06:覚醒カウントダウン












夜9時を回ったところで、伯爵はそろそろ寝なさイvとロードとジャスデビを部屋に戻した。
たち大人組(?)はその後軽い晩酌をし、夜11時を過ぎたあたりで部屋に戻った。
の部屋はティキの隣--恐らくこうなる事を伯爵が見越していたのだろう--で、シンプルな内装のものだった。
黒を基調としたその部屋にはバルコニーもあり、そこからは晴れ渡った夜空がきれいに見えた。
ベッドはキングサイズほどもある、黒いレース地の天蓋のついたもの--これは恐らくロードの趣味だ--。
クローゼットには何故かのサイズにぴったりな衣装が何十着もあり--サイズが何故わかったのかは不明だが--
それはロードが好んで着ているような、所謂ゴシック系、ゴスロリ系と言われるものだった。
はそういう服を着たことがなかったので、少しばかり戸惑っていた。


「………わぁ」

「此処がの部屋。オレの部屋が隣で…逆隣は空室だったかな」

「いいのかな、こんなことしてもらって」

「いーんだよ、言ったろ“家族”だって」

「………そーだね」


は力なく笑うと、ベッドに座った。
ティキもから少し距離を開けて座ると、タバコを吸い出した。
もティキに釣られるようにタバコに火をつけ、二人の吐き出した紫煙は空中で混ざって消えていく。


「…実感わかないなー」

「ま、初日だしな……暫くすりゃ慣れんよ」

「そだね」


ティキはタバコを吸い終えると、オレ部屋に戻るから何かあったら声かけて、と言い残しての部屋を出た。
は扉が閉まるのを確認すると、タバコを消してそのままベッドに倒れこんだ。
ぼふ、っと小さな音を立てて、の体はとても柔らかい布団に沈む。


「………頑張ろ」


此処が私の新しい“家”なんだから、と言い、の意識はそのまま夢の世界に呑み込まれていった。




















***























「……仕事、ですか」

「えェv此処に行って、書かれている物を買ってきて下さイv
 近場ですし、一人でも大丈夫でショウv」


翌日、昼過ぎ。は伯爵から呼び出されて伯爵の自室にいた。
薄暗い、蝋燭の炎が照らす部屋で、伯爵はロッキングチェアを揺らしながら編み物をしていた。
はそんな伯爵の様子に なんかお母さんみたいだな と思ったが言わなかった(怒られそうだったからだ)。


「判りました。」

「そうそうvエクソシストの連中に出会ったら、逃げて下さいネv
 左胸に十字架のついた黒いコートを着ている連中でスv」


まぁ、ノア化しなければ大丈夫だとは思いますケドv と付け足して、伯爵はに2枚のカードを渡した。
一枚は行き先--この屋敷のある街の手芸用品屋--、もう一枚は買出しリストだった。
は確認するようにカードを見ると、伯爵に冷や汗まじりに言った。


「あの、千年公?」

「何ですカ☆?」

「えーと、毛糸と布、って」

「あァ、私が編み物をしたりするときに使うんでスvそろそろ切れそうなんですヨ☆」


だから頼みますね、ぽんvと言われ、は溜息を吐きながら部屋を出て行った。
廊下で鉢合わせたロードに何処に行くのと聞かれ、伯爵に頼まれて買い物だと言えば部屋まで強制的に連れて行かれ
あれこれと着せ替えされて、結局フリルのついたシャツに紅いリボン、黒いミニスカート(パニエ入り)に落ち着いた。
白と黒のボーダー柄のオーバーニーソックスと少し底の高いウッドソウルの編み上げ靴を履く。
一応、ティキには千年公に頼まれたから街まで買い物に行ってくると告げた。
オレも行くと言って聞かなかったが、ティキはティキでロードにからかわれるハメになりそれは叶わなかった。









***







「えーと……本屋の3軒隣……あ、此処だ」


は目当ての店を見つけると、扉を開けた。軽快なベルの音が店内に響き、カウンターにいた女性がいらっしゃいませーと告げる。
はカードを眺めながら目当ての物--白と黒の毛糸を20玉と、赤と黒のベルベット地を15mずつ--を探す。


「っていうか持ちきれるのかなこれ……」


は毛糸を籠に入れると、カウンターに向かった。
そこで赤と黒のベルベット地を15mずつ下さい、と言うと、店員が手馴れた様子でロール状に巻かれた生地を持ってやってきた。
確認を取りながら器用に切り分けて行き、毛糸とあわせてレジに打ち込む。


