
04:旅支度
光陰矢の如し、とは良く言ったもので。
ティキとすごした奇妙な一ヶ月--ティキが言うところの出口が繋がるまでの期間--も、あと2日ほどで終わろうとしていた。
はその間も変わらずに仕事に行き、ティキもイノセンスを探しに行った。
休みの日には二人で買い物に行ったり、家でゆっくり過ごしたりといつのまにか同居と言うよりも同棲という形に近くなっていた。
あと2日でティキとのこの生活も終わるのだと考えると、何故か無性に寂しくなった。
「……あと2日だな」
「……そ、だね」
「んな顔してんなって。一緒に来るんだろ?」
「………迷惑じゃないの?戦争中、なんでしょ?」
ティキは落ち込むに笑いかけながら頭を撫でる。
はティキを見上げて--二人はソファに座ってはいたが身長差が大きいので必然的にそうなる--、途切れ途切れに言う。
ティキはの髪に指を通し、優しい声で言い聞かせるように言った。
「オレは迷惑なんて思わねェよ。何があってもオレが守るし。
何も考えねェでオレに着いてくればいい。」
「ティキ………」
は涙をためた瞳でティキを見上げる。
ティキは苦笑いを零して、の頬を撫でた。
その感触には一瞬肩を震わせたが、ティキは構わず言葉を続けた。
「オレはさ、ここにきて良かったと思ってる。
と出会えてよかった、ってのは本音。」
「……そ、れは私も同じ……」
「うん。でな、オレはのことが好きなんだわ。」
「……え?」
さらりと言われたその言葉に、は目を見開いた。
ティキは一瞬苦笑いを浮かべたものの、の頬を優しく撫でた。
「なんでか判んねェんだけどな……離したくねェの。
オレは人間じゃねェし、この世界の人間でもねェ。でもオレがノアじゃなかったら、とも出会えなかった。
さえいいなら……オレを受け入れてくれんなら、オレはを命賭けて護る」
はティキのその言葉に涙を流した。
ティキはその涙を指先で拭いながら言葉を続けた。
「………は?」
「わ、たしは………ッ」
俯き視線を逸らすの頬は真っ赤で。
ティキはそんなを優しい瞳で見つめると、頬に添えた手でゆっくりとの視線を戻した。
「……ティ、キ……?」
「……一緒に来てくれるか……?」
真剣なティキのその表情に、はゆっくりと頷いた。
それを合図にするように、ティキはゆっくりとに顔を近づける。
触れ合う寸前、小さな声で愛してるよと囁いて。
の返事はティキの咥内に飲み込まれた。
***
「なぁマジでいいの?」
「うん。だってもう帰ってこないもの」
翌日。二人は銀行にいた。
手ぶらで行って世話になりますなんて厚かましいから、という理由では遺産の全てを持っていくと言い出したからだ。
銀行の奥の個室--所謂ビップルームという所だろう--で、二人は頭取を待っていた。
5分程経って、いくつものジュラルミンケースをカートに積んで運んできた銀行員に続いて頭取が姿を現した。
『大変お待たせいたしました、様。』
『いえ、突然こんなお願いをして申し訳ありませんでした』
『いえいえ。それでは現金の確認を致しますので、少々お時間をいただけますか?』
『はい』
銀行員達は現金を数える機械にジュラルミンケースの中の現金を通していく。
さすがに膨大な額というだけあって、多少の時間はかかったが間違いなく通帳に記載されている額と一致した。
『ではご確認を。3億8932万円、お間違いはございませんか?』
『…はい、大丈夫です。それと……これを全て宝石に換えたいのですが、それって可能ですか?』
『宝石ですか……それですとこちらでは致しかねますので、業者をお呼びすることになりますがお時間を頂いてしまいますが?』
『えぇ、大丈夫です。』
『畏まりました。』
『お願いします。出来れば宝石よりギニー金貨で頂きたいのですが、無理ですよね?』
『そうですね……ギニー金貨は希少価値が高いので、これだけの額となると今日中には…』
『判りました。それじゃあ全て宝石に換えてください』
ティキは目の前で交わされる日本語の会話には着いていけず、出された麦茶を飲んでいた。
一通り話がまとまったのか、銀行員と頭取は部屋を出た。
「…なぁ、何話してたんだ?」
「ん?あの現金を全部宝石にしてくれって言ったの」
「はァ?!マジでか?!」
「うん」
けろっと言い放ったにティキは驚きの声を上げる。
は麦茶を飲むと、お茶請けに出されていた水羊羹を口に運ぶ。
「……思い切った事すんなぁ……」
「だから、未練残したくないんだってば。家も金もなかったら帰る気起きないでしょ」
は住んでいたマンションの家財道具の一切を売り払った上、マンションも競売に掛けてしまった。
競売にかけたマンションの落札額の全てを寄付すると言った上で、だ。
家財道具はティキが告げた期日以降、業者が引き取りに来るという。
持って行く必要最低限の物--家族の写真や形見、宝物だと言っていた等--だけを除き、は全ての財産を処分するつもりらしい。
