三日月が輝く夜空にティムキャンピーが舞う。
此処は繁華街、言うなれば色町。
饅頭屋の主人から聞き出した情報を元に、一向はその街一番の妓楼の前にいた。




















灰色メランコリア 21














「妓楼の女主人?」

「饅頭屋の店主が言うには、最近その女主人に出来た恋人がクロス元帥なんだって」

「なんて師匠らしい情報……」


団服を黒いコートで隠したリナリーは妓楼を見上げた。


「しかし派手だなぁー」

「ここの港じゃ一番のお店らしいよ」


確かに、見上げた店はとても大きく一際煌びやかだった。
そんな建物の前で、黒ずくめの5人はようやく元帥にたどり着いたのだと内心嬉しさを隠せずにいた。


「ついにクロス元帥を見つけたんか…」

「長かった…」

「てか遠かった…」

「見つけられると思わなかった…」

「これで任務、終わりだね…」

「(見つけてしまった……)」


ただ一人、クロスの弟子であるアレンだけは絶望に打ちひしがれていたが。


「待てコラ。うちは一見さんとガキはお断りだよ」


暖簾をくぐり出てきたのは、大柄なチャイナドレス姿の、女性。
ボキボキと指を鳴らし、アレンとラビを掴み挙げる彼女の姿はとても女性には見えないほどたくましい。


「ご、ごめんなさい!何かよく判らないけどごめんなさい!」

「うそだ!女?!」


ラビとアレンは慌てて謝るも、二人は軽々と持ち上げられてしまう。
アレンもラビも中国語が話せない為、リナリーに助けを求めればリナリーは中国語で彼女に叫ぶ。


「仲間を放して!私たちは客じゃないわ!」


そのリナリーの叫びを無視して、彼女はアレンの耳元で英語で言う。


「裏口へお回り下さい。こちらからは主の部屋に通じておりませんので。
 ……我らは教団の協力者でございます」


そう言って舌を出す彼女の舌には、十字架の刺青が彫られていた。





***





「いらっしゃいませ、エクソシスト様方。
 ここの店主のアニタと申します」


通された部屋にいたのは妖艶な雰囲気の美女。
アニタ、と名乗った彼女に、6人は皆見とれた。女性であるリナリーとも。


「早速で申し訳ないのですが
 クロス様はもう此処におりません」


「「「「「「え?」」」」」」


アニタのその言葉に、6人は魂の抜けたような表情で素っ頓狂な叫び声をあげた。
無駄に期待していた分、ダメージがとても大きかったようだ。


「旅立たれました。八日程前に。」


アニタが、低く悲しみを含んだ声で続ける。
それはにわかには信じがたい言葉だった。


「八日前、旅立たれたクロス様を乗せた船が、海上にて撃沈されました」

「……確証はおありか?」


ブックマンのその声に、アニタは表情を変えずに言う。


「救援信号を受けたほかの船が救助に向かいました。
 ですが船も人もどこにも見当たらず……其処には不気味な残骸と、毒の海が広がっていたそうです」


「………師匠はどこへ向かったんですか。沈んだ船の行き先は、どこだったんですか?」


強い意志を孕んだ声で言うアレンに、皆の視線が集まる。
アレンは強い意志を秘めた目でアニタを見つめ、言葉を続けた。


「…僕の師匠はそんな事で沈みませんよ」

「………そう思う?」


アニタはその言葉に--アレンの強いクロスへの信頼に--微笑みに一筋の涙を流しながら、弱弱しい声で返す。
ラビとブックマンは目を見合わせていたが、4人はそれには気付かなかった。


「……マホジャ、私の船を出しておくれ。
 私は母の代より教団の協力者として陰ながらお力添えして参りました。
 クロス様を追われるのなら我らがご案内いたしましょう。
 -----行き先は日本、江戸でございます」















***













「エ、エクソシスト様!荷物の積み込みでしたら我々が致します!」

「いいから、いいから。貴方たちだってこれから航海するんだもの、大変でしょ?」

「ですが……!」


は荷物を積み込む乗組員に混じって荷物を運ぼうとしていた。
隣でラビも荷物を運んでいたのだが、其処はやはり男女の差であろう。
乗組員はの手から積荷を取り、小走りで運んでいこうとするがはそれを優しく諌めた。


「大丈夫。私に任せて。
 …我が瞳に映る無機物よ。重力の鎖を引きちぎりその身に一時の自由を与えよう。レジストグラビティ!」


の杖が淡く光ったかと思えば、目の前にあった大量の積荷は宙に浮かぶ。
乗組員たちは幻想的なその光景に言葉を失い、目の前でその現象を引き起こしたを見つめていた。


「……コレ、倉庫でいいんですよね?」

「え、あ、は、はい!!」

「じゃあ運んじゃいますから、残りはお願いしますね」


は微笑を浮かべたままそう言うと、杖を船の方へゆっくりと傾けた。
浮かんだ積荷はの杖に従い、の周りに浮かんでゆっくりと船へ移動していった。
後に残された乗組員たちはお互い目を見合わせ、段々と遠ざかっていくの姿を見つめていた。