「お客さん、東洋の人かい?」

「え、あぁ。親戚の家に来てまして。お使い、頼まれたんです」

「そうかい。此処じゃ東洋人は珍しいからねぇ」

「そうなんですか」


そんな会話をしながら代金を支払い、は手芸洋品店を出た。
買い物リストの一番下に

おつりはお小遣いでスv遊んでくるといいですヨ☆

と書かれていたので、は街をぶらぶらして帰ることに決めた。
おつり、と言っても5ギニーほどある。小遣いにしては多すぎだ、と思ったがありがたく受け取っておく事にした。


「…皆にお土産買って帰るか」


はそう思いつくと、アクセサリーショップに入っていった。
そこで買ったのはロードにあげるペンダントとティキにあげるピアス。
次に洋品店に入ると、ジャスデロに「滅殺!」と気合の入った文字で書かれたタンクトップ(何故こんな物があったのかは謎だが)
最後に洋菓子店でスキンにハニーマフィンを20個程買うと、上機嫌で屋敷に向かって歩き出した。


「喜んでくれるといいんだけど」


大量の荷物を抱えながら、閑静なガ造りの大通りを歩く。
平日の昼間という事も相まって、人通りは少なかった--もともと人口の多い街ではなかったこともあるが--。
ふと視界に入ったのは、に向かって歩いてくる黒いコートを着ている2人組。
そのコートには先ほど千年公から注意を受けた、左胸のローズクロスが見て取れた。
一人は長い黒髪を結い上げ、もう一人はオレンジ色の髪をしているのが遠目からでもよく判った。
は一瞬硬直したが今は普通の人間の姿、気付かないフリをしていれば大丈夫だと気を取り直して再び歩き出した。


「……この街もハズレさぁー」

「チッ…つまんねぇ」


あと5歩


「アクマもいなかったしなー。ちょーっち拍子抜けさぁ」

「イノセンスはなかったがアクマによる被害もねぇ。まぁよかったんじゃねぇのか」

「それもそうさな」


あと4歩


「(……大丈夫、大丈夫。)」


あと3歩


「早く宿に帰るさ…俺腹減った」

「だな。」

「あー…気疲れした…」


あと2歩


「お?なぁユウあのコ見てみ」

「あ?」

「可愛いさー」

「ラビ……テメェはそればっかりか」


あと1歩


「ユウと同じ東洋人さー……」

「フン。オレらは見せモンじゃねェぞクソウサギ」


すれ違う。


(よかった……気付かれて、ない)


は歩みをとめる事なく、小さく安堵の溜息をつく。
すれ違ったエクソシスト達もを怪しむ様子もなく、何事も無かったかのように通り過ぎていく。
は一瞬視線だけを二人の背中に投げ、早足で歩き出す。
早く、帰らないと。


(……ッ?!)


ズキン。
の額に激痛が走る。突然のその出来事に、は額を押さえてうずくまった。

(壊せ アレは 敵だ)
(目覚めろ。イノセンスを、赦すな)


そんな声がの頭に響く。
持っていた荷物を落とした音に、エクソシストの二人は振り返って。
オレンジ色の頭の少年が慌ててに駆け寄ってくる。


「ちょ……どうしたさ?!」

「な、んでも、ない……っ(こんなときにどうして…っ)」

「顔真っ青さ!…ってユウ!お前何突っ立ってんさ!」

「いい、から……っほっといて……!」


は力の入らない腕で肩に回されたラビ--先ほどの会話から察するに彼がそうであろう--の腕を振り解く。
ユウ、と呼ばれた少年は腕を組んでその様子を傍観していた。
額を押さえたまま立ち上がり、荷物を覚束ない足取りで拾い出したを見かねて、ラビはの荷物を拾い出す。


「何…っ」

「オレら別に怪しいモンじゃないさ?黒の教団のエクソシスト。な?」

「………っ」


はますます痛みが強くなるばかりの額--恐らくノア化がもうじき始まるだろう--を押さえ、俯いている。
このまま逃げるには不十分すぎる体調。ノア化した姿を見られれば、間違いなく殺されるか拉致される。
は痛みで麻痺しかけている思考回路を必死で動かしていた。


「はい、荷物。ってかキミ本当に大丈夫?調子悪ぃの?」

「……っへいき、だからほっといて……」


俯き、額を隠したままラビから荷物を受け取ると、は屋敷に向かって覚束ない足取りで歩き出す。
痛みは強くなるばかりで引く気配もなく、は2、3歩歩くとその場にかくりと膝を着いてしまった。


