05:おいでませ伯爵邸








「……これが『方舟』……?」


あれから5日、の部屋の寝室に謎の物体が現れた。
ティキはやっと開いたか、と言うとを呼び、は方舟を見上げて呟いた。


「そ。オレはこれ使って来たの。……ほら、行くぞ?」

「…ほんとに平気なのこれ?」

「おう。平気だから来いって」


ティキとは大量の荷物を抱えていた。
はその得体の知れない物体に入る事をいくらか躊躇していた(当然の反応だ)。
体の半身を方舟から出して手を差し出すティキの笑顔に、は恐る恐るその手を取って方舟の中へと足を踏み入れた。
一瞬、体が浮かんだような妙な浮遊感にとらわれたと思えば、視界に入って来たのは大きな屋敷。
の寝室とこの屋敷とが方舟を通して繋がったのだ。

が振り向けば、方舟の扉--むしろ出口--はかき消されるように消えた。
それを見てはもう二度とあっちの世界には帰れないのだと少しばかり寂しく思ったが
軽く背を叩くティキの手から伝わる体温がその不安を打ち消した。


「……さて、行こうか。“家族”が待ってる」

「……うん」


ティキは“黒”に戻ると、ゆっくりと屋敷の扉を開く。
ティキの帰りを察知していたのか、エントランスホールから続く階段の踊り場に伯爵はいた。
階段を降りながら、伯爵はティキに声を掛ける。


「ティキぽん、ご苦労様でしタ☆」

「ただいまっス千年公。」

「……?オヤ?そちらのお嬢さんハ誰ですカv?」


千年公、と呼ばれた恰幅の良い男性をは見上げた。
に気付いた伯爵は首をかしげながらティキに聞く。
は一瞬肩をすくませたものの、ティキの背後から伯爵の前に出て、挨拶をした。


「初めまして。突然のご訪問、申し訳ありません。と申します」

「オヤオヤv礼儀正しいお嬢さんですねェv私は千年伯爵、千年公と呼んでくださイv」


伯爵はのその態度に嬉しそうに声を上げると、ティキに向き直った。
ティキはといえば持ち帰った大量の土産を床においている最中で。


「ところでティキぽんvイノセンスはありましたカv?」

「いやーそれが見つからなかったんスよね。で、彼女がここ1ヶ月オレの事世話してくれてて」


ティキは簡単にのことを伯爵に話すと、伯爵はに向き直る。
その大きな丸い目に涙が滲んでいたのは気のせいではないようで
ハンカチでその涙を拭いながら伯爵はの肩に手を置いた。


「若いのに苦労してたんですねェ……。」

「あ、の……?千年公…?」

「これからは我々が貴女の家族でスvやはりティキぽんに頼んで正解でしタv」

「正解って何がっスか」


何か意味深なその伯爵の言葉に疑問を返したのはティキだった。
伯爵はティキに視線を向けると、衝撃の事実を口にするのだった。


「彼女は私が見つけた新しい“家族”ですヨ、ティキぽんv
 キミを行かせたのはティキぽんが“快楽”のメモリーを持っていたからでスv」

「は?」

「ですかラ、彼女も“ノアの遺伝子”を受け継ぎ“愛”のメモリーを持つ“ノアの一族”だと言ったんでスv」


うふふふふ、と笑う伯爵のその言葉に、とティキは驚いたように顔を見合わせて。
そして、叫んだ。


「「えぇぇぇぇえええええええぇぇぇえええ?!?!?!?!?!?!」」


伯爵はその二人の反応に尚も笑いを浮かべ、二人に言う。


「二人のメモリーが惹き合ったから、方舟はぽんの部屋に出口を繋いだんでスvv
 見た感じ二人は既にいい雰囲気みたいですシィ……v」

「せ、千年公………」


ティキはがっくりと肩を落とし、は衝撃のその事実に混乱していた。
それもそうだ、異世界に来て早々、自分もティキ達と同じ“ノアの一族”と言われたのだから。
伯爵はに向き直ると、顔から笑みを消した。


