコップに氷がカラカラと音を立ててぶつかる。
ティキは俯いたの表情が少し沈んでいたのを見逃さなかった。


「……オレと来る?」

「へ?」


ティキの真剣な声に、は思わず上ずった声で返事をした。
顔を上げて見えたティキの顔は、声でもわかるとおり真剣で。


「血の繋がりはねぇけど、それ以上の絆で結ばれた“家族”がいる。
 さえよけりゃ、一緒に来ねぇ?」

「……ティキのいた世界に、ってこと?」

「そ。オレも孤児だからさ、の気持ちは良く判んだよね。
 オレの家族、変わりモンばっかだけど楽しいヤツらだし退屈はしねェと思うけど。」


どーよ?と言うティキに、はまた俯く。
会ってから1日と経っていないのに、と言う警戒心と、受け入れて欲しいという願望と。
その二つが混ざり合って、正直もやもやとした心境なのだ。


「……昨日会ったばっかの私によくそんな事言えるねぇ」

「そっかぁ?オレがの事気に入ったからかもな」


さらっと告白まがいのセリフを口にしたティキに、は勢いよく顔を上げる。
ティキは笑顔を浮かべたまま頬杖を突いてを見つめていた。
その視線が歯痒くて、はごまかすようにタバコを手に取った。


「…気に入った、って」

「だって普通目ェ覚めて隣に男居たら警察に通報すんだろ?
 なのにお前結局オレの事こーして置いてくれてんじゃん」

「…それは……その……」


は顔を紅くしてまた俯く。
本音を言えば、今までずっと独りで暮らしていたところに突然現れたティキを嬉しく思っていたのだ。
ただ毎日を事務的過ごしていたにとっては、たとえ異世界からの来客であろうと嬉しかった。


「普通だったら頭おかしいとか思って警察呼ぶぜ?」

「………嬉しかったんだよ」


ティキが来て。私ずっと独りだったから、異世界からとかすっ飛んだ事言われても嬉しかった。
なんでか知らないけど不思議と嫌じゃないし、このまま居座られてもいいかなーって思っただけ。

は一気にそう言うと、レモンティーを飲んだ。
ティキはそんなの様子にまた笑みを浮かべ、の髪を撫でた。


「ありがとな」

「……ティキがいいなら、ついてく。ひとりはもうやだ」

「おぉ。大歓迎だ」


うん、と頷くと、はまたレモンティーをかき混ぜた。


(やべェなー…オレ本気になっちゃうかも)


と、そんな事を思いながらティキが自分を見ていたとは思いもせずに。










***










「……疲れた……」

「まぁあんだけ歩き回りゃ疲れんだろ…」


あの後は生活用品を買い、二人は大量の荷物を抱えて帰宅した。
はリビングに入るなり荷物を投げ出し、ソファにぐったりと座り込んだ。
ティキはから少し距離を開けて、ソファに座る。


「……ごはん、どうしよっか」

「オレなんでもいいぜ?」

「めんどいからなんか取るか……」


はそう言うと携帯を取り出し立ち上がると食器棚の引き出しから大量のチラシを取り出した。
それはどうやらデリバリーサービスのメニューのようで、それを見比べながらはアドレス帳を検索し始める。
ティキは携帯をまじまじと眺め、指差しながらに聞く。


「なぁ、コレ何?」

「ん?電話」

「まじか……つかこんな小さいのにちゃんと動くの?」

「うん。……ティキ、和食食べてみる?」

「和食?」

「そ。ライスがいい?それとも麺?」

「あー…昼がパンだったからライスがいい」


はどうやら和食を取る事に決めたらしい。
ライスがいいなら丼物かなー、と言いながらぺらぺらとチラシをめくっていく。


「肉と海鮮だったらどっち?」

「どっちかってーと肉。」

「揚げ物大丈夫?タマゴは?」

「おう。両方平気。っつかオレなんでも食えんぞ?」

「んじゃティキはカツ丼ね。私はー……親子丼でいっか」


は勝手に自己完結すると、電話をかけ始めた。
ティキは こんな小さい電話で本当に機能するのか と疑問を浮かべながらを見ていた。


『毎度ありがとうございます。飯所武蔵です。ご注文は?』

『カツ丼の大盛り一つと親子丼の並盛り一つお願いします』

『畏まりました。お届け先の住所とお電話番号お願いします』

『090の………』


マジで電話できてるよ、とティキは感心していた。
ティキが知っている電話といえば、今が使っているものよりも遥かに大きく、持ち運び等できないものだったからだ。
そして改めて、此処が異世界であり未来なんだということを認識した。


「……50分くらいで来るってさ」

「おー。つーかさ、すげーなそれ」

「あぁ。うち電話回線引いてないからさー」


はテレビ--プラズマテレビなのだろう、とても薄い--をつける。ティキはそれにも驚いた。
ティキからしてみれば、あんな薄っぺらい板の何処に人間が入れるんだ、というすっ飛んだ感想な訳で。
は驚くティキに苦笑いを零しながらも、テレビがどんなものなのかをわかりやすく説明してやった。


「---って感じ。だからこの中に人がいるんじゃなくて、電波で映像が流れててここに表示される訳よ」

「へぇー……」

「英語じゃないと判らないよね?切り替えようか?」

「できんの?」

「外国の放送電波も受け取れるからね……とりあえずニュースでいいか」


はそう言いながら、英語のニュース--所謂衛星放送という奴だ--にチャンネルをかえる。
結局、出前が届くまでの50分、ティキは物珍しげにテレビに見入っていた。











***








「ティキ、お風呂先入る?」

「お、いいなら入る」

「んじゃちょっと来て。変わらないと思うけど一応説明しとくから」


夕食を済ませ、ソファに座り寛いでいたティキに洗い物を終えたが声を掛ける。
は一度寝室に寄ってバスタオルとティキの着替え--先ほど購入してきたもの--を持つと、バスルームへ向かった。


「こっちがお湯、こっちが水ね。これがシャンプーでこっちがコンディショナー。これがボディーソープ。
 一応熱くないように設定してあるけど、このパネルのスイッチは押さないでね、変な事になるかもしれないから。」

「おー。判った、サンキュ」

「タオルと着替えは洗濯機の上ね、ハンドタオルは洗面台の引き出しの上から2段目。
 脱いだヤツはそこの籠に入れといて。あとこれヒゲソリね。」


はそう言うとティキにヒゲソリを渡してバスルームを後にした。
ティキは小さく溜息を吐き、服を脱ぐとバスルームに入っていった。


(……っつーかマジでいいヤツだよなー……)

(オレがの立場だったら絶対初対面の人間に此処までしねぇぞ)

(オレに合わせて英語で喋ってくれてんしなー……)

(あーやべェ今日会ったばっかで何惚れかけてんだオレは!)


バスタブの中で苦悩するティキ・ミック26歳。
そんなティキの苦悩など露知らず、は二人分の晩酌の準備をしていた。




















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なんていうか、逆トリップ書いてて楽しい…!




2007/04/17 カルア