「ちょ…全然平気じゃないさ!この先にオレら宿取ってっから、そこで休むさ!」

「……っや……!!!」


項垂れたの腕を引いて歩き出そうとするラビ。
は必死でもがいているが、やはり男女の力の差は大きいもので、その抵抗も意味は成さなかった。


「(……っティキ……ッ!!!!)」


は連れて行かれないように暴れ続けながら、心の中でティキの名を叫ぶ。
ごめんなさい、と呟いた次の瞬間、耳に届いたのは愛しい声。


「なぁお前ら……に何してんの」

「ティキ……ッ!!!!」


はその声の主の姿を認めると、涙を流しながらラビの手を強引に振り切りティキの胸に飛び込む。
ティキは泣きながら飛び込んで来たを抱き止め、ラビ達を見据える。


「………何をした?少年達」

「そのコが倒れたから介抱してやろうと思ってただけさ」


殺気の篭ったティキの声に、ラビは警戒心をむき出しにする。
はティキのシャツを掴みながら、ティキにだけ判るように顔を上げた。
顔を上げたの額には聖痕が一層強く刻まれていて、7つの傷からは血が流れていた。
肌の色は辛うじて肌色を保ってはいるものの、この様子ではいつノア化が始まるかもわからない。
はノア化すると髪の色まで変わってしまうので、たとえ肌を見られなくとも異変には気付かれる。


「……とてもそうは見えなかったけどな……」

「そう見えなくても、事実は事実さ。なぁ、ユウ?」

「あぁ」


3人の殺気に気付いたは、ティキの服を掴んでだめだよ、と言う。
ティキはの髪を撫でながら、大丈夫だからと返す。


「……嫌がる女を無理矢理連れてくのも“エクソシスト”の仕事な訳か」

「な……ッ?!」


低く、怒りを含んだその声にラビははっとして驚きの声を上げる。
ティキの肌は白いままだったが、その声には突き刺さるほどの鋭い殺気が含まれていた。
神田は六幻に、ラビは槌に手をかけて、一触即発の空気が流れた。


「………ティキ、だめ……」

「……

「大丈夫、だから…早く帰ろう……?」


はティキを見上げながら弱弱しい声で言う。
ティキはそのの言葉に溜息を吐くと、を姫抱きしてラビ達を見据えた。


「………命拾いしたな、少年達」


ティキはそう言うと、二人に背をむけてゆっくりと歩き出す。
ティキのその言葉が気に障ったのか、神田がイノセンスを発動させてティキに斬りかかる。


「ま…ッ!待つさ、ユウ!!!!」

「うるせェ!」


ラビの神田を止める声が響く中、の髪が銀に染まった。


「……ティキ、は、殺させない……」


途切れ途切れにそう言うの体--正確に言えば服の下--から、何かが神田に向かって放たれる。
それはアクマが放つ弾丸にも似た、のいた世界でいうミサイルに近い物。
神田はそれを反射的に六幻で一刀両断し、ラビもそれを見てイノセンスを発動させた。


「……、お前……」

「ティキ、は…私が護る……」


自分に言い聞かせる様にそれだけを繰り返すの体から、次々と弾丸が放たれていく。
それが増えるに従って、の背に機械にも似た翼が生えた。
はふわりと浮き上がるとティキの前に立ち、ティキを振り返る。
その顔にはうっすらと笑みが宿り、その裏には狂気さえ見て取れた。

(覚醒、か)

そう呟いたティキの声はの耳には届かない。
ただ目の前にいる“敵”を見据えるの肌は褐色に染まり、額には聖痕が浮かんでいた。


「ちっくしょ…!何さあのコ!!!アクマか?!」

「知るか!兎に角……ッ斬る!災厄招来!界蟲一幻ッ!!!!!」


土煙の向こう、神田のイノセンスから界蟲がに向かって放たれた。
は避ける事をせず、鋼鉄の翼でそれを難なく蹴散らすと、また弾丸をいくつも放つ。
未だに土煙に視界を奪われているラビと神田には、の姿は写らない。


「……、そんくらいにしとけ。まだ時期じゃねェ」

「…………ティキ」


は少し考え込むと、小さく頷いてティキの手を取った。
最後に、その背から大きな弾丸を二人に向けて放つと、土煙が晴れぬ内にティキとは姿を消した。



「げほっ……ユウ!生きてっか?!」

「勝手に殺すな!」



風によって土煙が晴れ、クリアになった視界に二人の姿はなかった。
ラビと神田は目を見合わせ、ラビが小さく呟いた。


「あのコ……一体何だったんさ……?」


ラビのその呟きは、土煙と共に風に消えた。

























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ちせかよという突っ込みはナシの方向でどうかひとつ(ぁ





2007/04/18 カルア