仕事も10日程前に辞め、今に至る訳だ。
「……ま、帰す気もねェけどな」
「うん。」
二人はそれきり言葉を交わす事もなく、手を取り合って座っていた。
頭取たちが業者を連れて帰ってくるまでの120分間、心地よい沈黙が流れていた。
時折顔を見合わせては触れるだけのキスをして、言葉を交わしたりはしていたが。
***
『お待たせいたしました。私宝石業を営んでおります石井と申します』
2時間程で到着した宝石商の石井という男性は、に名刺を差し出すと深く頭を下げた。
その手には巨大なジュラルミンケースが2つ。扉の前には銀行の頭取が待機している。
恐らく、頭取が金額を伝えていたのだろう。
は立ち上がって名刺を受け取りながら、自己紹介をした。
『です。こちらは同居人のティキ・ミック氏です。』
『では様、早速ですが、商談に入らせていただきます』
『えぇ、お願いします』
『3億9832万という事ですので、こちらでも最高級の物をご用意させていただきました。
色質D、透明度IFの最高級ダイヤモンド、ピジョンブラッドルビー、サファイア、エメラルド……
ご希望がありませんでしたので、こちらで40種類ほどご用意させて頂きました。
少々色をつけまして4億相当、全てに鑑定書も付いております』
『………確かに本物ですね、鑑定書と一致してる』
は開かれた2つのジュラルミンケースに収められていた宝石と鑑定書を確認して行く。
銀行の頭取が呼んだ業者なのだから当然といえば当然だが、それらは全て本物だった。
ティキはそれをまじまじと見つめていた。
本物の宝石を見たことが無い訳ではないが、これほどの量を見たことがなかったからだ。
『それでは、お取引と言う形でよろしいでしょうか』
『えぇ。代金はそちらに。』
『……では、失礼致します』
石井はそう言うと、帯で100万円づつにまとめられた札束を確認して行く。
5分程で金額に間違いの無いことを確認した彼は、ジュラルミンケースを2つ、に差し出した。
『確かに。3億8932万円、受け取りました。こちらが領収書です』
『えぇ。お手数おかけいたしました。』
『それでは私はこれで……また機会があれば、よろしくお願い致します』
石井は再びに頭を下げると、部屋を出て行った。
頭取はそれだけの宝石を持って歩くのは危険だから自宅までお送り致しますと言うと何処かへ電話を掛けだした。
恐らくは車の手配をしているのだろう。
ティキは宝石を手にまじまじとそれを眺めていた。
「……珍しいの?」
「いや、こんだけの量って見たことなくって…千年公、いくつも持ってんだけどよ」
「そーなんだ……」
「ま、あの人はこういうモン好きだからな。喜ぶぜきっと」
「だといいな」
ふふ、と笑い合う二人に、頭取が声を掛ける。
二人は結局銀行員が運転する車--しかも何故かリムジンで--帰宅する事になったのだった。
***
銀行から帰り、宝石を金庫に仕舞いこむと気が抜けてしまいは結局そのまま眠ってしまった。
帰ってきたのは午後6時だったが、始めて手にした大量の宝石には緊張したのか疲れ切っていたからだ。
ティキはが作り置きしておいた冷製パスタを食べ、テレビをぼんやりと眺めたりして暇を潰し、12時を回った所でソファで眠った。
そして翌日。
二人は街へ出ていた。
かなり几帳面というか礼儀正しいというか、がティキの“家族”にも何かしら土産を買うと言い出した為だ。
二人は大きな百貨店の中にいた。
「んー……あと何かいるかなぁ」
「ロードってヤツが菓子好きなんだよな。土産にいくつか買ってってもいいか?」
ティキが持つ荷物は菓子や装飾品。ティキが見たことが無いといったものを中心には購入していた。
そして現在は地下にある食品売り場--といっても菓子店が並んでいる所謂デパ地下だが--。
当てもなく歩きながら、キョロキョロとあたりを見回していた。
「んじゃあ、お菓子だね」
「おう」
はそういうと、自分がよく利用するという菓子店へ足を進めた。
ショウケースには色とりどりのケーキが並び、クッキーやマフィンなど洋菓子が充実している店だった。
「ケーキは持たないよね…」
「生モンは辞めた方が…クッキーとかなら平気なんじゃね?」
「あ、そっか。じゃあクッキー全種類とマフィンとスコーンと……」
ティキのアドバイスを受け、は保存の利くクッキーやマフィンを中心にかなりの量を買い込んだのだった。
その後向かいの和菓子店にも立ち寄り、同じく保存の利く煎餅や飴を中心に買い込んだ。
ティキは始めてみる和菓子に興味が沸いたようで、帰宅してから食べるものもいくつか買った。
結局持ちきれない程の物を買い込んでしまった為、タクシーを呼んで帰宅するのだった。
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宝石相場なんて知りません(ぁ
2007/04/18 カルア