「さァ、ぽんvキミも目覚めるのでスv」

「え……?」

「大丈夫、痛みはありませんカラv目を閉じていて下さイv」


言われるままに目を閉じると、額に伯爵の手が当てられる。
ちくりとした一瞬の痛みの後、もう平気ですヨvと声がしては目を開けた。


「………マジかよ………」

「………え?」


自分を見るティキの表情は驚いていて。違和感を感じて両手を見つめれば肌は褐色に染まっていて。
まさかと想い額に手を当てれば、今まで無かった違和感がある。
慌てて鏡を取り出して覗けば、肌は褐色に染まり茶色い髪は銀になり黒い瞳は金色になり額には7つの傷があって。


「えぇぇええええぇぇぇええ?!」

「うふふふふvデハ改めテvようこそ、さんv」


楽しそうに笑って言う伯爵とは対照的に、は放心状態。
ティキは冷や汗を流しながらに耳打ちすると、ははっと正気を取り戻した。


「そ、そうだ!あの、千年公、これ……」

「んv?何ですカ?」

「手ぶらで来るのも申し訳ないかなぁと……これからの私の生活費とか、色々なんですけど」


とティキは、千年公に大量の荷物を差し出す。
はその袋の中からベルベット地の袋を取り出すと、千年公の前で開けて見せた。


「これからお世話になるしあちらに帰る気もないので、全財産処分してきたんです。それで、これ……」

「オヤ……v!こんなことしなくてもよかったんですがねェv」

「私の生活費代わりに使って下さい。私にはもう必要ありませんから」


千年公は押し付けられた大量の宝石を遠慮がちに受け取ると、の手を取りにっこりと笑った。
は疑問符を浮かべたまま、千年公を見上げている。


「なんていい子なんでショウ……!!!!!!!」


最早ティキは視界に入っていない様子で、伯爵はを抱きしめる。
が苦しいです〜〜〜と呻くと、千年公はぱっと身を引いた。
伯爵は家族に紹介しますカラvとの手を引いて食堂へ向かう。
ティキは慌てて荷物を持つと、二人の後を追うのだった。








***






「デハ、ぽんは私が呼ぶまで此処に居て下さいネv」

「…千年公、オレの事忘れてねぇっすか」

「そんな事ありませんヨ、ティキぽんv」


千年公は扉の前で待機しているようにとに言うと、食堂の中へと入っていった。
暫くしてが呼ばれ、は遠慮がちに扉から顔を覗かせた。
円卓を囲むように、ティキや今の自分と同じ褐色の肌と7つの傷を持った人がティキを含め5人。


「さァ、遠慮しないでv」


千年公の声に、はゆっくりと食堂に入る。


「えっと……?」


戸惑うに、ティキは自分の隣の椅子を叩いて座れと促す。
は言われるまま其処に座ると、自分に集中した視線に冷や汗を流しながら4人を眺めた。


「キミがティッキーが連れてきた新しい“家族”ぅ?
 僕、ロード・キャメロットね。ロードでいいよぉ〜。
 あっこのでっかいのがスキンでぇ、黒髪がデビット、金髪がジャスデロぉー。
 ジャスデロとデビットは双子だよぉー」


一通り家族の紹介をしたのはロード。
は戸惑いながらロードの指を追い、ぺこりと頭を下げた。
スキンとジャスデビはに何か言いたそうだったが、ロードの視線が怖かったのか何も言えずにいた。


「えーっと……よ、よろしく?」

「ヒッ!ヨロシク!」

「おー」

「うむ」


上からジャスデロ、デビット、スキン。
その3人の態度に何かを察知したのか、ティキは頬杖を付いたままもう片方の手での肩を引き寄せて触れるだけのキスをした。
当然、は突然のその出来事に放心状態。
途端、ジャスデビは悲鳴を上げながら立ち上がり、ティキを指差して声を揃えていった。