「……エクソシスト様って、凄いな……」

「あぁ……それに、キレイだ」


船員たちが見ほれていた等とは微塵も思わずに、は荷物を時折気にしながら歩いていく。
船に乗り込むと、その周りに浮かぶ積荷--おおよそ現実離れしたその光景--に、船員たちは言葉を失いを目で追う。
は鼻歌交じりに甲板を歩くと、倉庫の扉を開けて荷物を降ろした。


「よっし、終わり♪」


満足げに倉庫の扉を閉めると、彼女は宛がわれた自室へと帰っていった。














***












「………連絡、入れておこうかなぁ」


は自室で、目の前を飛び回るゴーレムを見つめたままぽつりと呟いた。
海に出てしまえば、無線は使えない。それはつまり、ゴーレムでの連絡が出来ないと言う事。
これから向かう先は、日本。高レベルのアクマの巣窟と化している其処から生きて帰れる保障もない。
それならばせめて連絡を取ろうと先ほどからゴーレムを何度も見つめてはその一歩を踏み出せないでいた。


「………後悔だけは、したくないんだよね………」


声を聞いてしまえば恋慕は募る。
そう判ってはいたが、もしも何も知らせずに自分が死んでしまったら彼は悲しむだろう。
は大きく深呼吸をして、ゴーレムを呼んだ。


「……ユウに、繋いでくれる?」


ゴーレムは返事の代わりにピピ、と無機質な音を立てた。
しばらくして、ゴーレムからノイズが聞こえてくる。
は座っていたベッドから身を乗り出し、ゴーレムを見た。


『……か?』

「………ユウ」

『どうした』

「……うん、声、がね。聞きたくなった」


長い事聞いていなかったその声に、の涙腺は勝手に緩む。
無意識に零れた涙を拭って、は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


『声?』

「そう。ユウの、声。急に聞きたくなっちゃった」

『……何があった?』


機械を通した神田の声が優しくの耳に浸透していく。
の不安な気持ちを、神田はわずかな声の変化で敏感に感じ取っていた。
何時もよりも低く、けれど優しさを含んだその声色に、は微笑む。


「………私、これから……日本へ向かうの」

『………そうか』

「……だから、ユウの声、聞きたかった。」

『……何不安になってやがる』


嗚咽が混じり始めたの声に、神田の声もいくらか沈む。
は指輪を握り締め、ただ止まらない涙を流していた。


「生きて、帰れる保障、ないって……っ
 でもわたしは、ユウと約束したから……っ」

『……あぁ…』

「……だから、……ッ」

『お前は強い。アクマなんざに命取られる女じゃねェだろ』


言葉は荒いが、その声色は優しい。
の欲しかった言葉を、何を言わずとも神田はくれるのだ。いつも、いつも。


「ユ、ウ……っ……あり、がと……っ」

『………

「……?な、に?」

『オレは、お前に会うまで死ぬ気はねぇ。』


だからお前もオレに会うまで死ぬんじゃねぇ。
神田はそう続けた。
はただ堰を切った様にあふれ出す感情を抑えきれずに、嗚咽を漏らしていた。


「約束、する……ッだから、」

『……何だ』

「一回、で、いいから……っ好き、って言って…?」


消え入るような声で言う。ゴーレムの向こうの神田はきっと困った顔をしているのだろう。
感情を言葉にするのが苦手だから、告白したあの日以来言葉にした事はなかったのだ。
言わなくともは理解してくれると思っていたし、もそんな神田の性格をよく理解していたから。
それなのにそういう言葉を求めるという事は、それほど彼女は不安だという事で。
神田は小さく溜息を吐くと、低く優しい声で言葉を紡いだ。


『……愛してる』

「……っ」

『オレが隣に置きたいと思う女はだけだ。』

「うん……ッ」

『だから、オレの隣に帰って来い。必ずだ。』

「ユウ……ッかえる、よ……絶対、帰る……っ」

『……あぁ』

「……ユウ……私も…愛してるよ」

『……あぁ、知ってる。』


プツン、とゴーレムが小さく鳴いて、繋がれた回線が切れた。
はそのままベッドに倒れこむと、指輪を握り締めながら眠りに就いた。

目が覚めれば死出の旅路。今だけはせめて、夢の中だけでも貴方と共に。












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明るさは不安の裏返し。


2007/04/13 カルア