「「テメェ学ナシ何してんだコラァ!!」」


が、当のティキはけろっとした表情でジャスデビに言い返す。


「あ?カノジョにキスしちゃ悪い訳?」

「か……ッ?!」


「「「「カノジョォ?!」」」」


目を見開いて勢い良く立ち上がったデビットに続いて一同から驚きの声が上がり、はいたたまれなくなって俯いた。











***









波乱の晩餐会は終わり(何があったかはティキが余りに哀れなので言わないでおこう)、一同は茶を飲みながら談笑していた。
ティキはといえばからかわれたことに幾らか不機嫌な様子で、頬杖をついたままそっぽを向いている。


「へェ〜。じゃぁは異世界から来たんだぁ」

「そういう事になるのかな…?私もびっくりしてるんだけど」

「家族が増えるのはいい事だよぉ〜」


ロードはの向かいに座り、頬杖を着いて笑っている。
はそういえば、と声をあげ、椅子の下に仕舞っておいた紙袋--先日購入した菓子--を取り出した。


「?何それぇ?」

「みんなにお土産。私の世界のお菓子だよ」


菓子、という単語に4人は飛びつく。
しかも異世界の菓子だ。は袋から大量の菓子をテーブルに出した。


「ヒッ!お菓子だお菓子!」

「うお、なんだこれ見たことねェー」

「……甘いのはどれだ」


喜んでもらえたことには嬉しそうな笑みを浮かべた。
4人は興味深そうに菓子の山を探り、食べ始めた。


「……なぁ、これって何?」

「ん?」


デビットがに聞いたのは煎餅。西洋ではあまり--というか殆ど--見かけない菓子だ。


「あぁ、それね、煎餅っていうの。ライスを潰して伸ばして焼いたやつに醤油で味付けしたお菓子。
 日本のなんだけどね、シンプルで美味しいから食べてみて?」

「へぇー……って硬ッ!!!!」


デビットはクッキーのような物かと自己完結して口に運ぶが、煎餅は予想外に固かった。
は笑い声を上げて笑い、ロードとジャスデロはからかった。
スキンはマフィンが気に入ったのか、上機嫌で黙々と食べている。


「……ティキ?」

「ん?どした?」

「まだ怒ってるの?」

「そーいう訳じゃねーよ。オレももらってい?」


ティキはの心配そうな視線に苦笑いを零すと、クッキーを一つ手に取った。
ロードがそれに不満の声を上げるが、何時ものことだとティキはクッキーを口に放り込んだ。


「ねぇ〜」

「ん?」

ってさぁ、ティッキーのどこがよくて付き合ってんのぉー?」

「っ?!」


にこにこと無邪気な(けれどもどこか悪意を含んだ)笑いを浮かべて聞いてきたロードに、は思わず言葉を詰まらせた。
ロードに加えジャスデビまでも悪ノリを始め、逃げようにも逃げられない状況には冷や汗を流した。


「ど、どこって………」

「学ナシだし」「エロいし」「女タラシだし」

「「「いいトコひとっつもなくなァーい?」」」


ねー?と声を揃え顔を見合わせて笑う3人に、それまで傍観していたティキの怒りが爆発する。
はただどう答えていいのかわからずにカップをもったまま俯いていた。


「おまえらなぁ…っ!」

「キャー学ナシティッキーが怒ったぁー♪」


ロードはからかうような口調でティキに言う。
は騒がしいが和やかな雰囲気に思わず声を上げて笑い出す。


「あはははは……!」

「お前も笑ってねぇで何とか言え!」

「だ、だって……」


ティキは笑うに振り向きながら言うが、は腹を抱えて笑ってしまっていてそれはどうも止まらないようで。
ロード達は更にヒートアップし、ティキをからかって遊ぶのだった。














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なんてありきたりな展開なんだろう……


2007/04/18 カルア